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ガールズ・ゲーム  作者: 草鳥
五章
79/139

79.不明色の感情

 

 静まり返る教室に、かりかりとシャープペンシルが紙を引っかく音が幾重にも響きわたる。

 そこにいる者たちは、すでにやるべきことは終わったと気を抜いているもの、時間いっぱいまで戦い抜こうと懸命に努力するもの、様々だった。

 かち、かち、と時計の秒針の音が鮮明に聞こえる。澄んだ空気が星空を見せるように、今は沈黙が場を支配しているからだ。

 監督の教師が時計を確認する。今にも動きそうな長針を眺め、4、3、2、1、


「――――はい筆記用具しまえー。ほらそこもう諦めろ」


 チャイムの音と共に、一気に空気が弛緩した。

 そこかしこから嘆息と歓喜が入り混じった声が聞こえる。

 

「おわったああぁぁぁぁ…………」


 だらん、と椅子に身体を預けるのは園田。

 今日は中間テストの最終日。その最後の科目が終わった瞬間である。




「楽勝でしたね!」


 放課後、歩道を歩く園田はそれはもう笑顔だった。努力が報われた達成感と、テストから解放されたというのが大きいのだろう。光空もまた同じような様子でポニーテールを左右に揺らしている。

 それを見た神谷は、じと、という視線を向ける。


「いやまだ結果返ってきてないからね。油断だめ」


「はーあ、あんた空気読めないわねえ。とりあえず終わったんだから喜べばいいのよ」


「ぐぬ……確かに」


 言い任したことに、ふふん、と満足げに笑うアカネは他の三人と違って私服だった。放課後に校門の前で合流したのだ。そもそも彼女は制服を持っていないのだが。


「沙月さん、プレゼントは何がいいか決めましたか? やっぱりゲーム?」


「やー、それは……その……」


 笑顔でたずねる園田に対し、神谷はなにやらもごもごと要領を得ない様子で、恥ずかしそうに俯いていた。


「なによまどろっこしいわね。はっきり言ったらいいのに。それとも言えないようなものなの? えっちなゲームとか?」


「違うから! 噛むよ!」


「やってみなさいよ!」


 がるるる、とお互いに威嚇を始める二人に、園田と光空は苦笑を交わしつつ肩をすくめるのだった。

 アカネが煽り、神谷が噛みつき、アカネがまた噛みつき返す。いつの間にか見慣れたやり取りとなっていたそれは、二人にとってのいつものことであった。


 



 ファストフード店で昼食を済ませ、いざ買いに行こう、という段階になって。

 神谷はまだ何が欲しいのか言わないままでいた。


「沙月、何が欲しいの? もしかして遠慮してる?」


「大丈夫ですよ。年に一度の日なんですから。お金は……まあ、ありますので」


「帰っていいかしら?」


 光空たちは三者三様に優しく語り掛ける(うち一人除く)。それでも神谷はどこか顔を赤くしたまま俯いて「うーん」だの「ええと」だの口ごもっていた。

 もしかしたらよっぽど高価なものが欲しいのか、と園田が財布の中身を思い出し始めたころ。


「しゅ…………」


「しゅ?」


「シュシュがいい……」


 思わず顔を見合わせる。その要望は完全に予想の外だった。

 神谷は普段なにもないときはゲームばかりしている。部屋を訪ねたときにコントローラーを握っていない時の方が少ないのだ。だからてっきり今回は新作ゲームを欲しがるものとばかり思っていた。

 

「シュシュ? シュシュって髪くくったりするあの? ほんとに?」


 こくりと頷く。聞き間違いではなかったらしい。


「いいんですか? あんまり高くないですけど」


「うん」


 いいんだ、と続けた。

 どうやら本気でシュシュが欲しいらしい。


「――――じゃあさっさと行きましょ。この後ケーキも買うんだから」


 などと言いながら先導するアカネ。なんだかんだ言っても乗り気のようだった。


 


 アクセサリーショップについた……かと思うと神谷は早歩きでシュシュの売り場まで行き、すぐにいくつか抱えて帰ってきた。数えてみると色違いで4つある。ひとつ千円程度だ。

 持っているシュシュは黒、緑、オレンジ、赤。


「これ全部?」


 光空が聞くと、顔を少し火照らせた神谷は、ううん、と首を横に振り、三人にひとつずつシュシュを渡していった。

 

「お揃いがいい。ひとりひとつずつ。だめ、かな……」


 ああ、と光空たちは、とうとう真っ赤になってしまった神谷を見て気づく。

 これがしたかったのか。わざわざお揃いにしたいと言うのが恥ずかしかったのか、と。

 

「いいよ全然! しようお揃い」


「ええ、そうですね」


 と言いつつもアカネを横目に見る。「いやよ!」なんて言うんじゃないか、と思ったのだ。

 だが、


「……早く言いなさいよまったく」


 そんなことを言いつつも手の中にある赤いシュシュを大事そうに撫でている。悪態をついてはいるが、特に拒否しているわけではなさそうだった。


「……あは、ありがとみんな。わたし、みんなと仲良くなれてほんとに良かった」


 笑顔の神谷から出たのは感謝の言葉だった。

 出会いは偶然だったかもしれない。しかし、今この四人は揃ってここにいる。神谷沙月の生まれた日を祝福するためにここにいる。

 神谷にはそれが奇跡に思えて仕方なかった。

 

「いつも一緒にいてくれてありがとう。これからもよろしくね」


 神谷の手には黒いシュシュ。

 感極まって抱き着く光空はオレンジ。

 それを苦笑して眺めているアカネは赤。


 そして園田は。

 光空に抱きしめられ幸せそうに泣き笑う神谷――――それを見ていると、胸がどうしようもなく疼いた。




 まただ。またこの疼き。

 いつからだっただろう。私の胸をこの疼きが襲うようになったのは。

 沙月さんを想うと、見ていると、どうしようもなく胸が締め付けられるのは。

 この感情の正体は。

 

 すでに答えはわかっている。しかしそこから目を逸らしている。なぜだろう。理解してはいけないことなのだろうか。

 火照る頬の熱を感じながら、緑色のシュシュを少しだけ強く握りしめた。


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