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ガールズ・ゲーム  作者: 草鳥
四章
59/139

59.過去の囚人


 神谷と園田の二人は、あたしと出会ったのはあのショッピングモール周辺だと言っていた。

 あそこはゲームの世界だから、そっくりなだけでこちらの世界と直接の関係は無い――そう言っていたけど、確かめてみるだけならバチは当たらないだろう。出来るかぎり早く、あたしが何者なのか、どうしてあちらの世界にいたのかを知らなければいけない。

 本来は二人も連れていくべきだったのだろうが、これ以上迷惑をかけたくはない。だから誰もいないときにこっそり出てきたのだ。

 だが。


「はあ……結局なんにも無かったわね」


 ショッピングモールの自動ドアから出つつ嘆息する。

 ここだけではなく、周辺の繁華街も歩き回ってみたが手掛かりは無し。

 徒労に終わってしまった。

 もう帰ろう、と考えた時だった。

 

「降ってきそう」


 ゴロゴロと雷鳴が聞こえたので空を見上げてみると黒くて分厚い雲が集まりつつあった。

 今にも雨が降ってきそうだ。

 早く帰らないと雨に降られてしまう。

 あたしがいなくなっても心配する奴なんていないだろうが、せっかく買ってもらった服をびちゃびちゃにするのはさすがに心苦しいから。

 

 そんなことを考えつつ、あたしは帰路に歩を進めた。

 



 

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ!」


 春とはいえど雨が降れば寒い。

 セーラー服にしこたま雨粒が染み込み重く冷えていく。

 激しく吸い込む空気が冷たくて肺が痛みを訴えている。


 それでも脚は止められない。

 誰かを探しているはずなのに、何かに追い立てられるようにして神谷は走っていた。


(さがさなきゃ、さがさなきゃ、さがさなきゃ――――あれ)


 いつからか溢れ出していた涙は、頬を伝う雨と共に流れる。

 どうして泣いているのかわからない。涙を流しているという自覚も薄い。

 スイッチが入ったように、ダムが崩れるように、それは流れ落ちている。


 何が悲しいのだろうか。

 何が苦しいのだろうか。

 怒っているのだろうか。

 それとも寂しいのだろうか。 


 ぐちゃぐちゃになった頭では何もわからない。


(わたし、だれをさがしてたんだっけ)


 脚がおかしい。感覚が無い。

 疲れか、冷えか。それともその両方か。

 動かしている感覚は無いのに動き続け、神谷の身体を前へ前へと押し出している。

 まるで機械のようだ。


(アカネ……? それとも)


 あのゲームに出会って、それをきっかけに光空と新しく関係を築き直し、園田という新しい友人も得て、日々を楽しく過ごしていたはずだったのに。

 少しのきっかけで瓦解した。


 彼女たちとの日常は麻酔だったのだと思う。

 カガミを失ってできた傷をごまかしてくれる痛み止め。

 少しは平気になったと思っていた。

 寂しさは埋まったと思っていた。

 カガミがいなくてもなんとかやっていける――そんなことまで思い始めていた。


 だがそれは違う。ただ自分を騙していただけだ。

 そもそも【TESTAMENT】という命の危険と隣り合わせのゲームに挑み、当然のように戦えているのは何故か。

 それは、その先にカガミと再会できるという、神谷にとって極上の餌がぶら下がっているからだ。

 だからこそ戦えたし、勝ってこられた。ギリギリのところで耐えていられた。

 カガミという存在は今も神谷の行動原理の奥深くに根付いている。

 それを神谷は正しく自覚できていなかった。


「カガミさん……アカネ……」


 もう自分が今誰を探しているのかも判然としていない。

 行き先を失った呼び声は、誰にも届くことは無い。





「まいったわね…………」


 アカネは帰路の途中にある公園で雨宿りしていた。

 申し訳程度の屋根の下、そこのベンチに座っている。

 雨に降られ始めた直後に公園に駆け込んだから大して濡れているわけではないが、それがかえって、濡れてまで帰るという選択肢に足踏みさせることになっていた。

 

 時計も携帯も持っていないので正確な時間はわからないが、ショッピングモールを出た時の時間から考えるともう神谷と園田が帰ってくるころかもしれない。

 神谷は特に何も思わないだろう、とアカネは思う。

 いつも言い合いしていて、はっきり言って仲が悪い。いなくなったとしても、もしかしたら喜ぶかもしれない。


「みどりは……どうかしら。心配してくれるかな……してくれたら嬉しいかも、ね……」


 そんなことをぼんやり考えながら、何ともなしに公園の入り口あたりに視線を投げていると、そこをいるはずがない人影が通った。

 傘もさしていないその人物は、黒髪黒目で、かなり小さい背丈にずぶ濡れの黒いセーラー服を着て、まるでゾンビのようによろめいていた。

 間違いなく神谷沙月だった。


 なぜここに? という疑問がまず浮かぶ。

 寮住まいの彼女は学校帰りにここを通ることは無い。

 ならば買い物にでも出て来たのかとおもったがそれもないだろう。なぜなら手ぶらだからだ。それに傘も持たずに雨に降られたままここまでは来ないはずだ。


 それはつまり。

 自分を探しに来たのではないか。

 少し信じられなかったが、思わず立ち上がり雨を無視して駆け寄ろうとする。


「ちょっとあんた!」


 声をかけると、今にも通り過ぎようとしていた神谷がこちらを見た。

 その瞬間、アカネは思わず足を止めてしまった。

 

 神谷の眼が、全く光を灯していなかったからだ。

 虚ろで、底なし。真っ暗闇が瞳の代わりにはめ込まれているようだった。


「あんた、それ……」


 震える声を漏らした瞬間。

 神谷は走り出し、アカネに向かって抱き着いた。


「ちょっ……」


 その勢いはタックルと形容した方が正しかったかもしれない。

 激突の勢いでアカネは、しがみつかれた状態のまま雨でどろどろになった地面に背中から倒れ込んだ。


「いきなりなによ……、……っ!?」


 しがみつかれた――と言うよりは、縋りつかれた、というべきだった。

 近くにいる誰かにそうせずにはいられなかったのだろう。

 神谷は泣いていた。


「おいてかないで……おいてかないで……おいてかないで……おいてかないで……」


 ただひとつの言葉だけを機械のように再生し続けていた。

 雨と涙と泥にまみれながら、少女は壊れていた。

 熱すぎるくらいの体温だけが、その少女を人間たらしめていた。


「なんだっていうのよ……」


 アカネは記憶喪失だ。

 自分が誰なのかも、どこから来たのかも、どこへ向かえばいいのかもわからず迷い続けていた。


 ただ、今この瞬間だけは。

 アカネの目には、神谷の方が自分よりもよっぽど迷子に見えてしまったのだ。

 

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