82.事後スパーク
人間というのは本当によくできているもので、じっとうずくまって泣いていたら少しずつ落ち着いてきた。極度のストレスに耐え続けることができないからなのか、膨大な感情は時間と共に治まっていく。
しかし現状が変わることは無く、変えられない現実を前にただ打ちひしがれることしかできない。
もやがかかったような思考が少しずつ晴れ、感覚が少しずつ戻ってきた。
「みどり、ねえみどり。どうしたの? 何かあったの?」
とんとん、と布団越しに背中を叩きながら優しい声をかけてくれるのは同室のアカネちゃん。
しまった。あんな錯乱したところを見られてしまったのか。
しかしこんな事態をどう説明すればいい?
色々あって興奮して友達を押し倒して強姦寸前までいったって?
これを聞いた者がとるべき行動は間違いなく通報一択だろう。
「ちょっと……起きなさいってば!」
がばっ、と勢いよく布団がはがされる。下を向いていても横から入ってくる光は防げず、眩しさに思わず目をつむった。
おそるおそる顔を上げると、腰に手を当てたアカネちゃんがこちらを見下ろしていた。
「…………どうしたの」
「うう……言えません……」
ここでたとえ隠し通したとしても、被害者である沙月さんが出るところに出れば全ては白日の下に晒されるだろう。だとしても言えなかった。
この状況でどう顔向けすればいいのか。
などとうじうじ考えていると、ドン! と重い衝撃と共に私の顔のすぐ近くにアカネちゃんの足が振り下ろされた。ひゅう、と風が頬を撫で、冷や汗が噴き出す。
「言えませんじゃないのよ。言って。じゃないとあたしこれから今の状態のみどりとずっと同室で過ごすことになるのよ」
「…………」
……ああ。
これは自分だけの問題ではないのか。例え私がこれからこの寮を去ることになったとしてもそれはアカネちゃんの知るところじゃない。
それならきちんと言っておかないといけないのかもしれない。部屋から追い出すなんてこともできそうにないから。
「あの、それが…………」
深呼吸のあと、私は意を決して説明した。
「…………はあ~~~~~」
巨大なため息をつかれてしまった。
がっくり、と言う感じだ。
「それはみどりが悪いわ。10:0で」
「ですよね……」
それはそうだ。
沙月さんは何も悪くない。行動を起こしたのは私なのだから。
「ただ、まああいつは誰かに言ったりとかそういうことはしないと思うわよ」
「そうでしょうか……」
「うん。まあほんとに犯罪すれすれっていうか、マジで反省した方がいいとは思うけどね」
完全に正論だった。
しかし例え実際的な処罰が下されないとしても、また別の問題が発生する。
これからもこの寮で過ごしていく場合、沙月さんと顔を合わせるのは避けられない。そうでなくても同じクラスであり、学校をやめない限り彼女を避けることは不可能だ。
「どうしましょう……私取り返しのつかないことを……!」
「うーん」
どうしたものかしら、と呟くアカネちゃんは思案している様子だった。
急にこんな事態に巻き込んでしまって心苦しいことこの上ないが、アカネちゃん以外に相談できる人もいない。友達がそもそも少ないというのもある。
光空さんは……なんとなく言いづらい。彼女は沙月さんのことを本当に大事に思っているし、今回のことを聞いた彼女がどういった反応をするのか全く予想がつかない。ああいった子は怒った時一番怖いような気がする。
北条さん……もダメ。多分。あの人は、なんとなく私と同じ類の人間のような気がする。
「まあ、直接話し合うしかないんじゃないかしら」
あっけらかん、とそんなことを言うアカネちゃん。考えた結果その答えを出したらしい。
私自身そうするべきだとは思った。思ったが、しかし。
どんな顔で沙月さんと対面すればいいのか。
加害者が被害者に掛けられる言葉など謝罪以外無い。謝れば許してくれるだろうか。いやそもそも、許されていいことなのだろうか。許しを請うこと自体が許されないことなのではないか。
思い悩む私とは反対に、アカネちゃんはそこまで深刻にとらえてはいないらしかった。どうしてだろう。むしろ正しさの塊みたいな彼女こそ、今回のことに怒ってもいいのではないか。
その旨を伝えると、アカネちゃんはこう答えた。
「まあ、別にどうしようもないってわけではないでしょうしね。生きてればどうにでもなるし――それにみどりがあいつのこと大好きなように、あいつの方もみどりのことすごく大事に思ってるってわかるもの」
生きてればどうにでもなる――アカネちゃんが度々放つフレーズ。
もしかしたら。アカネちゃんの失った記憶には……って、え?
「あ、あ、あのあの、今大好きって……」
「ん? ああ、みどりってあいつのこと好きでしょ? ……もしかして隠してたつもりだったの?」
「はうあ」
うそだ。
私は隠していたはずだ。この感情を抑えに抑えて『……えっちですねえ……』違う違う、ちゃんと普通の友達の距離感で『扇情的ですね』ちょっと言い訳ができなくなってきた。
「いつから気づいて……?」
「こっち来たその日にだけど。いやだってみどりのあいつを見る目が熱っぽ過ぎるから……」
「ああああああ!」
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
ばれてしまったのも恥ずかしいし隠せていたと思っていたのも恥ずかしい。
それではもう、丸出しだ。周りの人みんなが知ってしまっている。なら間違いなく沙月さんにもわかってしまっているだろう。
「…………まあ、今日はお互い頭冷やして、明日話しなさいよ。事情を聞いた以上、あたしも取り持ってあげるから」
まるで女神のようなその言葉に、打ちのめされた私は頷くしかなかった。




