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ガールズ・ゲーム  作者: 草鳥
三章
27/139

27.アフター・ディスカッション


 病院に良い印象がある人はいないだろう、と神谷は思う。

 幸いにも丈夫に産まれたらしい神谷が利用することはあまりなかったが、それでも人間誰しも体調を崩すことはあるもので、風邪を引いて熱を出したときなどはカガミに連れてこられた。


 薬っぽい臭いや、同じように病気にかかった患者たちが漂わせる暗い雰囲気が神谷は苦手で、熱を出したときは駄々をこねてよくカガミを困らせた記憶がある。


 神谷に限らず、病院という場所を利用する人間はどこかしら身体に不調をきたしているもので、そうなると病院にいるときは自然と気分も落ち込んでいるときであり、だからこそ病院に悪印象を持ちがちなのかもしれない。


「――――と思うんだけど、どう?」


 傍らの少女に訊ねる神谷。

 当の少女――園田みどりは、風に吹かれて肩にかかったグレーの髪を手で払い背中に掛け戻す。


「まあ、それを抜きにしたとしても手続きが面倒だったりだとか、いちいち長い時間待たされたりだとか……大きい病院ならそれこそあるでしょうしね。単純に疲れますし、できるだけお世話にはなりたくない場所だとは思います」


 でも最近はコンビニとかカフェがあったりして、向こうも工夫されてるらしいというのは聞きますね――そんな風に続ける園田に、ふうん、と返し神谷は目の前の建物を見上げる。

 全体的にガラス張りで、清潔感のある建物。かなり高く、10階以上はあるだろう。

 入口近くにある大理石のプレートには『○○医科大学病院』と彫られている。


「ほんとうにこの病院だった?」


「はい、あっちはガラスが割れてたりして寂れてましたけど間違いなくここです」


 健康な時に病院に来るとは思わなかったなあ、と神谷は声に出さず呟く。


 ――――さて、そもそもなぜ二人がこの病院にくることになったか。

 その理由は数時間前にさかのぼる。




「病院?」


 昼休み、中庭である。

 二人は神谷が作った弁当をつついたりつつかなかったりしながら、『ゲーム』での事――特に神谷が気を失っていた間のことを話し合っていた。

 

「はい。あの森の外に病院があったんですよ。それもこの学校の近くにある大学病院で――」


 あの時。神谷がプラウの触手に貫かれ、それを目の前で目撃した園田は恐怖のあまり逃げ出してしまった。しかし幸か不幸か逃げた先にその病院を見つけたのだ。

 あの時目の前で起きた惨状を思い出すと強く胸が痛む。しかしそれを悟らせないよう押し殺しながら園田は続けて話す。


「そこにちょっと気になるものがあって」


「気になるもの?」


 訊ねる神谷に対して園田は頷き、


「一階奥の部屋のドアが何故か開いたままだったので入ってみたんです。そうしたら黒いファイルが落ちていて……」


「黒い、ファイル……」


 なんだ。何かが引っかかる。

 額に手を当てて俯き、思考を巡らせる。


「神谷さん? 大丈夫ですか?」


「……大丈夫。続けて?」


 園田は少し心配そうに躊躇ったのち、続きを話し始める。


「そのファイルだけ他のファイルと違ってホコリがあまりついていなくて、もしかしたらごく最近誰かが触れたのかもしれないと思ったんです」


 だからあの病院には誰かがいたのかも――そう続ける園田の言葉に脳の奥底が掘り返されるような感覚がした。

 あの世界にいた人間。園田以外で。園田の条件なら、まず間違いなく”そう”だろう。


「もしかして、そのファイル……『異能保持者(ホルダー)』とか書いてあったりしなかった?」


「え? なんでそれを……まさか」


 こくりと頷く神谷。

 そうだ、あの時。

 あの鋼鉄の森で目覚める、さらにその前。

 最初に神谷は、あの真っ暗な部屋で目覚めていた。そこでファイルを拾って中身を見たのだ。


「そのあと部屋から出ようとしたら急に意識が遠くなって――気が付いたらあの森に倒れてたんだ。その時から今の今まであの部屋のことがさっぱり思い出せなくなってた。うーん……なんであそこが開始地点だったんだろ」


「……いや、それは違うんじゃないでしょうか」


「え?」


「開始地点――つまりあの世界で目覚めたポイントがあらかじめあそこに決められていたなら、神谷さんを、まるで慌てたみたいに森の中へ移動させて……しかもわざわざその時の記憶まで消す必要はありませんよね」


「あ、そうか……ん? でも結局わたしはその時の事を思い出しちゃったよ」


「それはたぶん私のせいだと思います」


「園田さんの?」


 園田はゆっくりと頷く。

 神谷があの部屋でのことを今思い出したのは、園田の話に喚起されたからだ。

 そして園田みどりという少女自体が、


「私が【TESTAMENT】に入ったこと自体が想定外のことだったんでしょう。あの森で普通に戦っている限りはそうそう病院までたどり着けないですし、私の場合も偶然見つけたという感じだったので」


 逃げ出して、がむしゃらに走り続け、その上に偶然が重なってたどり着いた場所だった。 


「想定外……いやちょっと待って」


 気づいてしまった。

 その”事実”に思わず背筋が震える。


「想定外って、誰にとって……? あのゲームに、わたしたちを見ている”誰か”がいる……?」


「それもある程度私たちに干渉できる――神谷さんを強制的に気絶させ、任意の場所に移動させ、なおかつ記憶まで消すことができるほどの力を持った”誰か”……」


「あれ? どうしようもなくない?」


「いや諦めないで下さいよ! でも、明確に敵かどうかまではまだわからないですよね」


「あ、そうだね。クリアを妨げるのが目的だったら、わたしが戦ってる最中に気絶でもなんでもさせれば良かったもんね」


 今のところ戦いの邪魔をされていないということは、その”誰か”は神谷がクリアすることを望んでいる。

 それとも。邪魔をできない理由ないし制約のようなものがあった――そう考えることもできる。


「つまりは『ゲームマスター』ってやつなのかな。ゲーム内で強い権限があって、プレイヤーの行く末を見守ってて……そういうのって、だいたいラスボスだったりするんだけど」


「そうなんですか?」


「うん。ただ【TESTAMENT】の場合、クリア条件が6体のプラウを倒すことだから、そうなると『ゲームマスター』は最後のプラウってことになっちゃうかな」


「なんとなくですけど、ピンときませんね」


「わたしもそう思う」


 今まで戦った二体のプラウはどちらもモンスターそのものという感じで、明確な意思が感じられなかった。ただ本能的に外敵を打倒しようという行動だけをまっとうしているような、獣のような行動原理を感じた。

 

「ん? 『ゲームマスター』ってわたしに【TESTAMENT】をクリアしてほしいんだよね?」


「おそらく、ですけど」


「じゃあ、あの部屋での記憶ってクリアの妨げになるかもしれないってこと?」


「……神谷さんの言う通りかもしれませんね。これは想像ですけど……あの時、何らかのエラーが起きて、神谷さんがあの部屋で目を覚ました。そこで想定外の事態に慌てた『ゲームマスター』は神谷さんをあの森に移動させ、記憶も消した――あの部屋にあったものは『ゲームマスター』にとって都合が悪かったから」


「あの部屋にあったファイルには……」


「『異能保持者(ホルダー)』、『体組織』、『月との相関』――じっくり見たわけではないので、覚えているのはこれくらいしか……」


「異能かあ……わたしたちが持ってるやつだよね、たぶん」


「はい。発現する条件は『あの世界に行くこと』だと思います。なにか特別なことをしたわけでもなく手に入っているので……」


「それと、体組織……はよくわからないから置いといて」 


 よくわからないというよりは、正直怖いという気持ちが大きかった。

 何がそんなに怖いのかは神谷自身よくわからなかったが、深くまで知ってしまうと、そこに底なしの闇が広がっているような予感がしたのだ。

 そう、予感。何も知らないはずなのに、足元から這い上がってくるような嫌な予感だけがあった。


「月かあ。月っていうと、あの世界にはいつも満月があるよね。でっかいやつ」


「しかも、森の中でも常に見えるようになっていましたね。枝葉がひとりでに避けているようでした」


「あの世界にとって重要な何かなのかもしれないね……」


 情報は得た。なのに知る前よりもわからないことが増えた気分だった。

 あの世界は何なのか。

 『ゲームマスター』とは何か。

 なぜ神谷にクリアして欲しがっているのか。

 

「そもそもあの施設は何なんだろう。異能を研究してる施設とか?」


「でもあそこ病院ですよ?」


「だからだよ。そういう場所でこそ陰で人体実験とか……」


「こ、怖いこと言わないでくださいよぉ……。というか『ゲーム』内での話ですからね!」


「うん……でもやっぱり気になるな。よし、見に行こう」


「え? 何をですか?」


「病院だよ病院。たぶん何もないとは思うけど念のためね! わたしゲームで知らないことがあるの嫌なんだよね」


「ええ~!?」


 と、言うわけで。

 神谷の、ゲームにおける謎は掘り返さないと気が済まないという性格が招いた結果である。それは例え【TESTAMENT】といえども違わないようだった。




「さ、行こう」


「…………はい」


 病院の入り口の自動ドアに向かって歩く神谷の背中を見ながら、園田は考えていた。

 彼女は気づいているのか、もしくは気づいていて目を逸らしているのか――――あのゲームを残したのがカガミということは……『ゲームマスター』もまた、カガミ自身である可能性が高いのではないだろうか。


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