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ガールズ・ゲーム  作者: 草鳥
六章
97/139

97.雨上がりのあと、終わりの夜


 いつものように、甲高いホイッスルの音とともに地面を蹴る。

 足を交互に動かすたびに、ぐんぐんと加速し――そこで風が吹いた。

 

 びしり。


 稲妻のような感覚が頭に走り、同時にすさまじい衝撃が襲った。

 奔流が脳髄を駆け巡る。気づいたときにはうずくまっていた。

 周りの子たちが駆け寄ってくるのがわかる。なぜか恐ろしく感覚が鋭敏になっていて――しかし荒れ狂う頭には他の音が入ってこない。


 痛い。

 そして、その原因となるこの奔流自体が受け入れがたい。

 知らない方がいいこともある――そんなことを嫌というほど実感した。


(ア、アア――繝励Λ繧ヲ、繝ォ繝……繧イ繝シ繝?――蜈ュ逡ェ逶ョ――遘√?――)

 

 永遠に続くのではないかと思い、壊れる寸前――ぴたりとそれは止んだ。

 周囲の音が帰ってくる。

 大丈夫か、保健室へ連れて行かなきゃ……そんな声が周囲から聞こえるが、無視してゆっくりと立ちあがった。


 異様に頭がすっきりしていた。

 傾き始めた太陽。赤が滲みつつある青空。吹き抜ける風にポニーテールがなびく。


「沙月…………」

 

 全てわかった。

 これから自分がやるべきことも、これから起こるであろうことも。

 知りたくはなかったが、知ってしまった以上はやるしかない。


 一筋の汗が硬い決意に引き締めた頬を伝い、すぐに乾いてどこかへ消えた。





 あれから一週間ほどが経過した。

 5体のプラウを撃破し、残るはあと1体。神谷の願いが叶うまであと少しのところまで来ていた。


 だが、竜のプラウを倒した直後から【TESTAMENT】のメニュー画面に表示されているはずのゲージが消えてしまった。画面には『Now Loading…』という文字が点滅しているだけで、ボタンを押してもうんともすんとも言わない。


(どうしよっかなあ……と言っても待つしかできないんだけど……)


 教室の自分の机に伏せるようにして、神谷は考えにふける。

 最後ともなるとやはり特殊なのか。今までのゲージと違い、次への目安がないことに不安がないかというと嘘になる。

 だが、もう焦らないと決めた。前みたいな事態はもう絶対に嫌だから。


「ふああぁ……」


 緩い眠気に思わず欠伸をする。

 窓の外を見ればしとしとと小雨が降っている。

 もう梅雨なんだなあ、と感慨深く思う。二年生になってから、そしてあのゲームを起動してから、二か月以上が経っていた。


 雨は苦手だが、以前ほどではない。それに今のような雰囲気は好きだ。

 とはいえ今は授業の合間の休み時間。そのうえ普段は外に出ているクラスメイト達が雨で教室の中にとどまっていることで、いつもより喧騒は増している。

 それでもどこか声を潜めているようで。それは誰もが雨の音に耳をそばだてているようでもあった。


「…………だめだ、このままじゃ寝ちゃう」


 次の授業の準備の用意をしなくては、と立ち上がった瞬間、


「沙月」


 びく、と肩が震える。

 いつの間にか目の前に光空がいた。目を細め、柔和な笑顔を浮かべている。

 

「あ、ああ……陽菜。どうしたの?」


「うん、まあ何ってことも無いんだけどさ」


 どうも要領を得ない様子だった。

 もじもじしているというか、躊躇っているというか。

 まるで意中の相手をデートにでも誘うような。

 何度かの逡巡のあと、彼女はようやく口を開く。


「今日、さ。夜……私の部屋来てくれない?」


「え」


 あれから、何度か二人は夜を共にしていた。

 何も言わず光空の部屋を神谷が訪ね、言葉を交わさず二人で眠る。

 それだけの事を、何度か繰り返していた。

 心細い夜も、身を寄せれば過ごすことができたから。そんなところを見せられるのは光空相手だけだから。こればかりは園田に対してはまだできない。


 そして。

 そのことを前提にすると、この申し出は。

 今日は一緒に寝ようと、そういうことで。


 こうやってはっきり口にすることはなかったし、それに光空からというのも今までなかった。

 そんな展開に少しの混乱を味わいながら――いつの間にか神谷は頷いていた。




 がちゃり、と断りもせずドアが開かれる。

 これがいつものやりとり。

 光空はこのために、実はいつもこっそり鍵を開けたままにしている。

 

「や……えっと」


 いつもは何も言わずベッドに潜り込む神谷だったが、どうも今日は勝手が違うようで、少し躊躇いが感じられた。

 今日は光空に誘われたから、というのが大きいのかもしれない。


「どしたの。こっち来なよ」


 光空の手招きに、こくんと頷き、ぺたぺたと歩いてそのままベッドに寝転ぶ。

 今さら恥ずかしくなってしまったのか、同じく横になった光空に背を向けている。

 光空もまた、寝返りを打って背を向けた。


「……ごめんね。わざわざ呼び出してさ」


「ううん。でもなんで?」


「なんでだろうね……」


 細く、長い息を光空は吐いた。

 ため息のようでも、呼吸を整えているようでもあった。


「ふと、ゆっくり話したいなと思って」


「そっか……」


「眠い? ごめんね」


「……ううん、大丈夫」


 そう言う神谷だが、やはり少し眠そうだった。

 目を擦っているのがベッドの揺れでわかる。


「……アカネちゃんのことさ、どう思ってる?」


「え……いきなりだなあ」


 改めて聞かれると、考えてしまう。

 あの突然現れた不思議な女の子を、自分はどう思っているのか。

 最初はこれでもかというくらいに敵視されて、ことあるごとに噛みついてきて……でも。


「誰かのために何かができる子、かな。自分の中に確かな正義を持ってて、それを貫ける子。それで、目の前で誰かが困ってたら放っておけない子」


「そっか。アカネちゃんのこと、好き?」


「ん? うーん、まあ好き、かな。意地悪言ってくるのはやめてほしいけど、大事な友達だよ」


「そっか。 ……そっか」


 光空は納得したように何度か頷くと、再び口を開く。


「じゃあ園田ちゃんは?」


「え、ええ!? なにこれ面接? さすがに恥ずかしくなってきたよ」


「教えてよ」


 照れる神谷だったが、光空のその声色があまりにも真剣だったのを感じて閉口する。

 彼女は――いったい何がしたいのだろうか。

 わからない。わからないが、聞かれていることには答えたい。ほかでもない、光空陽菜を相手にしているのだから。


「みどりは……誰かのことを強く想える子。その誰かのために死に物狂いで頑張れる子。 ……だと思う」


「その誰かって沙月のこと?」


「う、あ、うう……うん、たぶん」


 はっきりそう言われると恥ずかしいが、実際にそうなのだから認めるしかない。 

 何しろ直接真正面から告白を受けたのだ。


「あの子と出会えて、仲良くなれたのは……奇跡みたいなことで。だから大事にしたいって思うよ」


「みどりちゃんのこと、好き?」


「うん、好きだよ」


 それは自信をもって断言できる。

 園田みどりが大好きだからこそ、あの子はかけがえのないパートナーだ。


「…………」


「…………」


 それきり光空は黙ってしまった。

 最後に光空に対しても聞かれるものだと思っていたが。


 そう考えているとだんだん眠気が増してきた。

 目蓋が重く、開けているのが難しくなる。

 眠りに落ちる、その前に。言わなければいけないことがある。


「わたし……わたしね、ひなのこと、すきだよ……ひなのことも、だいじだからね……」


「…………!」


「ひなの……えがおが……わたしはすき、だよ……」


 微睡みに落ちる中でそれだけ呟き、神谷は眠りに落ちた。

 等間隔の寝息が響く。

 しばらくそれが続いて――――


「好き、かあ。私が何をしても沙月はそう言ってくれるのかな…………」


 その言葉を最後に部屋に静寂が訪れた。

 交わされる言葉は、もう無い。


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