50.雷霆vs火山
悔しくて仕方がなかった。
右腕と両脚の機能が奪われ、あと4分は元に戻らない。
今さっき、少し離れた場所で戦闘が再開したようだ。
床を伝う微かな振動と戦闘音が教えてくれる。
今ごろ園田は神谷のために戦ってくれているのだろう。
命を懸けて。
歯を食いしばり、握りしめた右手が震えた。
何もできないのか。
またこうやって倒れて園田を戦わせるのか。
結局友達を利用しているのではないか。
もっと自分に力があれば。
プラウの力に振り回されないような強さがあれば。
そうだ、あのウサギのプラウが言っていた。
『お前は俺たちプラウのことを何も理解していない――――』
あれはどういう意味だったのだろうか。
何もわからない。
「いつも……あと一歩が足りない……」
戦闘によるダメージと疲労で限界が近かった神谷は、再び意識を闇に落とした。
気づくと真っ白な部屋にいた。
「…………どこ、ここ」
円形の部屋だった。
壁も天井も床も真っ白で距離感が狂う。
入口のドアは無く、もちろん出口のようなものも無かった。
「夢……かな、たぶん」
ただ何もかも無いというわけではなかった。
壁に配置された謎のコンソールがひとつ、そして中央にぽつんと置かれた真っ黒な箱が目を引いた。
「なんだろこの箱……んぎぎぎ」
拾い上げようとするが全く床から離れそうもない。
叩くとコンコン、と堅い音がする。
今はどうしようもなさそうなのでとりあえず放置して、コンソールに近寄る。
画面には6つのパネルが表示されている。
そのうち2つには『ONE』『TWO』
キーボードやボタンの類はついていない。意を決して指で『ONE』に触れてみると、
『プラウとの対話を開始しますか?』
『YES』『NO』
そんな一文が表示された。
「対話って……もしかして理解ってそういうこと……?」
ということは、これは夢ではなく――――
「…………やるしかない。どうせ目が覚めるまで他にやることもない。対話でもなんでも、わたしが攻略してみせる」
意を決して『YES』に触れた。
あいつに勝つためなら、強くなれるならなんだってする。手段は選ばない。
「さて」
燃え盛る炎に囲まれ、プラウはつまらなそうに立ち上がる。
手ごたえはあった。
イレギュラーへと放った一撃は、間違いなく彼女の命を刈り取ったはずだ。
事実、道路を挟んだ反対側の歩道に倒れている園田は動く気配が無い。
脇腹が抉れたのか血がアスファルトの上に流れだしていた。
「雑魚相手にいささかやりすぎたか?」
「…………ぅ…………」
呻き声。
起き上がりはしないが、しかし園田は確かにまだ生きていた。
「なんだと…………?」
あの時。
インパクトの瞬間、園田はとっさに空気を圧縮したクッションを作りダメージを軽減していた。
だがそれでも虫の息。
今は息があろうと、放っておけば確実に死に絶えるだろう。
しかし渾身の一撃を防がれたという事実はプラウのプライドに大きな傷をつけた。
「貴様……ッ! このイレギュラーごときが、どこまでもこの俺に食らいついてきやがって……!」
文字通り烈火のごとく怒るプラウ。
全身から炎を噴き出すその姿を消えかけの視界に入れ、園田は薄く笑う。
「そうやって……見下してばかりいるから……あなたは負けるんです」
それは、まごうことなき勝利宣言だった。
目を開くと同時に、左手の甲の赤い数字が0になり消滅する。
「………………」
起き上がり、歩き出す。
焦げ臭いにおいがした。
炎が街を焼いたにおいだ。
すう、と呼吸をすると、緑色の光球が神谷の胸から生じ、両脚に宿る。
「…………プラウ・ツー、励起」
静かに呟き、少女は屋上から飛び降りた。
「負ける? 俺がか? は、ハハハハハハハハハ! この状態から、この俺がどうやって負けると――――」
最初に、光があった。
突然足元が明るくなったことに疑問を抱いた。
次に光源を見上げる。
光はプラウの真上にあった。
一瞬、落雷かと思った。
だがそれはありえない。
今、この世界の空には満つる月しか見えないからだ。
ならば。
つまり、これは――――
「まさか……!」
神谷沙月。
プラウ・ツーの力を引き出した彼女は再び両脚に電光を纏わせ、まさに落雷そのものとなって踵落としを繰り出した。
上から下へ。夜闇を切り裂く稲妻は、真っ逆さまにプラウを襲う。
そう。
これこそが神谷と園田の立てた策だった。
『ペナルティが終わるころに、ここの真下へあいつを誘導して。それと――――』
『やってみせます』
そんなやり取りを別れる直前に交わしていた。
園田がプラウへと挑戦的な態度を繰り返したのも全てこの時のためだった。
そしてすべては読み通り。
敵の性格をも考慮した作戦は見事に成功へと向かった。
言葉を話す相手だからこその予測だった。
「おおおおおおおおおッ!」
だが、プラウはこの場の誰より強者だ。
とっさに持てる全ての炎を収束した拳で雷を迎撃する。
まるで火山の噴火。
噴き上がる豪炎と降り落ちる雷撃――天災級の力が激突する。
「ハハハハ……残念だったな! 小賢しい策も、結局俺を倒せなければ意味がない! これで終わりだァ!」
「――――終わりなのはお前だよ」
笑うプラウに対し、神谷は表情を無くしていた。
飛び降りる際、傷ついた園田の姿が見えた。
その瞬間、思ったのだ。
『またあの子を犠牲にしてしまった』
後悔。悲しみ。
沸きあがった感情は激流のようで、一瞬飲み込まれかけたが――すぐにそれらを全てぶつけることに決めた。
「プラウ・ツー……限界励起」
「なに!?」
脚の電光が全身へと行き渡る。
強烈な光が神谷の身体を取り巻き――彼女は雷と一体化した。
「これで最後!」
均衡が破壊される。
天井破りの出力に、火山は押され、そして――――。
「せええええやああああああああああッ!」
叫ぶ神谷は雷撃となり。
噴きあがる紅炎を両断した。




