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ガールズ・ゲーム  作者: 草鳥
三章
31/139

31.エゴイズム・ステップ


「……どうしたらいいんだろう」


 うつむく神谷の唇から零された言葉は弱々しい。


「苦しんでるのはわかってるんだよ。ただ、踏み込んでもいいのかなって。本当に助けを求められてるのかなって、そう思うんだよ。ただでさえ辛そうなのにこれ以上気を遣わせたら……さ」


 ぐしゃぐしゃ、ともどかしそうに前髪を掻き回す。

 寄せた眉根には深いしわが刻まれている。相当悩んでいるのだろう。

 

「ねえ、どうしたらいいと思う?」


「……私に聞かれてもなあ」


 そう訊ねられた光空は神谷に――先ほどから光空の部屋に居座る友人に困り顔を向けた。


「ねーえー、助けてよー。わかんないんだよー。もう一週間もまともに園田さんと話してないんだよーう」


 ごろごろとカーペットを転がる神谷に、光空は深いため息をつく。

 さっきからずっとこんな調子だ。落ち込んだ様子で部屋を訪ねて来たかと思えば壊れたレコードのように同じ内容を繰り返し続けている。

 要するに園田が悩んでいるようだからどうにかしてあげたい、しかし余計なお世話なのではないかと神谷自身もまた悩んでいるのだ。


 はあ、とため息をもうひとつ。

 神谷には絶対に言わないが、実は光空も同じく悩みを抱えている。

 だがそれを悟られるわけにはいかない。悩んでいるのは察していても、声を上げてしまえばこれ以上神谷に負担をかけることになってしまう。


 それに神谷が困っているのなら、助けたいと思う。

 それが光空陽菜という少女だった。


「別に余計なお世話でもいいんじゃない?」


「でもさあ……」


「余計なお世話なら私だってずっとやってきた」


 どれだけ拒絶されようと、どれだけ徒労に終わったとしても、光空は手を差し伸べることをやめなかった。余計かもしれなくても、どうしても放っておけなかったから。一人にしたくなかったから。

 それは同時に「自分はここにいるぞ」と存在を叫ぶ行為でもあった。


「私がそうしたかったから。本当は沙月の都合なんて大して考えてなかったんだと思う。ただ叫ぶ自分の心に従っただけ。だから沙月も思い切って突っ込んじゃえばいいよ。たぶん園田ちゃんなら受け止めてくれるからさ」


 今の沙月が選んだ友達ならきっと大丈夫。

 光空はそう続けた。


「……あは。光空が言うと説得力が違うね」


 一年間、光空の”余計なお世話”を受け続けた当人はむくりと起き上がって笑う。


「たぶんわたし、最初からどうするのかは決めてたんだと思う。ただ背中を押してほしかったんだ、他でもない光空に」


 いつからか臆病になってしまった少女は心の内をさらけ出す。光空が相手なら躊躇いなくそれができる。弱いところも情けないところも全部見られてしまっているから。

 頼もしい幼馴染を、神谷はおもむろに抱きしめる。


「いつもいつもありがとう。わたし頑張るよ」


 甘いミルクのような香りに鼻孔をくすぐられながら、光空は喉を詰まらせる。

 すこし驚いた。それだけだ。


 なのにどうしてこんなにも泣きたくなるのだろう。

 

 嬉しいからだろうか。

 神谷の助けになれるのが嬉しいからだろうか。

 悲しいからだろうか。

 自分が悩んでいるのを知っているはずなのに、園田の方を優先するのが悲しいからだろうか。


 わからない。

 両方かもしれないし片方だけかもしれない。

 ほんの少しだけ、心が渇いたようだった。


「ああ、でもね」


 何かに気付いたように神谷は言う。


「陽菜のしてくれたこと、余計なんかじゃないよ。それは絶対に絶対」


(――――ああ)


「本当にわたしは助けられてばっかりで」


(そんなことを言われたら、また)


「だから陽菜も悩んでるならわたしに教えてよ。わたしだって力になりたいよ」


(泣きたく、なっちゃうよ)


 だが。

 ここの一線だけは越えさせないと決めているから。


 神谷は確かに以前と比べて大きく変わった。

 少しずつ人と関わるようになっているし、いたずらに他人を拒絶することも無くなった。

 わかりやすく明るくもなった。表情からしてもう別人のようだ。


 しかし光空にはわかる。

 神谷の心の傷はまったく癒えてなんかいない。

 心に空いた巨大な穴から、今もなお、赤い血を流し続けているのだ。


 だから、絶対これ以上彼女に重荷を背負わせるわけにはいかない。

 自分だけでもその一線だけは守ってみせる。


「――――ううん、私は大丈夫。沙月は園田ちゃんのことを気にしてあげて」


 それを聞いた神谷は一瞬だけ泣き出しそうな表情をし、それを隠すように笑顔を作った。


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