表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガールズ・ゲーム  作者: 草鳥
三章
48/139

48.絶望の逆転


 産まれた時。

 つまり『俺』という意識が生じた時から、俺は炎だった。

 燃やすもの。焦がすもの。焼き尽くすもの。侵略するもの。

 それが俺だった。

 

 俺は強かった。

 産まれた瞬間からそれを当然のことと認識していた。

 

 だがこの世界には何もなかった。

 すでに全てが失われていた。


 その理由を俺は知っている。

 仕方のないことだと諦めてもいる。

 だが、それでも俺は渇いていた。


 いくら強くても戦う相手がいなければ意味がない。

 憂さ晴らしに俺が俺として確立された場所であるこの街を焼いてみたが、少しも気分は晴れなかった。

 ただ空しくなっただけだ。


 それから俺は待つことにした。

 いつか来るはずの『奴』を。

 運命に弄ばれる『奴』を。

 

 そして。

 兆候は訪れた。

 俺のこの自慢の耳がそれを感知した。


 どこかで俺の仲間――面識はない。俺たちのルーツ的にきょうだいと呼ぶべきか――が倒された。

 その瞬間、俺は歓喜に打ち震えた。


 ようやくだ。

 ようやく俺の力を振るう時が来る。


 俺の相手はどれほどのやつか。

 どんな戦い方をするのか。

 どんな能力を持っているのか。

 

 そして。

 俺より強いのか。

 それが一番楽しみだ。




「……ふん。いささか期待外れだったな」


 ウサギのプラウは憮然とした様子で、もうもうと白煙が立ち込める街を見つめていた。

 無数の大火球による広範囲爆撃。

 凌げるはずがない。


 プラウは内心少し後悔していた。

 もっと楽しむはずだったのに、戦えることが楽しく、調子に乗ってすぐに終わらせてしまった。

 俯くプラウの長い耳が少しだけ垂れた。


(お前も俺の渇きを満たせる存在ではなかった、か)


「……誰が期待外れだって……!?」


 しかし、白煙の向こうからその失望を裏切る声が聞こえてきた。

 風が吹き荒れる。

 白煙が裂かれ、現れたのは――あの火炎地獄を無傷で凌いだ神谷と園田の姿だった。 

 二人とも息を荒げてはいるが、先ほどの攻撃による外傷は見当たらない。

 そして二人のそばには岩石の手――プラウ・ワンの左手が浮遊していた。


「そうか、プラウ(俺たち)の力……だがそれだけでは」


「そう。わたしだけじゃ無理だった」


「……即興ですけど、うまくいきましたね」


 あの時。

 大火球を防ぐにはプラウの力を使うしかない、と確信した神谷はゴーレムの左手を自分たちに覆いかぶせてこう言った。


『お願いみどり、空気のバリアをできるだけ張って!』


 それを聞いた園田はすぐさま何層もの空気でゴーレムの左手をドーム状に覆い、炎の熱を緩和し爆風を相殺したのだ。



「…………少し侮っていたようだな」


 評価を改める必要がありそうだった。

 この二人はまだ未熟だが、弱くはない。

 だがそれだけだ。まだまだ及ばない。


「あと10回くらいは吠え面かかせてあげるよ」


 余裕を顔に張り付けてはいたが、神谷の内心は焦燥が渦巻いている。


 本当はまだプラウの力を使うつもりは無かった。

 この力は切り札だ。使用可能時間が厳密に定められている上に、終了後のペナルティを考えると気軽には使えない。だから最後に取っておきたかった。


(こんなに早く使わされるなんて……!)


 左手の甲には残り時間を示す数字が浮かび上がっている。まだ270秒ほど残っているが――逆に言えば、それだけしか時間が残されていない。

 だから。


「一気に終わらせる!」


 巨岩の手と共にプラウ目がけて突っ込む。

 岩塊は拳に形を変え、プラウの頭上に素早く移動したかと思うと、神谷が振り下ろす左手に連動し真下へと急降下する。

 

「ちっ、見かけより速い!」

 

 プラウは悪態をつきながら横っ飛びに回避する。しかしすでにその場所へと神谷が走り込んでいた。純白に輝く拳を振りかぶり――プラウの顔面へと炸裂させる。 


「ぐおっ!?」


「まず吠え面1回目ぇ!」


 吹き飛ばされたプラウは空中でくるりと体勢を立て直しビルの壁面に着地、そのまま壁を蹴り一直線に神谷へと飛びかかる。

 弾丸のような速度に回避は望めないと判断した神谷はプラウ・ワンを盾にし――――


「防御のつもりか?」


 一撃。

 目の前で、プラウ・ワンの左手が砕かれた。

 炎を纏った右拳によるパンチが、機械の狼の攻撃をも防ぎ切った鉄壁の盾を容易く粉砕したのだ。


「は…………」


「持ち腐れだな」


 そして、全く想定外の状況に固まった神谷の顔面を、燃え盛る左拳が殴り飛ばした。

 

「沙月さん……っ!」


 信じられなかった。

 プラウの力は強力だ。リスクはあるが戦況をひっくり返すほどのパワーがある。

 それが大前提だった。


 しかし、目の前で起こっているのはそれを覆す状況だ。

 プラウの力を行使した神谷が太刀打ちできないなどとは思いもしなかった。

 園田は自分が震えていることにようやく気付く。

 先ほどからろくに動くことができなかったのはそれが原因だった。


 どうして自分なんかが戦えると思ったのか。

 どうして神谷の助けになれると思ってしまったのか。

 

 前回自分ひとりでプラウを倒せたことが自信に繋がった。

 これなら自分も神谷の隣に立てると、そう思った。

 今度こそ見ているだけではなく、守ってみせるのだと。


 だがこの状況で園田は理解してしまった。

 攻撃は何ひとつ通用しない。

 勇ましく戦うこともできない。

 

 出来損ない。不完全。

 あのウサギのプラウの放った言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。


(わ、私は……なんのために……!)


 心が折れそうになった瞬間。

 そこに差し込まれるのは、


「みどりぃいいいいっ!」


「っ!」


 叫ぶ声に呼応し、反射的に弾丸を発射する。

 だがそれはプラウとは見当違いの方向……ほぼ真上に向かった。


「血迷ったか」


 嘲り笑うプラウをよそに、弾丸は近くにあったビルの壁面に直撃した。

 

「ならこれで終わり……、……ッ!?」


 神谷たちに襲い掛かろうとしたプラウは突然急停止した。

 すると――砕けたビルの瓦礫がプラウのすぐ前に落下。大量の粉塵を巻き上げ視界を奪った。


 そしてその隙は見逃さない。

 神谷沙月が呼びかけてくれる限り、園田みどりは何度でも立ち直ることができる。


 二つのトリガーを引き、爆風を発生させる。

 それは神谷と園田の二人をはるか後方へと押し流した。

 数m滑空した後道路の上を転がる。

 

「いたたたたた! 手荒!」


「我慢してください!」


 言い合いながらも立ち上がり、すぐ近くの銀行の角を曲がってそこにあった瓦礫の山(何かの飲食店の残骸のようだった)の裏に身を隠す。

 

 きっと園田なら、説明せずとも神谷の意思を汲んでくれると思っていたから成功した逃走だった。相手が人語を解する以上、大っぴらにやり取りするわけにはいかなかった。


(視界を奪って一気に距離を取って隠れた。これなら少しは時間が稼げるはず、ですよね……)


 これは悪手でもある。

 プラウの力はいまだカウントダウンを続けている。時間を稼げばその残り時間を無為に消費してしまうからだ。

 しかしそうとわかっていても逃げるしかなかった。

 あのプラウはあまりにも強すぎた。

 単純にパワーとスピードが優れている……それだけなら苦戦だけで済んだだろう。しかし奴は戦闘スキルも卓越している。

 

 最悪このまま息をひそめて、プラウの力が終了した後にそのままペナルティ時間も消費し、それから仕切りなおすことも考えていた。


 そんな時だった。

 から、と神谷の足元に石が転げ落ちた。

 反射的に音のした方向を見る。そこには、


「なんで」


「うそ……」


 二人が隠れる瓦礫の山の上。

 そこでウサギのプラウが音も無く見下ろしていた。

 

「見ての通り、俺は耳がいいんだ。お前たちが起こす衣擦れ、息遣い、心臓の鼓動……それくらいなら離れていても聞き取ることができる。そこから攻撃のタイミングやリズムをつかむこともな」


 そう言って自慢げに長い耳を撫でる。

 このプラウの強さの一端がわかったような気がした。

 だが、一転してこの状況はピンチだ。


「このっ!」


 苦し紛れに白光を右手に宿し、プラウへと殴りかかる。

 しかし今さらそんな攻撃が通用するわけもなく、


「遅い」


 燃える拳を即座に瓦礫の山へと叩きつけ爆散させる。

 飛び散った無数の瓦礫が、幾度も神谷と園田の身体を叩いた。


「うあああっ!」


「みどり! くそ、もうやるしかない!」


 転がる園田を尻目に、神谷は素早く左手の甲に右手で触れる。

 もう残り時間は半分を切っている。

 少しの躊躇いの後、起動コードを唱える。


「プラウ・ツー、励起(ロード)!」


 神谷の身体に顕現するのは二番目のプラウ。

 園田が命を懸けて戦った証とも言えるその力が発動した。


「ほう……?」


 左手の甲から鮮やかな緑の電光が産まれ出で、それは神谷の両脚に駆け巡る。

 これがあの戦いで得たプラウ・ツーの力。本体の大樹よりも、神谷自身が直接戦った機械の狼の特徴が色濃く出ていた。


「こけおどしか、それとも……」


「わかっていても防げないものがあるってことを教えてあげるよ――――」


 そう言い切る前。

 一瞬にして神谷の姿がプラウの視界から消えた。


「まさかこいつ……っ」


 鈍い音と、火花が弾けるような音。

 その二つがプラウの後頭部で炸裂した。


「がはっ!」


「まだまだ――――」


 声のする方向が動き続ける。

 これでは方向を特定できない。

 プラウの視界には稲妻の尾が残っている。これが神谷の残した軌跡ならば――そう一瞬考えたが、目に頼っていてはいつまでたっても捉えることはできない。見えた瞬間には別の場所にいるのだ。

 再びプラウを電光が襲った。今度は脇腹。


「があああっ!」


 たまらず叫びよろめくプラウ。

 しかし稲妻は止まらない。


 倒れたままの園田の目には神谷が補足できていた。それも辛うじてだが。

 稲妻の尾を引く神谷はプラウの周囲を超高速で動き回りながら雷を伴う蹴りを何度も何度も叩き込んでいるのだ。

 まるで電撃の竜巻。 

 嵐のような連撃に、プラウは抵抗するどころか一歩も動けない。


「せえええええあああああああッ!」


 雷の速度で駆けまわり攻撃を続ける神谷は喉の奥から叫び声を絞り出す。

 園田は、その声色に聞き覚えがあった。


(最初のゴーレムと戦っていた時――あの、自分の拳を傷つけながら戦っていた、あの時と同じ……!)


 攻撃は最大の防御。

 ウサギのプラウが披露したその戦法は有効と言うほかない。

 事実プラウは無抵抗で攻撃を受け続けている。

 だが。


 突然その嵐が止んだ。

 

「ぐ、う…………」


 ゆっくりと倒れ伏すプラウ。

 その全身には打撃の痕がいくつも見られる。相当なダメージを負ったのは間違いない。


「はあっ、はあっ、はあっ!」


 しかし神谷もまた膝をつく。

 見ると電光を纏う両脚が震えていた。

 おそらく極まったスピードに身体が着いてこられず振り回されている。

 つまり消耗が激しいのだ。

 現に今も、まだ少し効果時間は残っているはずなのにしゃがみ込んだまま動けずにいる。


「…………クク、やはり使いこなせていない。何故だかわかるか?」


 ゆっくりと身体を起き上がらせながらプラウはせせら笑う。

 それを睨みつける神谷の顎から汗が一滴落ちた。


「お前は俺たちプラウのことを何も理解していないからだ。だからしがらみだらけの力しか出せない」


「理解……」


 何とか立ち上がろうとしながらもプラウの言ったことをかみ砕こうとする。

 もしかしたら、この力には先があるのだろうか。

 ならば、使いこなすことができれば――しかし。

 理解とはどういうことだろうか。


「さて……よくも好き放題やってくれたな。逆襲させてもらうぞ」


「ッ!」


 言葉と共に肉薄するプラウ。

 それに対しとっさに背後に回ろうとする神谷だが、


「さっきまでの速度はどうした?」


 今にも振り下ろそうとしていた脚を掴まれる。

 完全に見切られていた。

 

「やっと目視できたぞ。俺自身がスピードに慣れた、というのもあるだろうが――見せ過ぎたな」


「この、離せ!」


「離すわけがないだろう……せいッ!」


 気合を吐き出し神谷の脚を掴んだまま軽々と振り回したかと思うと、アスファルトに向かって叩きつけた。

 びし、という音を立て、決して小さくないヒビが道路に刻み込まれた。


「ぐうあっ!」


「まだまだ行くぞ。避けてみせろ」


 脚はまだ離さず、プラウは右手の炎を膨張させる。

 振りかぶったそれを、容赦なく神谷に振り下ろした。

    

「か……っは」


 惨状。 

 圧倒的な暴力に神谷はなすすべもなく、そして。


「時間切れだな」


 神谷の左手のカウントがゼロを表示し、赤い300という数字に切り替わる。

 効果時間が終了し、ペナルティが始まる――とうとうその時が来てしまった。


「く、そ……」


 両脚と、そして左腕が全く動かない。

 最後に行使していたプラウ・ツーの力だけでなく、最初に発動したプラウ・ワンのペナルティまで適用されていた。効果時間中に使った力は全て反動になる。そういうことだろう。


 だが、消耗に加え深いダメージを負った神谷は、仮にそれが無かったとしても動けなかったはず。

 それほどまでに追い込まれていた。


「残念だが終わりのようだ。本音を言うともっと楽しみたかったんだがな」


 心から残念そうに眉を下げるプラウだったが手心を加える気はないようだ。

 その証拠に両手の炎が膨れ上がっていく。

 完全にとどめを刺すつもりだ。


 これで終わってしまうのか。

 この暴力の化身に良いようにされ、負けて死ぬのか。

 いやだ。


「いやだ……!」


「どうしようもないことだ。お前は弱かった。そして俺は強かった。それだけだ」


「いやだぁっ!」


 悲痛な叫びが燃える街に響き渡る。

 誰もいない街だ。助けに来るものは誰もいない。


 一人を除いて。


「――――《ホーネット》!」   


 園田が弾丸を連続で放つ。

 それを感知したプラウは神谷から視線を外し、その方向を見た。


「今さらそんなものが通用すると――」


 防ごうと手をかざし炎の盾を作り出す。

 しかし弾丸は、まるでそれぞれが意思を持っているかのように軌道を変えた。


 弾丸はまっすぐ飛んでくるもの――その固定観念を崩されたことでプラウに動揺が走り、その間にいくつもの弾丸は四方八方から襲い掛かる。

 鋭く針のように形状を変えた弾丸はプラウの身体を容易く貫いた。


「ぐああっ! この貫通力……!」


「私は確かに弱いです……だからこそ神谷さんと磨いてきました。そしてその成果がこれです! 《スパイダー》!」


 次に撃ち出されたのは8本の竜巻。

 それは蛇のようにうねり、地面に潜り込んだかと思うと地中で一斉に炸裂した。

 大量の空気の爆発によって道路の表面がめくれ上がり、二度目の粉塵を巻き上げあたりを覆う。


「馬鹿の一つ覚え……通用しないと分かっているだろうが!」


 怒声と共に園田の『音』を聞き取り接近する。

 だがその鼻先にはすでに黒い銃口。


「それはどうでしょう」


 トリガーが引かれる。

 とっさに回避行動をとったプラウだったが、その直後何も放たれていないことに気付く。


「何を」


 直後。

 ハウリングのような高周波の音が鳴り響き渡る。


「ぐおおおおおおッ!」


 耳を抑えのたうちまわるプラウ。

 頭をぐちゃぐちゃに掻き回されたような衝撃。前後左右上下の判断が全くつかない。


(……何が起こった……!?)


「音……それは『空気』の振動です。乱発はできませんが、効果は十分だったようですね」


 技の連発にかかった負担はやはり大きいようで、脂汗を流し顔をしかめながら神谷を担ぎ上げる。

 神谷は気を失ってぐったりしていた。

 ダメージに加え、さっきのハウリングが効いたようだ。

 手荒な手段だったが、この場ではこれ以上の策は思いつかなかった。

 園田自身、先ほどから音が聞こえていない。

 だから今のうちに急がねばならない。重い身体に鞭を撃ち走り去る。


 努力は無駄にならなかった。

 園田のあがきによってこの窮地を切り抜けた。

 神谷との修行の日々は短いものではあったが――確実に園田の力に変わっていたのだ。




「ちくしょう、あのイレギュラー……!」


 少しして粉塵が晴れた時、そこにはすでに二人の姿は無かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ