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第25話 小鳥達の恋唄

 この16歳の男の子が、サクラ・リイン・ダルシアのことをどう思っていたのか?

 彼は自分のその感情を説明するうまい言葉が見つけることができなかった。


 恋をしていたか? といえば、それは恋ではなかったろうと思われる。

 しかしながら、16歳の男の子にその感情をうまく言い表させようというのは、少々酷なものがあるかもしれない。

 まだ、たったの16歳だ。


 王宮の小鳥達は『恋』というものを重要なものと認識している。

 それゆえに、彼の感情を見て取り『恋』ではないと感じた小鳥は、彼を『信用に値しない』と断じたのである。


 王宮の小鳥にとって、『恋』とは彼女たち小鳥がさえずる唄なのである。

 彼女たちは王宮で恋をさえずることを仕事としてきたのだ。



 ドラゴは「人間は死ぬのだよ」と言う。

 悲しいことだが、受け入れるしかないと彼は考えている。


 彼の両親が殺されたことによって、ナユタは死を知っている。

 しかし、その死を受け入れることはできていなかった。


 人間は恋して、誰かを愛して、子を産み育みいつか死んでいく。

 それは連なる生命の鎖だ。

 小鳥は生命の鎖を唄にしてさえずるのである。

 少なくとも、彼女たち小鳥は『生命』というものをそのように捉えている。


 ナユタはベッドの掛け布団を被ると、ベッドの中で泣いた。

 子供の頃からあまり泣かずに育った彼は久しぶりに泣いた。


「父さんも母さんもサクラも死んだのだ!」という声が泣き声とともにベッドの中から聞こえてくる。


「死んだのだ! 俺を残して死んだのだ!」

「それがどうしたと言うのだ?」

「死んだのだ! 死んだのだ! 死んだのだ!」



 その時、この安宿屋の部屋に『花の匂い』がした。

 『花の匂い』は、やがて部屋いっぱいを満たした。


「この匂いは、この匂いはサクラの匂いだ」


 彼はベッドから出るとふらふらと『花の匂い』の一番濃い場所へ歩いた。

 そこにサクラ・リイン・ダルシアがいた。


「サクラ! サクラは死んでいなかったのだ! 生きていたのだ!」


 サクラは本当にほんの少しだけ微笑み「ごめんね」と言った。


「なぜ謝るのだ?」


 ナユタがサクラの体をつかもうとすると、サクラの姿をしていたものは掻き消えてしまった。


「サクラ? なんだこれは……なぜ消えてしまったのだ?」


 サクラ・リイン・ダルシアが消えると、『花の匂い』は急に質量を持ち水滴となりポタポタと床に落ちた。

 それは水溜りになり、池のようになり、やがて海のようになった。



「ナユタ!」ドラゴが叫んだ。


 ドラゴは魔導を発動し、ぷかりと浮かぶ薄っすらと光るシャボン玉のようなものを作り出すと、ナユタと自分自身をそのシャボン玉の中に入れた。


 安宿屋の部屋は、すでに異世界のようになっていた。『花の匂い』だったものの海が波を打ち、激しい波音を立てていた。

 その世界に黒い太陽が昇り、世界を真っ黒に照らしたから海も真っ黒に見えた。

 黒い海の上に彼らのシャボン玉がぷかりと浮かんでいた。


「これは黒い海? どういうことだ!」ドラゴが言う。


 もう一度、どこかからか「ごめんね」という声が聞こえた。いや、ナユタには聞こえたような気がした。

 そして、王宮の小鳥達がさえずる『恋唄』が聞こえた。

 聞こえたような気がした。

 小鳥達の『恋唄』に呼応するように、激しい波音を立てていた海が()いだ。


「***@@、****@@@!」


 どこかからか、人間には判別不可能な声が聞こえたと思うと、

 すると海は消え、世界は元の安宿屋の部屋に戻った。


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