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ガールズ・ゲーム  作者: 草鳥
五章
84/139

84.好きまでの距離はどれくらい?


 あれから神谷と園田は接触することもなく、ただただ気まずい時間を過ごしていた。お互いが視界に入るたび目を逸らしたり、気づかないふりをしてみたり、思った以上に気まずい時間を過ごした。事情を知らない光空がわけもわからず死ぬほどやきもきするという二次被害もあったが、当人たちはそんなことつゆ知らず。


 今日話さなければこんな想いをずっと続けることになってしまうのでは、やはり今日決着をつけなければならないという決心を強くした。


 そして。

 その時はあっという間にやってきた。




「「……………………」」


 重苦しい雰囲気が漂っている。

 ここは園田の自室。

 そこに神谷沙月、園田みどり、そしてアカネの三人が集っていた。

 神谷と園田は、なぜか床に正座して向かい合っている。アカネは対照的に園田のベッドに腰かけ足を組んでいた。

 当事者である二人はちらちらとお互いの様子を窺い、目が合えば慌てて逸らす――そんなことを繰り返している。さっきからずっと。


 助け船は、出そうと思えば出せる。

 しかしそれでは意味がない。この会合の第一声はもう決まっている。それは『彼女』自身の意思で踏み出さないといけない一歩だ。そうでなくては誠実さは損なわれてしまうだろう。

 だから何も言わない。何もしない。仲は取り持つつもりだが、最初だけは手を出さない。

 アカネはそう決めていた。


「あ……の……」


 ついに園田が口を開いた。


 ――――そうよ、がんばって。


 思わず心中でエールを送ってしまう。

 園田は、手を固く握りしめ神谷を見つめていた。神谷もまた、何か言いたそうなのをぐっとこらえて次の言葉を待っている。

 それが園田にもわかったのだろう。意を決して、


「ごめんなさい……!」


 深く頭を下げた。

 最初にこれを言わねばならなかった。本当は、逃げ出す前のあの時に。

 例え被害者が許すつもりでいたとしても、憤りを感じていないとしても、親しい友人だとしても、冗談では済まされない。

 はっきりと謝罪するというのが誠意を見せるということだ。


「うん、いいよ。わたしも言い過ぎたから……ごめんね」


 そして神谷(ひがいしゃ)もまた負い目を感じていた。

 もっと他に言い方があったのではないかと。錯乱して剥き身のまま想いをぶつけてしまったから。

 あの時、神谷は悲しかった。理由はわからずとも、彼女が一線を越えようとしていることはわかったから。これまでの関係があんな形で壊れてしまうことが何より嫌だったから。

 関係はいつか変わるものだ。それくらいは神谷にもわかっている。それは時間の流れであったり、新しい誰かの介入によるものなどさまざまだが、しかし。

 こんな形で変わって欲しくない、と神谷はあの時強く願った。

 

 顔上げて、と優しく呟き、伏せられた園田の後ろ頭を優しく撫でる。

 ゆっくりと見えた園田の目元は少し赤く滲んだようだった。


「いえ、私が悪いんです。本当に取り返しのつかないようなことを……」


「確かに悪いことだったかもしれないけど、でも、だからといって何言ってもいいってわけじゃないからさ。やっぱりわたしも悪いよ」


「うう……やさしい……」


 また泣きそうになる園田に、自分より高い位置に手を伸ばして頭を撫でてやる神谷。

 なんだかんだ何とかなりそうだった。きちんと話し合えば分かり合える。二人ならそれができるとアカネは信じていた。


「はあ、結局あたしはいらなかったかもね」


「そんなことないです! ここにいてくれるだけで全然……!」


 アカネの言葉を、園田はすぐさま否定する。神谷も無言でうんうんと頷いていた。

 第三者が見守ってくれているというだけで、幾分も気が楽になるものだ。アカネがいなければ最悪泥沼になっていたかもしれない。


 そんなふうに先程とは一転、和やかな雰囲気が流れていたのだが、


「そういえば、みどりはなんであんなことしたの? アカネは教えてくれなかったんだけど」


 空気が凍った。

 それを聞くのかと、アカネも園田も目を剥いた。

 言わずともわかることだろう――そう思っていたのだ。

 だが神谷は本気でわからないようだった。

 その瞳は恐ろしく純粋な輝きを放っていたから。

 まったく淀みの無い透明さで、困惑する園田の顔を映していた。 


 だが園田は――言うならここかもしれないと思った。

 園田みどりの行動は無かったことにはならない。

 あれはそういう類のものだ。明確な感情に由来する、行動自体がその感情を立証するものだ。

 だから曖昧なまま済ますことはできない。

 誤魔化せない。


「あの……沙月さん、私……」  


「ん?」


「私は、沙月さんのことが好きです」


 言った。ついに。

 ここまで秘めて、奥底へと必死に沈めていた想いをぶつけた。

 だが。


「……? うん、わたしも好きだよ」


 神谷はそれを理解していないようだった。

 幼い子どものように、『それ』を実感として持っていない。

  

「あ、あの、そうじゃなくてですね……」


 園田はもう真っ赤だった。

 自分の好意を事細かに説明しなければならないのがこれほど恥ずかしいことだとは。


「ちがうの? でも好きなんじゃないの?」


「れ、恋愛の方の好きです! 愛してるんです!」


 傍にアカネがいることも忘れて、必死に訴えかける。

 当のアカネは、出ていくタイミングを逃してどうにもならなくなってしまっているのだが。


「…………そうだったんだ。全然知らなかったよ……わたしがそんな風に好かれることがあるなんて」


 神谷は思案している様子だった。

 向けられた想いをまな板に乗せてためつすがめつしているような、そんな場にそぐわない表情をしている。

 しばらくそうしていたかと思うと、


「ごめん、やっぱりわからないや」


「え…………?」


「わたしは、北条さんが好き。陽菜が好き。アカネが好き。もちろんみどりも好き。……だけど、その好きと、みどりが持ってる好きがどう違うのかわかんない。恋愛ってものを、わたしはしたことがない」


 だから、わからない。

 そう呟く神谷は少し寂しそうだった。


 園田もアカネも最初は、ただ単に神谷がまだ恋愛を知らないからわからないのだと思った。だからそれを説明しようとし――しかしよく考えてみると。


 神谷が言うその二つの好きが、実際にどう違うのか。

 二人にもわからなかったのだ。


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