75.飛焔、春の嵐
今まで戦っていた相手は本体ではなかった。
倒すべきは騎士ではなくこの刃。
黄金の刀身を煌めかせる、ひとりでに動く剣。
だが怯むことはない。ゲームなら、弱ったボスが真の姿を現すことなんてよくあることなのだから。
まず剣のプラウが襲ったのはアカネだった。
斬られた肩を抑え、飛来する剣を何とか転がってかわす。
「剣が飛ぶんじゃないわよ!」
自分でも何を言ってるのかわからなくなるような悪態を飛ばし、大鎌を再び構える。すでに血を捧げたことによる出力の上昇は終了し、その刃の色は純白へと戻っていた。
疲労も激しい。身体の芯が抜けてしまったようだった。気を抜けばすぐにでも膝をついてしまいそうだ。こんな状態でほぼ無傷の敵と戦わないといけないのかと思うとさすがに気が滅入る。
だが、
「大丈夫だよ、アカネ」
神谷は揺れることなく立っていた。
余裕に満ちた笑みすら浮かべて。
「さっきまでそいつは鎧に自分を振らせてた。それはきっと、そっちの方が強いからなんだ」
剣が鎧を振るっていた――そう表現するのが正しいか。
剣だけで戦った方が強いなら最初からそうしている。わざわざ騎士という形をとっていたのは、そういう戦い方があのプラウにとって正道だからだろう。
つまり今のプラウは、いわば剣士が素手になった状態だ。
「だからいまのそいつは追い詰められてる。だからもう一度、最大火力で終わらせればいい!」
「その援護をしろってことね!」
適当に返しながらも、空中を不規則な動きで舞い踊る剣と鎌で打ち合う。
人型の鎧が『剣技』として振るってくる時とは違い、動きが予想できない。大ぶりな動きを繰り返したかと思うと、突如真下から突き上げてくる。
さっきより弱いと神谷は言ったが、これでも十分に厄介だ。
「で、具体的にどうしたらいいの!?」
「できれば動きを止めてほしい。それとみどりは――」
「わ、私ですか」
「合図したら風をちょうだい」
風? と首を傾げる園田に、神谷は笑顔で頷いた。
「あーもう、びゅんびゅん飛び回ってうざったいったらないわ!」
先ほどからアカネばかりを狙って攻撃している。
おそらくは一番弱っている敵から仕留め数を減らす目的なのだろう。
苦しいがここは踏ん張るしかない。
「ほんっと、厄介な奴よね……」
いきなり現れた、わけもなくムカつく女。こっちが噛みついたら噛みつき返してくる、負けん気の強い女。
でも本当はすごく弱くて、ずっと大きな傷を抱えていて。
自分勝手かと思えば他人を強く思っていたり、よくわからない女。
あの時、アカネがあれだけ激昂したのは、園田がないがしろにされていただけではない。この神谷という少女は、他人を思いやれる人間だと思っていたから。裏切られたような気持ちになってしまったから。
(勝手に期待して、勝手に裏切られて――あーあ)
自分勝手だ。あいつも、自分も。
自嘲して笑う。
似た者同士。
「あたしの戦い方、ちゃんと見てなさいよね!」
「…………! わかった! プラウ・スリー、限界励起!」
ワンとツーを引っ込め、プラウ・スリーだけを限界まで引き出し――猛烈な火炎に身を包む神谷。
アカネはそれを横目に、飛び回る剣を注視する。
不規則な軌道。だが本当にそうだろうか。本当のランダム性というものは意識すればするほど作れない。
さっきまでのプラウの戦い方を思い出す。剣技というものには一定の型が存在する。それを踏襲する戦法ならば今の奴にもそれがあるはずだ。
さっきからずっと見ていた敵の動き。ならばそろそろわかるはずだ。剣のプラウの呼吸が。リズムが。
(見えた)
突進してくる黄金の剣。凄まじいスピードだが、すでに速度もタイミングも理解している。
一瞬の交差。抜刀術のごとく振り抜かれた大鎌が剣を天高く打ち上げる。
すかさず大鎌を放り投げたアカネは大ジャンプし、剣の柄をつかみ取る。
「いい加減――じっとしてなさいよ!!」
落下の勢いと共に、全力で剣を地面に突き刺す。まるで釘のように突き立てられた剣は身悶えしたが、すぐには抜け出せない。
「今よ! 早く決めて!」
「ちゃんと避けてねアカネ!」
全身の炎が滾る。今、神谷は炎の化身となる。
炎は推進力となり、剣へ向かって神谷の背中を押す。
「みどり!」
「《レイジングブル》!」
合図。
間髪入れず、巨大な風の弾丸が突進する神谷の後ろから、追突する形で合流する。
風と炎は混じりあい、極大の炎嵐へと昇華する。
『そんなそよ風では炎を消すことはできない――ただ火勢を強めるだけだ』
プラウ・スリーの言葉を、園田は思い出す。
神谷の狙い通り――園田の風が、神谷の炎を限界を超えて高めた。
嵐は周囲の全てを巻き込み一直線に進む。
焼き尽くし、侵略するもの。
最大火力。
荒れ狂う炎はそして、黄金の剣へと到達し。
「うおおおおああああああああッ!」
炎嵐を纏う拳が剣を粉々に砕く。
そして。
三人の力が結集して掴み取った勝利が訪れた。
「あーーーー…………死ぬほど熱かったわ」
元の世界に帰ってきて開口一番、アカネは嫌味を言う。
直前で退いたものの、あの規模の炎から完全に逃れることはできず少なからず食らってしまったのだ。幸い大したダメージではなかったし、すぐにこちらへと帰ってこられたから今はもう回復している。
「ご、ごめんね……」
「あんたほんと、0か100かって感じよね」
「え? なにそれ」
思わず首を傾げる。
傍らでは園田が苦笑していた。
「だから、ダメな時はからっきし動けないけど、やる時は意味わかんないほど猪突猛進ってこと。少しは調節しなさいっての」
「あ、あー……反省します……」
ぺこぺこと申し訳なさそうに頭を下げる神谷。しかしアカネの表情に険が無いことに気づくと、頬を緩めた。
本当に優しい子だ。気づけて良かったと心から思う。
「でも、勝てて良かったです」
園田がゆっくりと口を開く。
大切なものを抱きしめているような、優しい表情だった。
「予想はしてなかったですけど――この三人で勝てて、戦えて、本当に良かった」
「そだね。ただ……アカネに関する手掛かりは見つからなかったね。あのプラウ喋らなかったし」
「別にいいわよ、そんな余裕なかったし。次もあるでしょ?」
にやりと笑う。
つまり、これからも一緒に戦ってくれると言っているのだ。
「……好きっ!」
「ぎゃー! 抱き着くんじゃないわよきもい!」
「あはは……まあまあ。そろそろ夕食の時間ですしそのあたりで」
感極まって思わずアカネに突っ込む神谷を苦笑いで宥める園田。
時計の針は19時に回ろうとしていた。もう日は落ちているし、そろそろ光空も帰ってくる頃だろう。
「そういえばそうね。どうしようかしら。買ってくる? それとも外で食べる?」
「あ、わたし作るよ」
…………。
沈黙が下りる。
「はあ!?」
「何言ってるんですか!?」
神谷が包丁を握ろうとして倒れたのは昨日の今日だ。
それなのにまた作るなどと言う。
ふざけるな、というのがアカネ達の正直な気持ちだった。
「いや、わかるよ。わたしもちょっとは不安だしさ。……だから、見ててよ」
食堂のキッチンである。
まな板の上にはキャベツの半玉。その前には黒猫のエプロンを着用した神谷がいた。
それを園田とアカネの二人が固唾をのんで見守っている。
「では」
包丁を手に取る。
ごくり、という生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
左手をキャベツの上に添え、刃をゆっくりと通し――トン、と。まな板を包丁が叩く音。
「……うん、大丈夫そう……かな」
「「はーーーー!!」」
園田とアカネが二人して崩れ落ちる。
肩の荷が下りたような気分だった。
「ちょっとちょっと、大げさだって」
「大げさじゃないですよ……!」
「そうよ。念のため今日はここで見せてもらうから」
逆に緊張するんだけど……と苦笑しつつ、手際よく調理を進めていく。
正直、自分でも傷を乗り越えられるとは思わなかった。だが、二人がいてくれるなら大丈夫だと思えたのだ。
これから先、また折れることがあるかもしれない。
似たようなことで何度も膝をつくこともあるかもしれない。
それでも、周りにいる人たち――神谷が愛する人たちがいれば何度でも立ち上がれる。
希望と言う存在は、いつだってすぐ近くにあるのだ。




