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第17話 異界の魔導草

 法王国王宮で事件のあったその日、ナユタとドラゴはアル・シエルナ自治領と呼ばれる町をさまよっていた。

 前から、盲目の老人が歩いてきた。

 その男はよたよたと歩いていた。


 ナユタが右によければ、男も同じ方向に。

 ナユタが左によければ、男も同じ方向によけた。盲目であるにもかかわらずだ。


「爺さん、同じ方向によけるな。俺がよけるから爺さんはそこで止まっておれ」

「そのお声はアル様、アル様ではありませぬか?」

「たしかに俺はアルだが、俺はお前のことを知らぬ。それゆえ、お前のいうアルとは別人であろう」


 アル・シエルナ自治領である。ナユタはこの老人のいうアルとはアラタのことではと考えたのだが。


「いえ、そのお声はたしかにアル様でございます。私の知っているアル様でございます」


 見れば、つぎはぎだらけの襤褸(ぼろ)をまとった老人である。

 ナユタはドラゴにこの男を知っているか? と聞こうと思ったのだが、いつの間にかドラゴはいなくなっていた。


「アル様は私のことを覚えてはいないのでございますか?」

「覚えてはいないのではない。そもそも知らぬのだ」

「知らぬなんてことはありませぬでしょう。お忘れになられているだけでございましょう」


 雨がポツリポツリと降り始めた。大粒の雨である。


「爺さん、雨だ。じき大雨になるぞ」

「はい。雨でございます。雨はやっかいでございます」


 襤褸をまとった老人は(ふところ)から枯れた魔導草の葉を取り出すと、その枯草をくしゃくしゃとすり潰した。

 すり潰された枯草から微細な緑色に光る粉が漂ったかと思うと、辺りの景色が一変した。

 アル・シエルナ自治領の、貧しい者たちが行き交う路地であった場所が、魔導草が一面に生い茂る草原と化したのである。


 風が吹いていた。

 魔導草の細い葉が、風に吹かれさわさわと音を立てていた。


「これは何の幻術だ?」

「幻術ではございませぬ。雨はやっかいでございますゆえ、別の空間軸へただ移動したまででございます」

「爺さん、お前はいったい何者なのだ?」


 盲目の老人は瞑っていた目を大きく見開いた。


「アル様、まだ私のことを思い出すことができぬのですか?」

「だから、俺は爺さんのことを知らぬ」


 老人は残念そうに首を横にふると、ナユタを『別の空間軸』に残したまま消えた。


「お、おい爺さん、どこ行った? ここはどこなのだ?」


 そこは、見渡す限りの魔導草の草原である。

 ここはどこなのだ? ナユタは草原の中を走り出した。

 行けども行けども魔導草しか生えぬ草原と思われたが、ナユタが走った先には廃墟となった街があった。


 人のいない街の、かつて人が住んでいたであろう家屋にも魔導草が生い茂っていた。

 街の真ん中には、川が流れていた。川の向こうには王城があった。

 川には橋が架かっており、その橋にも魔導草がびっしりと生えている。


 ナユタは、魔導草をかきわけるようにして橋を渡った。

 古びた王城である。

 かつてここは王国であったのだろう。滅びた王国である。

 もちろん、王城にもひとけはない。

 ナユタは、誰もいない王城へ入って行った。


 王城の中にも魔導草が生えていて、青い花を咲かせていた。


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