52.ふたつの力
「二人とも、おいで」
その呼び声に応えるがごとく、神谷の胸から二つの光球が飛び出す。
片方は褐色。もう片方は緑色。その二つを両手で握りしめ、
「――――二重励起」
ぐしゃりと握りつぶした。
「何を……!」
動揺するウサギのプラウ。
しかしそれを尻目に、潰され弾けた光球は神谷の身体へ吸い込まれていく。
褐色は両腕へ。緑色は両脚へ。
「君は言ったよね。お前はプラウのことを何もわかってないって。だからわかりあってきたよ」
「……いや待て、そんな……この短時間でどうやって……しかもすでに倒された奴らとどうやって」
「ここで」
とんとん、と胸元を叩く。
「吸収したプラウはわたしの中にいる。倒したって消えるわけじゃない」
神谷の中に広がっていた白い部屋。そこでプラウたちが『格納』されている領域にアクセスすることができた。
最初は夢かもしれないと思った。
ただ、今こうして反映されている以上、あれは現実だ。
ウサギのプラウの『わかっていない』という言葉が糸口となり、自分の中のプラウと向き合う意思を喚起した。
あの白い部屋への鍵となったのだ。
「だからわたしはあのプラウたちを――もう一度倒した。わたしの強さを、わたし自身をわかってもらうために」
「なんだと……!?」
つまりそれは。
ただ吸収し、その力を半ば無理やり借り受けていた先ほどまでとは違うということ。
吸収したプラウたちを改めて力でねじ伏せ、従えたということ。
「君ともわかりあいたいな」
にこ、と笑う。
だがプラウはそれを恐ろしいものとしか見ることができない。
こいつは、この女は――ここで倒さねばならない。
プラウは生まれて初めて危機感を味わっていた。
「……お前は殺す。絶対に!」
「それはこっちのセリフだよ――プラウ・ワン、限界励起」
神谷が手に入れたものは三つある。
一つ目は効果時間の延長。300秒から500秒。
これ以上はペナルティ以前に使用者への負担が大きすぎる――というのを戦いの中で自分の中のプラウから聞いた。
現在、左手の甲には412という数字がぼんやり光っている。
二つ目はプラウの力の同時使用。
時間の消耗が増えることも無く、戦力が大幅に上がる。
身体への馴染み方、違和感の無さからそもそもは同時に使うのが本来想定されていた――そう神谷は予想している。
しかしそれでも身体への負担は大きい。サイズの合わない強力なエンジンを積まれているような感覚だ。規格が同じだとしても大きすぎて少し身に余る。まるで、元々の持ち主は別にいる――とでも言うように。
そして三つ目。
それは、
「プラウの力……俺たちに備わっている力。限界を越えてそれらを引き出しているのか…………!」
神谷の両腕が変質する。
ピキピキと音を立て、両腕が黒曜石のような光沢を放つ結晶に覆われていく。
「…………この力は活動時間の消耗が激しい。だから一気に終わらせてもらうよ」
完成したのは漆黒の両腕。
特に大きくなったわけではない。ただ黒くなっただけだ――少なくとも見た目上は。
両脚の電光を迸らせ、プラウへと肉薄し、黒い右手を振りかぶる。
大ぶりなその挙動に、プラウは余裕の体で両腕を構えガードの体勢を取った。
「ハッ、テレフォンパンチだな! 今さらそんなものが――――」
「――――避けなくていいの?」
最初、何が起こったのかわからなかった。
途轍もない衝撃を感じ、気づけば吹き飛ばされていた。
「ごおおおおおあああああああああああッ!?」
まるでミサイルのような有様だった。
プラウの身体は空を飛び、マンションを貫通し、高層ビルを貫通し、ようやく勢いを弱め道路に落下した。
「がはっ!」
大量の血を吐き出す。
今の一発で甚大なダメージを受けた。身体の芯がガクガクと揺らいでいる。
(まるで隕石が衝突したかのような重さ……! どこまでプラウの力を引き出した!?)
想定を遥かに超えている。
確かに強い相手と戦いたいと思っていた。
だがここまでだとは欠片も想像できなかった。
「――――――――プラウ・ツー、限界励起」
数百m離れた場所。
そこからの声を、プラウの長い耳が感知した。
直後、雷の化身が目の前に現れる。
「死ね」
端的な殺意と共に神谷が振り下ろす脚を、右半身の炎を噴射し回避した。
ギリギリで逃れるも、プラウが今しがた倒れていた道路が真っ二つに叩き割られた。
直前に声を聞きとれていなかったら今の一撃で終わっていた。
「ハァハァ、ハァ……貴様はいったいなんだ。なんなんだ!」
「ただの女子高生だよ」
こともなげに答える。
だが、それは。
彼女が本当はどういう存在かを知っているプラウからすれば――――滑稽にも思えた。
「ク。クク。ククククハッハハハハハハハ!」
右半身の炎が、まだ無事だったウサギ部分の左半身を飲み込み、同時に炎を使って上昇していく。
神谷はただそれを見上げている。
「確かにお前は強いな。だが俺は負けない。誰にも負けない!」
燃え盛る炎は全身を覆い隠す。その奥で光る赤い眼光がギラギラと輝いている。長い耳のシルエットはまるで角のように見えた。
それは”鬼”と呼ぶにふさわしい姿。
ウサギのプラウは獄炎の鬼神へと変質した。
両手を掲げる。
大量の炎――プラウの身体から生み出されるものだけではなく、街全体を焼いていた炎までもが集まっていく。
気づけば炎は夜空を覆い尽くさんほどのサイズへと成長した。
顕現したのは燃え盛る惑星。何もかもを焼却せんと猛る侵略の象徴。
「全てを焼き尽くしてやる! この街ごと、お前も、あのイレギュラーも!」
プラウが投げた惑星はゆっくりと落下を始める。
これが落ちたら誰も助からない。
例えこれを無視してプラウを倒しに行っても、とどめに失敗すれば炎の惑星が全てを灰に変えるだろう。
「…………」
神谷はただそれを見上げていたかと思うと、無言で惑星目がけて飛んだ。
地対空射撃のごとき速度で、上空の炎へと加速していく。
「無理だな! いくらお前が強くてもこの巨大さはどうにもできん! 岩と雷だけでどう炎を消すという!」
「あるんだよ、あとひとつが。お前がイレギュラーと切って捨てたあの子が」
跳躍する神谷は空中で『何か』を貫いた。
不可視のそれは、荒れ狂い吹き荒び、神谷に追随する。
運ぶもの。流れるもの。そして――吹き飛ばすもの。
それは風だった。
『ここの真下へあいつを誘導して。それと――――こういうのって用意できる?』
『やってみせます』
園田はあの時頼んでおいたものを、瀕死の状態で見事撃ち出し、今の今まで消すことなく保ち続けていた。
風の塊。触れればその身体に纏うように園田が創り上げていたのだ。
(本当に――なんて頼もしい)
口元をほころばせる神谷の全身を激しい風が覆う。
それは風の鎧。
追い詰められたプラウが繰り出すであろう最後の技への対抗策。
風は炎の勢いを助けるだけ?
そうかもしれない。
だが。
炎というのは――嵐の前ではなすすべもないのだ。
園田一人では無理だったかもしれない。
あのプラウの炎に抗えるほどの力は無かったかもしれない。
だが二人なら。
今の神谷が園田の風を振るうことができれば。
それはどんな炎をも打ち消す嵐になれる。
「せああああああッ!」
嵐を纏う神谷が燃え盛る惑星に突入する。
同時に身体と一体になった電光が迸る。
雷を伴う嵐が、炎の中を駆け巡る。
「これは……そんな馬鹿な……」
深紅の惑星が胎動する。
それは崩壊の予兆だ。
どくん、どくんと内側から膨れ上がり、そして。
嵐は炎の惑星を千々に引き裂いた。
「――――お前の敗因はたったひとつ」
飛び出した神谷はあちこちが焼けていた。
着ているジャージはそこかしこが黒く焦げ、端が燃えている。
いたるところにヤケドらしき痕もある。
だが無事だ。
弱者と見下された園田は神谷を守り、強者を打ち倒す銀の弾丸になった。
万感の思いを込めて、漆黒の右手を硬く握りしめる。
「あの子をイレギュラーと侮ったことだよ」
振り抜く拳は炎の鬼神を完全に捉え。
本当の決着が訪れた。




