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ガールズ・ゲーム  作者: 草鳥
最終章
135/139

133.静かの海にて


 月。

 地球の衛星であり、その性質上地球から離れることは無い。

 自ら輝くことはできず太陽光を反射することで光を放つ。

 その光は、青白くも金色のようにも見えるという。


「……こんな星……無くなってしまえばいいんだ」


 ルナは月の表面に点在するいくつものクレーターのうちのひとつにいた。

 その中心で、両手を地面に押し付けている。

 月を媒介にして生まれた存在であるルナは、月を我が物として操作できる。それは自分の生まれた世界でなくても関係ない。それが『月』であるならば、思いのままにできるのだ。


「『月の涙』充填開始。再発射まであと――――」


 ぴくり、と眉を動かしたルナはおもむろに立ち上がり振り返る。

 その視線の先……すり鉢状のクレーターの淵に、黒い渦のようなものが出現している。

 

「来ると思ってたよ」


 渦は回転し、速度を増し、見る間に収束していく。

 それが小さくなり、完全に消滅した瞬間。

 途轍もない爆発とともに虚空から黒渦が拡散し、その人物は現れた。


 両腕から真っ黒な闇を噴き出している、セーラー服の少女……神谷沙月だ。


「カガミさん」


 神谷は軽くジャンプし、クレーターを滑り降りてくる。

 その身体を、薄い竜巻がベールのように覆っている。園田の異能を使い、宇宙空間でも活動できるようにしているのだ。


「もう『月の涙』の再装填は完了した。発射まであと10分もない。そして……君はもう、先ほどのような大規模な吸収は行えないだろう」


「…………」


 図星だった。

 無理矢理な再構築と、『月の涙』の吸収。

 それによって消耗した神谷はすでに限界が近い。こうして立っているだけでも倒れそうな上、目の焦点も先ほどから外れがちだ。


「わかってるよ。それに限界なのはカガミさんも同じでしょ」


「…………例え今からわたしを倒したところで発射は止まらない。人類の滅亡は絶対に覆らない!」


「わたしは倒しに来たんじゃない。説得しに来たんだ。発射を止められるのはカガミさんだけだから」


 その予想外の返答に、ルナの思考には少しだけ空白が生まれた。

 直後、口の端を歪めて笑う。


「説得? それこそ無理だ。人間に呼吸をやめろと言ってやめられるか? 沙月が言ってるのはそのレベルの話だ!」


「でも、止めてほしいんでしょ。全部見たよ、カガミさんの今までの記憶」


「な――――」


 今度こそ完全にルナの思考が止まった。

 今まで記憶が、全部? 

 大量のエラーから生まれた『人間を滅ぼす』という使命。それに抗っても抗い切れなかったこと。

 そして最後に、全てを神谷沙月に託したこと。

 それら全てを知られてしまったのか。


「こんなの全部終わらせて帰ろう。そしたら今までやってきたこと全部償って――――」


「ふざけるな」


 それだけは言わせない。

 償うだとか、許されるだとか、そんな生ぬるい時間はルナには永遠にやってこない。

 それだけのことをした。

 人類を滅ぼして、それでは飽き足らずこの世界も手にかけようとした。


 そんな存在が、どう償えばいいというのか。

 そんな機能は搭載されていない。


「やっぱり君が最大の障害だ。沙月がいる限りはどうやっても目的を完遂することはできないらしい。なら……排除するだけだ」


 ルナは四肢に白光を纏わせ、構える。

 力が尽きかけている彼女が唯一取れる戦法――徒手空拳。

 それは奇しくも以前の神谷とよく似ていた。


「……やっとわかったんだ。わたしの願いはカガミさんともう一度会うことじゃない。大好きで大切な人たちがそばにいてくれることだったんだって」


 神谷も同じく構える。

 握った拳に漆黒の闇が渦を巻く。


 黒い少女と白い少女。

 ふたりはどこまでもそっくりだったが、見ている方向はまるで違っていた。


 片や先の見えない暗路。

 片や明るく希望に満ちた未来。


 それぞれの願いのために、二人の少女は再び激突する。


「はあっ!」


 先に動いたのはルナだった。

 白光をブースターとし大きく跳躍――そこから右足を神谷へと振り下ろす。

 

「……っく!」


 それを紙一重でかわした神谷。

 ルナの攻撃で舞い上がった砂塵から即座に抜け出す。視界が確保できない中ではまともに戦えない。

 だが、


「遅い」


 抜けた先にはすでにルナが回り込んでいる。

 慌てて急ブレーキするも、腕を掴まれ地面に叩き付けられる。再び砂塵が爆発的に舞った。


「く……このっ!」

 

 倒れた状態から腹筋だけで身体を起こし、左足を首に叩き込もうとする。

 だがそれはルナの腕によってたやすく防がれた。


「前の時よりパワーが落ちてるのは気のせいかな?」


 振り降ろされたルナの拳が、直前のキックによってがら空きになった腹部に直撃。再び地面に叩き付けられた神谷はバウンドし、そこに追撃の回し蹴りが炸裂。何mも吹き飛ばされた神谷は地面に転がった。


 確かに、ルナの言う通りだ。

 今の神谷の力は『吸収』という一要素に振り切った結果、身体能力は以前より落ちている。

 総合的なスペックだけで評価するなら間違いなく以前の力の方が強かったのだ。他のプラウの力が使えなくなったのも合わせればそれは間違いない。


「どうでもいいよ。強いとか弱いとかじゃない……今のわたしには戦える力があって、戦う理由がある。それだけで充分」


「……わたしはもう諦めた。自分の衝動には抗えない!」


 その言葉と共に斜め上から袈裟懸けのように振り下ろされた脚を、神谷はつかみ取る。

 押し込もうとするがびくともしない。


(さっきよりも出力が上がって――――?)


「確かに無理かもしれない。人類を滅ぼそうって気持ちはどう頑張っても消せないのかもしれない。でもわたしがいる。わたしが何度だって止める!」


 神谷の言葉に熱が灯る。

 それに呼応するように、握る手にこめた力も増していく。

 

 いつか誰かが言っていた。

 異能は本人の感情に応じてその力を増減させる、と。

 

 ならばルーツを同じくするプラウも同じ性質を持っていて当然だ。

 

「だからカガミさんを連れて帰る。ぶん殴って首根っこ掴んででも!」


 掴んだ足を引っ張り――そうすると、当然バランスは崩れる。

 立て直そうとしたルナの顔面に、神谷の右拳が炸裂した。


「がはっ!」


 地面に転がるルナ。そのあとに点々と血痕が残った。

 なんとか立ち上がるも、ろくに足に力が入らない。ルナもまた限界が近い。


「どうして、そこまで……」


「わたし、欲張りで寂しがりだから。好きな人にはみんないてほしい。それに、例え償い切れなくたって、それでも償わなきゃって思うから」


 ルナの――カガミの記憶を見た。

 映像として頭に入ってきただけで、その思い出に対してカガミがどう感じていたかわからない。だが、きっと苦しんでいたのだと思う。いつだって目の前で起こる争いを止めようとしていて、エラーが起きた後もずっと根本的な部分では変わらなかった。

 許されないことをしたなら、その罪と向き合わねばならない。その行いを後悔しているならなおさらだ。


「だからカガミさんを止めるんだ」 


「戯言を……! 君はあの最後の人類とも友達になったんだろう!? ならその子の気持ちを考えてやれよ!」 


 神谷へ向かって怒りのまま降りぬいた拳は手のひらで受け止められる。

 黒い渦は回転し、しかしルナを飲み込むことは無い。


 ルナの言う通り、ルナはアカネの仇であり憎むべき相手だ。それを倒さず連れて帰るなど、彼女は望んでいるのかと、そうルナは訴えている。


「だからこそだよ。アカネに死ぬほど謝って、一生かけて償ってもらう。……それでもまだ許されないようなことをしたんだから」


 だが神谷の瞳は澄んでいた。

 黒曜石のような光沢を放つブラック。彼女が本気で言っているのだということが目の前のルナにはわかった。


「く……おおおおおおおッ!」


 その輝きを振り払うようにルナはがむしゃらに拳を振るう。

 そのことごとくに、神谷も拳をぶつけた。

 白い光。

 黒い闇。

 月面を高速で走り続けながら正反対の力は何度もぶつかり、何度も炸裂した。

 二人の腕は衝撃に耐えきれず、あちこちが裂け始める。六分の一の重力の中、いくつもの赤い飛沫が宙を舞った。


「人間はどこまでも愚かだ! 何度も何度も何度も何度も何度も同じ失敗をする。それでも一切学ぼうとしない! だから滅ぼすんだ。人間から生まれたわたしが、人間を滅ぼす。もう二度と取り返すことのできない失敗を思い知らせてやるために!」


 神谷が振るった腕をかすめたルナの拳が、神谷の顔面を激しく打つ。

 月の大地が震え、存在しない大気が震えた。


「人間なんて――大嫌いだ!」


「それでも、わたしは人間を憎めない」


 だが神谷の瞳は輝きを失わない。

 あちこちから血を流し、息も絶え絶えで、腕の闇も揺らぎ始めている。

 それでもまっすぐルナを見据えている。


「あなたの気持ち、わかるよ」


 ぽつりとこぼしたその言葉は共感だった。


「人を傷つけても何にも思わない。それどころか傷つけていることにすら気づかずのうのうと生きている人間だっている。数え切れないくらいいる」


 思い出すのは園田の父親。

 きっと彼は今も変わることなく、改心することなくあのままだ。

 他人を自分の糧としか思っていない……そんな人間はあの男以外にもごまんといる。珍しくないくらいには存在している。


「でも、カガミさんがいなくなってから、わたしをここまで育ててくれたのも人間なんだ。わたしの大切な人たちがここまで連れてきてくれた」


 だけどそれだけじゃないのだと。

 光空に園田、アカネに……北条。

 そんな人たちと出会えて、一緒にいてくれたから今の自分があるのだと。


 ひとりじゃ到底ここまで来られなかった。

 最初のゴーレムに潰されて死んでいたかもしれない。

 大樹のツルに貫かれて誰にも知られず終わりを迎えていたかもしれない。

 ウサギの炎に焼かれて死んでいたかもしれない。

 度重なる戦いに折れて、諦めていたかもしれない。


 戦いだけじゃない。

 カガミを失って、虚無感に支配されていた日常が一変したのも彼女たちのおかげなのだ。

 生きていて楽しいと、また思えるようになったのだ。


「だから守るよ。カガミさんが人間を根こそぎ滅ぼすっていうのなら――わたしは好きな人も嫌いな人も丸ごと守る」


 光空からは優しさという強さを。

 園田からはまっすぐな強さを。

 アカネからは正しさという強さを。

 それぞれ受け取った。


 そして子どもでしかない自分は、北条がいなければまともに生きていられたかもわからない。

 みんな、ずっと守ってくれていたのだ。


「これ以上誰一人だってカガミさんに殺させない。それがわたしのやりたいことだから」


 月面に立つ神谷の背中越しに青い星が見えた。

 あそこに生きる多くの人々……それら全て背負って神谷はここにいる。

 大切な人たちに支えられて、ここに至った少女は輝くような強さを携えている。


(――――ああ、どこに落としたものかと思っていたけど)


 神谷は助走を始める。

 闇が渦を巻き、右腕へと集まっていく。


(そこにあったのか)


 彼我の距離は数m。

 ルナは、自分の意志とは関係なく迎撃しようとしている自分に気付く。


(沙月……君が拾ってくれていたんだね)


 だが、突然その手から力が抜ける。

 拳が緩む。


(わたしの、人を愛する心――――)


 ついに目前。

 神谷の降り抜く全力の拳が、ルナの顔面を捉えた。


 同時に。

 ルナを縛っていた鎖のような何かが、完全に破壊された。


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