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ガールズ・ゲーム  作者: 草鳥
四章
57/139

57.迷えるわたしたち


「…………で、なんであんたと二人なのよ」


「知らないよ」


 神谷とアカネの二人は学校からそこそこ近くの大型ショッピングモールに佇んでいた。

 ここらの学生が遊びに行くならまずここ、という場所だ。

 日曜日ということもありとても賑やかだ。


 だが二人の間に流れる空気はあまりにもギスギスしている。

 一触即発とはこのことだった。


 こうなった経緯は、少し前に遡る。




「人が多い……」


 辟易する神谷に、


「まあまあ」


「お休みですから仕方ないですよ」


 フォローを入れる園田と光空。

 

「たるんでるわね」

 

 そこにアカネを加えた四人は大型ショッピングモールに来ていた。

 ここに来れば大抵のものは揃うという評判もあり、大量の人混みでごった返していた。

 

「なんかすでに人に酔った感じがする……助けて陽菜……」


「はいはい、頑張れ頑張れ」


「アカネちゃんの服とか日用品を買うって話だったじゃないですか」


「わたしが着いてこなくても良かったんじゃない?」


「ほんとそれよ。みどりと陽菜だけでいいわ」


「だめです」


「ダメ」


 文句を言う神谷とアカネに揃ってバッテンを作る園田と光空。

 なんとなく二人には逆らえないのでしぶしぶ従うことにした。


 おそらく、いま言った以外にも目的があるのだろう。

 アカネはこれからしばらくはあの寮で暮らすことになる。だから親睦を深めておく、だとか。

 あとは――何かのきっかけがあればまたいつでも喧嘩に発展しかねない神谷とアカネの仲の悪さを和らげるというのもあるかもしれない。

 だからここは乗っておくことにした。


 それに、不意にアカネが見せる寂しげな横顔が、自分を見ているようだったから。

 彼女を近くで見ておかないと不安だったのだ。

 



「まさか着せ替え人形にされるとは思わなかったわ…………!」


「大変だったねえ」


 他人ごとなので雑に返すとアカネがぎろりと睨む。

 アパレルショップにはいった途端、園田と光空がとんでもなくやる気を出したのだ。

 

『アカネちゃん、これ着てみてください!』


『アカネちゃーん。次これねー』


『何でも似合いますね!』


『もう全部着せちゃおうか?』


 こんな具合に。


「もう二度と来ないわ……」


「一応善意なんだし多めに見てあげてよ」


「あんたなんかに言われなくたってわかってるわよ」


 ふん、とそっぽを向く。

 辛辣な態度は直りそうもない。

 こんな調子では仲良くなれそうもないな、と神谷は嘆息した。

 

「…………あんなに買ってもらっちゃって良かったのかしら」


「うん。北条さんからお金は貰ってるから」


「そういう問題じゃなくて。こんなに施しを受けて……さすがに罪悪感があるわよ」

 

 少し消沈しているように見えた。

 この感じには、神谷にも覚えがある。


 理由のわからない善意は、時として肩に重くのしかかってくる。

 それを神谷を感じたことがある。

 園田に助けたいと言われたあの時に。


 でも神谷は知っている。

 言葉を尽くせば伝わると。

 園田がそれを教えてくれた。


「あのね、アカネ――――」


 だが、それを遮るようにスマホが震える。

 見てみると、園田からチャットの着信があった。


『私は光空さんと晩ごはんの材料を買ってきますので、日用品売り場の方へ二人で行ってもらえます?』


「…………」


「あの子たち、どこにいるって? ……うげ」


 二人揃って苦虫を噛み潰したような顔をする。

 どうやら二人きりにされてしまったようだった。

 



「文句言ってても始まらないし早く行こうよ。あーあ、来る前貰ったお金をわたしとみどりで半分こにしたのはこのためだったんだね……」


 つまり最初からこうするつもりだったということだ。

 おそらく一緒にいる光空もグルだろう。

 

「もうあんた帰ってよくない? ここ地図盤あるし買い物くらい一人でできるわよ」


「そういうわけにはいかないよ。二人でって言われてるし」


「…………あんたって尻にしかれてない?」


「え、うそ」


 全く自覚が無かった。

 だがそう言われてみると、園田に対して逆らおうだとか、そういったことを考えた試しがないことに気づく。

 そういえば前からどちらかというと自分が押されがちだったような……神谷はそう回想する。


「はあ、もういいわ。行きましょう」


 呆れたようにすたすたと速足で歩いていくアカネを慌てて追おうとした瞬間、


 おかーさーん………………


 どこからか子どもの泣き声が聞こえた。

 迷子だろうか。

 どこにいるのか、それより助けたほうがいいのか。

 周りにいる誰かが助けるんじゃないか――そう神谷がまごついていると。


「――――こっちね」


 アカネはすでに歩き出していた。

 迷いなく大股で真っすぐに。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


 人混みをかき分けていくと、おもちゃ屋の前で幼い女の子が泣いていた。

 アカネと二人で駆け寄る。


「あなたどうしたの? お母さんかお父さんは?」


「ぐす、ひっく……わかんない。おもちゃ見てたら、っく、いつの間にかお母さん、いなくなってて」


 泣きじゃくりながらも、必死に説明してくれたその女の子の前に、アカネはしゃがみ込んで視線を合わせる。


「もう大丈夫よ。あたしと……こいつが一緒に迷子センターに連れてってあげるからね」


「で、でもお母さん、知らない人についてっちゃダメだって言ってたよ。おねえちゃん、誰……?」


 それを聞いた瞬間、アカネは硬直した。

 誰、なんて本人が一番知りたいことだろう。

 その様子を見れば、彼女が自身の記憶について悩んでいることはわかる。

 だがアカネは柔和な笑顔を作り、優しく語り掛ける。


「…………わたしはアカネ。あなたは?」


「くるみ」


「じゃあくるみ。行きましょう」


 そう言って手を握る。

 アカネはこういうことに慣れているようだった。

 さっき、声が聞こえた途端ためらいいなくそこへ向かい、ためらいなく話しかけた。

 顔も知らない誰かのために、アカネは動いたのだ。


「ちょっとなにぼーっとしてんの。あんたも来るのよ」


「あのちっちゃい子、だれー?」


「ぷっ、くく……! あんた同列に見られてるわよ」


「遺憾だよ!」


 何度でも言うが、神谷沙月は高校生である。例え小学生にしか見えないようなサイズであったとしても。




「ご迷惑をお掛けしました……!」


「いえいえ。これからは目を離さないようにしてくださいね」


 頭を下げるくるみの母親に、対神谷とは違いにこやかに返すアカネ。


 ことの発端は、おもちゃ売り場で母親がくるみを見失ったことだったらしい。

 それを売り場の外に出て行ったと勘違いし、探しに行った……というのが経緯だ。 


 母親に手を引かれながらこちらに手を振るくるみに、アカネは手を振り返している。

 

「ねえ、アカネはなんであの時、よく知らない迷子に躊躇なく声をかけようと思ったの」


「……? 当然じゃない。困ってるんだから助けるでしょ」


 まるでそれが当たり前だ、とでも言うようにアカネは首を傾げた。

 

 当然なんて、そんなわけがない。


 周りにいた人々は何もしなかった。

 泣いている子どもが見えていたはずなのに何もしなかった。それが『大多数』だ。

 そしてそれは神谷も同じだ。あの時、最初に躊躇った。 


 それをアカネという少女は、その善性でもって一蹴したのだ。  

 はっきり言って、嫉妬した。

 神谷は、顔も知らない誰かのために努力することはできない。

 その他大勢のためには頑張れない。


 しかしアカネは違う。

 神谷は目の前の少女に計り知れないものを感じていた。

 だが、


「迷子、か。あたしも似たようなものよね」


 まただ。

 またそんな孤独を湛えた顔をする。

 この顔が、アカネがただの少女であることを思い出させる。


「……アカネ。記憶を無くして、いきなりこんなとこに来て不安かもしれないけど、でも」


 言わなくては伝わらないこともある。

 園田とはわかりあえた。

 ならアカネとだってできるはずだ。


「わたしたちはあの寮が、アカネの帰る場所になればいいなって思ってる。少なくともしばらくの間はね」


「あんた…………」


 いつかあるべき場所に帰るとしても、それまではあの寮が安心できる場所になって欲しい。

 それは神谷も、園田も、北条もそう思っている。たぶん光空も。

 なぜなら神谷と園田にとっても、あの寮が帰る場所だから。


「わたしは家族がいなくなった。だからあの場所があってよかったと思ってる。アカネも同じように思ってくれたら嬉しいんだけど……まあこれはわたしのエゴかな」


「家族?」


「ああ、その……また今度話すよ。……とにかく! 辛いときは助け合っていこうねって話!」


「いやそんな話じゃなかったと思うけど」


 がっくり、とうな垂れる神谷。

 勢いでごまかそうとしても無駄らしかった。

 反面、アカネは笑顔を浮かべ、


「あんた、もしかして思ったよりいい奴なの?」


「…………悪い子ではないと思いたいよ」


 神谷は苦笑を返すしかなかった。

 そんな風に言われるのは慣れていなかったから。

 

 結局その後、園田たちと合流するまで一言の会話すらなかったが――神谷は少しだけアカネのことがわかったような気がした。


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