第14話 白梅さん、白魔導を詠唱する
そして、翌日アラタ達はいざ修道院病院へ行くことにした。
いつもはボサボサ頭のマルコ・デル・デソートであったが、張り切っているのか今日は髪を整えて来た。
それでも、ところどころ寝ぐせのように髪がはねている。
アラタが育った町、この貧民窟はいつも騒がしい。
貧しい者達の町。
ろくでもない者達の町。
いつもどこかで誰かと誰かが喧嘩をしているような町。
アラタ達は、それを日常としてこの町で育った
「ベアーさんはこの町の出身ではないですよね?」
「へぇ。あっしは、北の国の出身でやんすが、ガキの頃からあちこちを旅してやしたからねぇ。故郷といえるような場所はねえでやんすが」
よく考えると、ベアーさんも謎の人物だよなと思いつつも、アラタはそれ以上は聞かないことにした。
他人の過去は探らない。
それが貧民窟で育った者の習慣である。
修道院病院にたどり着き、中に入るとゾンダーク教の僧侶が話しかけてきた。
「おや、またあなた方ですか」
「また見舞いに来たでやんす。もう場所は分かっているから案内はいらないでやんすよ」
「そうですか。しかしそういうわけにいきません。特別隔離病棟までは必ず職員が同行する決まりとなっておりますので」
そう言って僧侶は、経典の一節を唱えながら薄暗い廊下を歩いていく。
そしてまた、つきあたりのドアの前で「では」と言って去っていった。
ドアを開け漂ってくる膿の匂いは先日より強くなっているとベアーが言う。
皮膚が蒼くなりただれていく病気『蒼き死の病』。
この病気にかかっても必ず死ぬわけではない。むしろ致死率は低い。
ただ、いったん蒼くただれた皮膚は治らない。
その見た目の悪さから患者は常に偏見にさらされる。
「ベアーさん、マルコさん」
アラタにとって知らない女性が話しかけてきた。
おそらくこの人がアラタの前任者だったというリリ・ミシア・ナミさんだろう。と彼は思った。
マルコはなんとなくばつが悪そうな顔をして横を向いた。
リリ・ミシア・ナミは、症状の重い患者の皮膚からにじみ出ている膿をガーゼで拭き取っている。
「リリさん、寝てなくて大丈夫なんですか?」マルコが聞いた。
「はい。実は私は詳しい検査で『蒼き死の病』ではないと結果が出たんです」
「じゃあ、もう退院できますよね?」
マルコはちょっと嬉しそうにした。
「......はい。だけど、私この方たちを放って自分だけ退院するなんてできないです......ですので、お願いして病院のお手伝いをさせて頂いております」
マルコは驚いて、えっ? という顔をした。
彼らが育った貧しい町では、他人を押しのけてでも生きていくことがごく普通の感性であった。
他人のことを考えているゆとりなどない。押しのけてでもと、そう思わなければ生きていけない。
しかし、リリ・ミシア・ナミはこの『蒼き死の病』の患者達のために働いていると言っている。
マルコ・デル・デソートにはリリが天使か聖女のように見えていた。
そう、彼は彼女に恋をしているのだ。
「リリお嬢ちゃん、実は今日は『蒼き死の病』の進行を止める白魔導をかけにきたでやんす」
「進行を止める白魔導?」
「そうでやんす」
アラタは【白魔導書・白梅】をマルコに渡すと、彼は魔導書を開いた。
中から魔導書の精、白梅が現れる。
マルコは慌てて篳篥を取り出したが、
「あ、いえ、ここで笛を吹く必要はないです。ただ、エネルギーを頂きたいだけですので」
「え、吹かなくていいんですか?」
「はい。篳篥を吹きながら〔飛空術〕ができる集中力のある人のエネルギーを吸わせて頂ければよいのです」
そう言って、白梅がマルコの首に噛みついた。
「え? エネルギーを吸うってそういう物理的なやつなんですか?」
アラタは思わず聞いてしまったが、マルコは恍惚とした顔をしている。
マルコ先輩、大丈夫ですか? アラタは心配になった。
いや、大丈夫ではなかったようだ。マルコはそのまま倒れてしまった。
しかし、白梅は「エネルギーは充分頂きました」と言い目を閉じた。
「M.M.M......〔d_Bleu_014〕の詠唱許可を願います」
「は、白梅さん、誰としゃべってるの?」
白梅は話しかけるアラタを無視して、
「M.M.M......M.M.M......、
ちょっとM.M.Mはどこ行ってるのかしら?
ああ、やっと繫がった。
〔d_Bleu_014〕の詠唱許可を願います」
「白梅さん? M.M.Mって誰ですか?」
「誰? 誰って言われましても......少なくともヒトではありませんが、
ヒヨコに似た姿をしているときもあるようです」
「ヒヨコ?」
「M.M.Mについては禁忌に触れますので、
これ以上お話しすることができないです。
私たち試作期の【魔導書の精】は逐一、
M.M.Mに詠唱許可を得なければならないんです......」
アラタは、白梅の言っていることがまったく分からず困惑した。
とりあえず、M.M.Mなる者から詠唱許可は下りたようである。
白梅は困惑した顔のアラタを見て、少し申し訳なさそうにし、
そしてしかし、魔導の詠唱を始めた。
病棟内に、白く輝く梅の花びらがひらひらと無数に舞うと梅の香が立ち込めた。




