15.機械森林
固い地面の感触で再び目を覚ます。何度も意識の明暗転を繰り返しているからか、二度寝三度寝をした日の朝のように、少しばかりの頭痛を覚えながら横たわっていた身体を起こす。
先ほどいた場所とは違い、おそらく屋外だ。おそらく、というのはまたもやあたりが薄暗かったから。目覚めたばかりではっきりしない意識ではその辺りの判断が難しかった。だが微かに空気の流れを感じるため、十中八九今いる場所が屋外だと判断した。
「また違う場所……あれ? さっきまでわたしどこにいたんだっけ? あれれ?」
首をひねる。
さっきまで確かに『どこか』にいて、『何か』をしていたはずなのに――それがあまりにもおぼろげで全く思い出せる気がしない。今日このゲームの世界に入った時から、今ここにいるまでの間にその『何か』が挟まっていたはずなのに。なんとか記憶をたどってみようとするも、たどろうとした端から修正液に浸したかのようにその輪郭が消えてゆく。
「うーーーー…………ん…………まあ、いいか」
唸っているうちに、なぜかはわからないがどうでもいいことのように思えて思い出すのをやめる。
理性では思い出した方がいいと感じているが、感情が完全に逆方向を向いていた。
そんなことより今はプラウを倒さなければ。そう思考を固める。
『どうでもいいこと』を考えるのは後でだってできるんだから。
「うわ、ていうかわたしめっちゃ部屋着のままじゃん!」
ジャージに短パン、しかも素足だ。こんな深夜にコンビニへ行くときのような服装で戦うことになるのだろうか。確かに動きやすくはあるが……。
そんなことを考えていると少しずつ暗闇に目が慣れてくる。
見えてきたのは無数の木々。見上げるほどのそれらから伸びる枝葉が暗闇を作っていたのだ、と理解する。
つまり神谷が立っていたのは森の中だったということになる。
ただ、何か――木に違和感を感じてすぐ近くに生えた一本に歩み寄る。
よく見るとそれは木のようで、木ではなかった。
幹も枝も葉も、驚くべきことに全て銀色。軽く叩いてみると、感触は木と言うよりまるきり金属のそれで、そして表面には無数の管が――道管や師管、葉脈と言うよりは電子回路という言葉が相応しいような管が走り、それらはときおり緑色に明滅している。こんなものは現実世界では見たことがない。いや、もし存在するとしてもこんな数が立ち並ぶことはきっと無い。あればとっくに話題になっているだろう。
「この木、この森……ぜんぶ機械だ」
森の形をしていながら、それを形作る木は一本として自然物ではない。
何のために作られたのかはわからない。その道に詳しいわけでもない神谷には全く見当がつかない。だがそれでも一つだけわかることがある。ゲームの世界とはいえ――いや、ゲームだからこそ、こんなものが何の意味もなく存在するわけがない。
この世界にはいるはずなのだ。神谷の倒すべき相手が。避けられない戦いが。
思い出すのはあのゴーレム。空想から飛び出してきたようなモンスター。その名をプラウと呼ぶらしいあの怪物もまた、現実には存在しないものだ。
そう。
『現実ではあり得ないもの』として、この森とプラウは共通している。
その考えに至った瞬間のことだった。
「――――――――ッ!?」
刺すような視線視線を背筋に感じ思わず振り向く。
鋼の木々の先。
闇に沈んだその向こう。
目を凝らすと何かが光り、
「やっ………………ばい!!」
稲妻が一直線に駆け抜けた。
とっさに飛びのいた神谷が、一瞬前までいた場所を。
勘が働いてとにかく避けようとしたのが功を奏してかすりもしなかった。
だが。
「……全然見えなかった」
今ごろになって冷や汗が噴き出す。
一瞬でも遅れていれば、自分はどうなっていた? あり得たかも知れない自体を想像し身震いする。
速すぎて見えない、どころではない。
見えた時にはもう通り過ぎている。
規格外のスピード。
「わたしもこの異能でけっこうなスピードが出せるっぽいけど、これはちょっとレベルが違う……!」
そして。この世界で、そんなことができるモノ……それはおそらく。
「プラウ、だよね」
平静を装って呟く。負ければ命を失うような戦いで、冷静さを失い錯乱するのはゲームオーバーに直結する。だから表面だけでも取り繕う。
神谷が目を向けた先にいたのは――先ほど稲妻そのものとして駆け抜け、神谷を一瞬のうちに貫こうとしたモノ。
それは一匹の狼だった。
前回のゴーレムとは違い、サイズが特別大きいわけではない。2mを下回る程度だった。
四本の脚で立ち、とがった耳はぴんと天を突き上げ、鋭い爪と牙を備えている。
ただしそれ以外は、通常、狼と言われて一般に想像するものとは違っていた。
機械の身体。
頭から尻尾まで、鋼鉄で構成されたそれは生体と呼ぶにはほど遠く。
身じろぎすれば微かな駆動音。関節からはコードが見え隠れし、一対の眼はよく見ればカメラのレンズのようになっていた。
鋼鉄の狼がそこにいた。
「ふッ!」
その狼を敵と認めた神谷は気合を放ち、異能を発動させる。噴き出した純白の閃光が神谷の四肢を鎧った。
深く息を吐き、しばし睨みあう。
出方を窺っているのか、狼のプラウもまた、姿勢を低くしたまま動かない。
微風が吹く。横髪をさらう。
音は無い。風が吹いたくらいでは、この鋼の森は揺らがないようだ。
敵は一体のみ。
鋼鉄の身体。雷のごときスピード。鋭い牙に爪。
その中でもスピードへの対策は必須だ。
だから。
「先手――必勝!」
静寂を打ち破りまず動いたのは神谷だった。
木々の間を、以前ゴーレムのプラウと戦った時の上をいく速度で駆け抜け一気に距離を詰める。
目の前にいる鋼の狼の脳天に、白く輝く拳を渾身の力で振り下ろす。
相手が目にもとまらぬスピードを持つのなら、動くよりも先に捕まえてしまえばいい。
そんな考えで敢行した突貫。
拳があと数センチ、いや数ミリで届く。
プラウと目が合う。
こちらを見る瞳が、緑色に光った。
捉えた――はずだった。
稲妻の軌跡を残し、一瞬にして狼は神谷の視界から消える。
狼が残した稲妻が上に向かって伸びたのは一瞬だけ見えた。だから、方向はわかる――しかし。
そう思った時にはすでに間に合わない。
カツン、と背後で金属質な着地音が鳴り響く。
瞬間、神谷の背中を激しい痛みが襲い、同時に吹き飛ばされる。
「ぁが…………っ!」
アスファルトの上をゴロゴロと転がり、木に背中から衝突する。
前脚の鋭い爪で切り裂かれたのだ、と認識できたのはそのあとだった。
(あれ、アスファルト……?)
この森の地面が、土ではなくアスファルトで出来ていることに気付く。少し目線を下げれば鋼鉄の木々がアスファルトを突き破って生えているのが見える――いや。今はそんなことについて考えている場合ではない。かぶりを振って思考を戻す。一瞬前の攻防へ。
神谷の攻撃を、雷の速度で上方に移動し回避したプラウはその直後神谷の背後に着地し、そのまま攻撃した――そう理解するだけなら可能だ。
だが、どうすればいい。
神谷はこれまでのゲーム体験に思考を巡らせる。
古今東西、格闘ゲームは両手両足で数え切れないほど存在するが、それらのほとんどに共通する勝利条件は簡単な話、『相手のHPを先に0にすること』である。
そして相手のHPを0にするにはどうすればいいだろうか。
これはもっと簡単な話。攻撃を当てる、ということだ。
だがこの場面。
恐ろしいスピードを持つ敵に攻撃を当てる方法――そんなものがあるのだろうか。
たとえ不意打ちしようとギリギリで気づかれてしまえば、速さにものを言わせて回避される。
そもそも不意打ちなど現実的ではない。
身を隠す場所はいくらでもありそうだが、一対一のこの状況で敵の視線を切ることはほぼ不可能。
全速力で逃げようと追いつかれる。
かといって馬鹿正直に飛びかかれば、二の舞にまっしぐら。
攻撃は当てられない。攻撃を当てなければ必然、倒せない。
「ふ、ふふ、あは」
思わず笑みがこぼれる。よろよろと立ち上がる。
狼のプラウはじっとこちらを見つめており、自分から動く様子は無い。
あれほどのスピードがあるなら、無駄に動く必要はない。相手の行動に見てから合わせて、後の先を取り続ければいい。そういうことなのだろうか。
それともただ侮られているだけか。
攻略法は見つからない。そもそものスペックが違う。
状況は厳しいという他なかった。
そういえば、と神谷は思い出す。
格闘ゲームなどのアクション要素が強いゲームにおいて、機動力の高いキャラクターはそれだけで一定の強さが保証される――よくそんな話が出る。
高いスピードがあればそれだけ簡単に距離を詰められるし、逆に素早く引いて体勢を立て直すのもたやすい。機動力が高ければ攻撃の機会も増える。手数が多ければそれだけ火力も高くなる。
そう言ったキャラクターは往々にして耐久面が低めに調整されることが多いのだが、すばしっこいと敵からの攻撃も当たりにくくなる。つまり実質的に高い機動力は防御力にもなりうるのだ。
そんな言説を、まさかこんなところで痛感するとは思わなかった。
そして今。
目の前にいるのは、神谷を超える圧倒的なスピードを持つ敵だ。
もう諦めてしまった方がいいのだろうか。
「――――ないね。そんな選択肢、わたしは持ってない」
不敵な笑みすら浮かべ、再び構える。
目の前には自身より強力な敵。
助けは来ない。拒絶した。
頼れるのは自分ひとり。
しかし。
不思議と負ける気はしなかった。
……
…………
………………
……………………IRREGULAR PASSED




