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ガールズ・ゲーム  作者: 草鳥
三章
25/139

25.残滓


 ――――夢を見た。


 視界が霞んではっきり見えない。

 ここは……見覚えがある、ような気がする。駅近くの繁華街だろうか。ビルや外食店など、さまざまな建物が立ち並んでいる。


 そんな街全体が火に覆われている。人々が逃げ惑っている。

 だが街も人も、巨大な怪物たちが破壊していく。一切の容赦もなく。

 どうにかしなくちゃ、助けなくちゃ。そう思って駆け出そうとする。


 だが身体が動かない。

 やめて、と思わず叫ぼうとした。

 だが口が開かない。

 手を伸ばすことすらできない。


 何もできない。自分には。

 そう思ったとき、黒い人影が現れた。


「――――! ――――――――!」


 血走った瞳でこちらを睨みながら、なにかを叫んでいるように見える。だがノイズに遮られるようでその内容まではわからない。

 クスクス、とすぐそばから笑い声が聞こえた。

 それは嘲るような、喜んでいるような……悲しんでいるようにも思える声音だった。





「…………ッ!!」


 飛び起きた。

 アラームをセットしておいたスマホがけたたましく電子音を鳴らしている。少し恨めしく思うが、今日ばかりは夢から覚ましてくれたことに神谷は感謝した。震えて汗に濡れた指で画面をスライドしてアラームを止める。


「……日曜日のアラーム、消すの忘れてた……」


 全力疾走した直後のように心臓が早鐘を打っている。吐く息が火のように熱かった。

 全身汗でびしょびしょで、前髪が額に張り付いて気持ち悪い。寝間着にしていたTシャツもずぶぬれで、ベッドから立ち上がってみると重さすら感じる。

 休日の朝から最悪の気分だった。


「うーあー……おべんと作らないと……あれ、ゆうべ仕込みしてたっけ……じゃない、日曜日だってば」


 朝に強い神谷にしてはかなりの寝ぼけ具合である。

 いまだ熱に浮かされたように身体が熱く、足元も頼りない。

 風邪でも引いただろうか、と思い額に手を当ててみると、汗で冷えてしまっていた。特にだるさも感じないし体調が悪いわけではないようだ。


「……うん、これはシャワーだ。シャワー浴びよう」


 そう決意して階段を降り、一階の脱衣所へ向かう。休日の朝早くなので寮は静まり返っていた。気持ち忍び足で廊下を歩く。


 神谷たち寮生が風呂をどうしているのかというと、共用の大浴場があり、基本的にそれを使わせてもらっている。決められた入浴時間以外でもシャワーだけなら使わせてもらえることになっていた。

 学費が特別お高いというわけではなく(それでも十分高い方には入るが)、それなのにこの待遇はいささかやりすぎなのではないかと神谷は入学した時から思っている。

 ……やりすぎとはいいつつも、正直言ってどのあたりが妥当なラインなのかはよくわかっていないのだが。


 濡れた服を脱ぎ、脱衣所のカゴに放り込む。

 浴場に入り、シャワーからお湯を出す。熱いお湯が全身を流れ落ちる感覚がとても気持ちよかった。

 先ほど見た夢について思いを馳せようとするが、汗と一緒に流れてしまったのか、おぼろげで思い出すことはできなかった。


「ふああ…………」


 最近あまりゲームできてないなあ、とぼんやり思う。

 以前はそれこそ睡眠時間を削ってでもしていた――ベッドに入ると嫌な記憶が這い上がってくるので睡眠から逃避したかったというのが大きい――のだが、最近は【TESTAMENT】の方に意識が割かれていたり、以前より精神面が落ち着いてきた、というのに起因する。

 それは光空や北条との関係性の変化だったり、園田と出会ったことによるものだ。それはきっと喜ぶべきことだ。そのはずだ。

 しかしこうも思ってしまうのだ。


(結局わたしにとってのゲームって、逃避のためのツールだったのかな)


 神谷はゲームが好きだ。

 じっくりと腰を据えてストーリーに浸れるRPGも好きだし、キャラクターを意のままに動かして爽快感を得られるアクションゲームも好きだ。それ以外のジャンルももちろん好きだし――中でも格闘ゲームなど、対人要素のあるゲームが特に好きだった。

 もともと負けず嫌いの気があるのもそうだが、何よりも、どれだけ頑張っても勝てない相手がいることが何故か少し嬉しかったのだ。当然負けるのを手放しに良しとしているわけではない。勝った方がもちろん嬉しい。どちらかと言えばやりこむタイプだったこともあり、上達の余地と意味が無限にあることが対人ゲームの魅力だと神谷は考えていた。

 

 でも、ここ最近はめっきりそれらに触れることも減った。最近発売した格闘ゲームも買ってはいるのだが、少し触ってなんとなくそのままだ。

 あんなに好きだと思っていたのに。別に嫌いになったわけでも、やりたくなくなったわけでもない。ただ、なんとなく手が伸びない。やりたいという気持ちはあるのに。

 好きって、いったい何なんだろう――そんな思いにふけっているときだった。


「あっれえ、沙月だ」


 からからと引き戸を開き入ってきたのは、裸体にタオルを巻いた光空陽菜だった。



「ひ、陽菜か。びっくりした。誰もいないと思ってたから」


「私もだよー。休みの日なのにどしたの?」


「…………」


 怖い夢を見て飛び起きました、とは言いにくかった。例え相手が光空でも。

 だから誤魔化すことにした。


「アラーム間違えて設定したの忘れててさ。陽菜は陸上部の朝練?」


「あー……うん」


 光空は何故か語尾をしぼませながら風呂椅子に座り、シャワーのお湯を頭からかぶる。普段のポニーテールと違って下ろしているので、少し印象が違う。濡れた前髪が垂れ、アーモンド型の両目を半ばまで隠すと昔の面影が顔を覗かせる。


「休みの朝から大変だ。がんばってね」


「……うん」


 なんだか歯切れが悪いな、と思い光空の顔を見ようとするが、髪に隠れてよく見えない。だが、いつもと比べて明らかに元気がなかった。

 最初はそうでもなかったはずだ。部活の話を振ってからだろうか、目に見えて消沈したのは。

 

「ねえ、沙月」


「なに?」


「……ごめん、なんでもない」


 何か言おうとしたかと思えば口ごもる。

 光空は宙ぶらりんになった質問を誤魔化すようにシャンプーを髪でぐしゃぐしゃと泡立てた。

 そうすると今度は「そろそろ中間テストだね、やだねえ」なんていつもの調子で話し始める。

 さっきまで光空が落としていた影はもう見えそうにない。

 

 明らかに様子がおかしい。もしかしたら言外に助けを求めているのかもしれない。

 助けられるのであれば助けたい。神谷はそう強く思う。


 だが、踏み込んでいいのだろうか。”それ”を言い淀んだということは。隠したということは。

 知られたくないということなのではないだろうか。

 そんな考えがどうしても拭えない。


 余計な気を利かせて、もっと追い詰めてしまうのではないか。それに、光空は友達が多いのだから自分じゃなくても他の誰かに頼るのではないか。

 自分が、所詮は光空の大勢いる友人のうちの一人に過ぎないのだ、と考えると気分が落ち込んだが、こればっかりはどうしようもないと神谷は諦めた。

 

 いくら考えてもこの状況でどうすべきかわからない。

 わからないから、ただ光空の『普段通り』に乗っかるしかない。

 何も深刻なことは無い。そういうことにしておくしかない。

 だから神谷もまた、何事も無かったかのように日常を展開する。


「そういえば、誰もいないと思ってたのに何でバスタオル巻いてきたの?」


「えっ、それはそのー……なんとなく恥ずかしかったというか……」


 シャワーの熱に当てられたというだけではない色に頬を染め、恥ずかし気に身をよじる。

 ああ、そういえば、と神谷は思い当たる。

 小学生の頃の光空は、人と目を合わせるのが恥ずかしくて長い前髪で目を隠していたような子だった。

 昔と変わらないところを見つけたのが無性に嬉しくて、神谷は内心ほくそ笑む。

 

「わたしの前で何を恥ずかしがることがあるというのか! ほらぁ!」


 ばっ! と神谷は勢いよく自らの身体の前に申し訳程度に引っかけていたバスタオルを剥ぎ取り、堂々の仁王立ちである。

 立ち上がった直後に「あれ? ここまでしなくてもよくない?」という考えが浮かんだが、思春期の勢いは止められないし止まらない。


「うわーーーー! なんでわざわざ見せつけてくるの沙月! そのなだらかボディを!」


「なだらかは余計! ほらほら、陽菜も取りなさいその邪魔な布を。裸の付き合いをしようね」 


 絶対やだ! なんでだよ脱ぎなよ! そんな下らないやり取りをしているうちに、二人は声を上げて笑ってしまっていた。


 ――――よかった。

 ――――陽菜が笑ってくれるのなら、少し道化を演じるくらいわけはない。


 自分が光空の悩みに直接関われないのなら、少しでも彼女が笑顔になれるように頑張る。

 それが神谷の選択だった。


「あーおもしろ……そう言えば陽菜、今日の部活は昼まででしょ? なら帰ってきたらわたしとゲームしよ」

 

「え、いいの? やるやる。最近買ったやつ?」


「そう。部活終わったらチャット送ってね……っくしゅん!」 


「わ、湯冷めしちゃうしそろそろ上がった方がいいよ」


「んー……そうする」


 ぶるり、と少し身体を震わせ立ち上がった神谷は入口の引き戸を開ける。

 ぶわ、と浴場に比べ乾いた空気が裸体を撫でた。

 そこで足を止め振り返る。


「――――あのね。もしどうしようも無くなりそうだったら……わたしのこと、頼ってよ。友達なんだからさ」


 にこりと笑い、軽く手を振ったかと思うと、神谷はからからと音を響かせて引き戸を閉じ、浴場を後にした。わたしはあなたのことを想っているよ、という意思表示。それだけはしておきたかったから、言葉にした。




「…………優しいなあ、やっぱり」


 誰にも聞こえないため息が、ひとりぼっちの浴場にこだました。


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