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ガールズ・ゲーム  作者: 草鳥
五章
96/139

96.Flying Clouds, Drifting Haze

 

 失敗。

 はじめにその二文字が園田の頭の中で躍った。

 遠く遠く離れた空で、アカネと神谷が落下していくのが見える。この作戦を始める前から既にギリギリの状態だったのだろう、手足をばたつかせもせず無抵抗に落ちていく。もはや意識があるかどうかも定かではない。


 そしてそれは園田も同じ。限界まで――いや、限界を超えて異能を絞り出した彼女はもう一歩すら歩けず。朦朧とした意識を必死に繋ぎ止めている状態だった。


 そして。

 霞み、今にも暗転しようとしている視界で園田は見た。

 水竜が――討ち損ねた敵が、踵を返し逃げ出そうとしている。


(だめ…………)


 ここで逃げられてしまえば、絶望的な結果が待っている。

 離れた安全な場所で再び水竜は全快し、こちらはボロボロの三人が残るのみ。

 

 圧縮されたような時間の中で、二人がゆっくりと落ちていくのが見える。

 彼女らにはもう頼れない。全力を出し切った二人は、もう戦うことはできない。

 しかしそれは園田も同じだ。うつぶせに倒れたまま、立ち上がれもしない。もうひとかけらも力は残っていない――――。


(本当に?)


 がり、と地面を擦る音。

 園田の爪が、屋上の床に突き立てられた。

 

「限界とか、戦えないとか……」


 今水竜と戦っていたのは三人。

 戦闘不能になったのは二人。

 なら残りは? 簡単な話だ。


「関係、ない……私が、最後の一人が……!」


 身体に力を込める。すると込めた分の何十倍、何百倍もの激痛が頭に走り、再び意識が遠のきかける。もう立ち上がれそうにはない。

 だが。


「…………勝たなきゃ終わるんですから――――!」


 立てないならもういい。このまま始めよう。

 目を閉じ、イメージする。

 今欲しいものはただひとつ。

 吹き荒れる嵐を突き破り、彼方の水竜にまで届くもの。

 あたりに吹く暴風が、黒く染まり渦を巻いて園田の手に集まり始める。そして同時に――――。


「く……あ……ッ!! ぐ、ふ、ううう……ああああッ!」


 これまでとは比べ物にならない痛みが脳に直接襲い掛かる。

 脳細胞を根こそぎ焼き切ってしまいそうなほどの痛みに、意識が真っ白になる。

 もう絞りつくしたところから、さらに無理矢理掘り出そうとしている。しかも園田が創り出そうとしているのは、これまでにないほど破壊力を持った武器だ。

 これ以上は園田みどりという人間が崩壊してしまう。激痛はそれを示すアラート。

 だが。


 黒い風は渦を巻き続け、少しずつ、少しずつ『それ』を生成していく。壊れる寸前の意識で、それでも園田は異能の行使を止めない。

 こうする、と決めた時点で――彼女のブレーキは、既に彼女自身が壊していた。


 ぶちん、と、何かの糸が切れたような音がした。

 

 あれだけうるさく耳を叩いていた雨風の音も、もう聞こえない。

 ただ自分の心臓の音だけが、どくん、どくんと異様に早く鐘を打つ音だけが聞こえている。

 自分が呼吸をしているのか。そもそも生きているのか死んでいるのかもわからない。

 ただ意識が白く塗りつぶされていき――完全に消え去ってしまう、その直前。

 

 唐突に、全ての感覚がクリアになった。


 吹きすさぶ風の音。全身を叩く豪雨。

 視界いっぱいに広がる夜闇と、そこに降り注ぐ月の光。

 ゆるゆると視線を移すと、右手には園田が求めた銃が出現していた。


 全面、光を全く反射しない艶消しの黒。

 その銃身は子どもの身長ほどもあり、とても持ち運べるような代物ではない。

 しかし今は関係ない。そもそも立ち上がることさえできないのだから。

 

 それは、一キロ離れた場所までも弾丸を届かせ、分厚い鋼の装甲すらも食い破る武器。

 対物ライフル――そう呼ばれた銃に酷似していた。


「はぁ……はぁ……!」


 荒く、火のように熱い息をつき、うつぶせのまま銃を構える。

 届くはず。否、絶対に届かせる。

 照準を定め、トリガーを引く。

 

 空を翔け、全てを貫く弾丸。その名は――――。


「《スティンガー・ファルコン》」


 呟きと共に放たれた真空の弾丸は、風の影響を全く受けず、ひたすら直進する。

 海を裂き、雨を断ち、空を割り、ただ目指すのは水竜のみ。

 そしてそれは、半秒もせずに着弾する。

 アカネが切断した断面から侵入した弾丸は一瞬で水竜を貫通し、口から飛び出し――まるで鳥のようにどこまでも飛んで行った。

 そして。

 

 水竜はぴたりと空中で静止する。

 何かが起こったのはわかる。しかし何が起こったのかわからない、という困惑を瞳に湛え――直後、既に手遅れだということに気付く。


 ゆっくりと、ゆっくりと大口を開く。その中にあるのは弾丸によって作られた風穴。

 まだ意識があるというのに水竜の身体がその端から少しずつ光の粒子へと変じていく。

 ひたすらにあっけなく、すでに水竜は死んでいた。


「オオオオオオオオオ………………」


 鼓膜を震わせる、水竜の最期の咆哮を聞きながら――園田みどりという少女もまた、勝利を確信し、その意識を闇に沈めた。

 



 おちる。

 おちる。

 おちていく。


 いつの間にか雨も風も消えてなくなって。

 ただひたすらに落下していく。

 本来ならとっくに水面に叩き付けられているような距離を落下し続け――そのまま完全に意識が暗転する。

 最後の瞬間に、少しだけ温かな何かが手に触れた。




「…………死ぬ!」


 がばり、と目を覚ますと、そこは見慣れた神谷の部屋。起き上がりながらもアカネはあたりを見回す。自分はあの時、水竜を仕留めるのに失敗したのではなかったか。それなのにここに戻ってきている――ということは。


「おはよ。大丈夫?」


「うわびっくりした! ……あんたか」


 立ったまま身体を傾け顔を覗き込んでくる神谷が視界に入った。絶対驚かせようとしてやったわねこいつ……などと内心ぼやきつつ、隣の床に寝ている園田に目をやる。

 彼女はまだ意識を取り戻してはいないようだった。

 おそらくあの後、園田は水竜を倒してくれたのだ――そう推測する。

 

「あの状況からたった一人で……ほんとにこの子って」


「うん、労ってあげなきゃね。あとお礼も」


「あんた、すごいパートナー見つけたわね」


 でしょう、と心から嬉しそうに笑う神谷。

 五度目の戦いはこうして幕を閉じた。

 

 ――――最後の時は、着実に近づいている。

 

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