114(-198).序曲
あの日、あたしはリーダーが死んだ直後意識を失って。目が覚めると三日経っていた。
極度の疲労によるものだって目覚めたときそばにいたお姉ちゃんが教えてくれた。
あたしは最初夢だったんじゃないかと思った。リーダーやみんなが死んだのは全部あたしが見ていた悪い夢なんだと。そうであってほしいと。
でも現実だった。お姉ちゃんはあたしの質問に、何も言わず首を横に振って――それだけですべて理解できてしまった。
目が覚めたあたしに、みんなは温かい言葉をかけてくれた。
「頑張ったね」「お前すごいよ」「これからもリーダーの分まで一緒に頑張りましょう」――なんて。
あたしはそのひとつひとつにありがとうと返した。
でも本当は責めてほしかった。お前が代わりに死ねばよかったのにとか、お前が早く本気になっていればリーダーは死なずに済んだんだとか、そういうことを言ってほしかった。でもみんなは優しくて。
それが痛くて仕方なかった。
葬儀はレジスタンス内でしめやかに行われた。
異能保持者たちが死ぬたびにそれは行われてきたが、今回みんなを襲った悲しみはひとしおだった。リーダーは寡黙で近寄りがたい雰囲気だったが、彼がどんな人物かはみんなわかっていた。だからこそ頼りにしていたし、その背中についてきていたのだ。
みんなが泣いている中、あたしだけが乾いていた。一滴だって涙は流れてくれなかった。最後に言葉を交わしたのがあたしだったからだろうか。それともそこまで冷え切ってしまっているのか。
新しいリーダーにはお姉ちゃんが就任した。誰も反対しなかった。リーダーと並びこの組織の双璧を成していたのがお姉ちゃんだったから。
お姉ちゃんは、少しだけ厳しくなった。以前の柔らかい雰囲気は少なからず引き締められ、リーダー然としているのがわかった。
少しずつ、あたしたちも変わろうとしている。
そうしてまたしばらくの時が経った。
空に映る白い数字は約2000。ずいぶんと天使兵の数も減った。
だがそれほど長い年月が経ったわけではない。
と言うのも、異能というのは戦えば戦うほど強くなるもので、でも天使兵はそうではなかったというだけの話。いつの間にかさほど苦労せず天使兵を倒せるようになったことにあたしたちは気づいた。
それに対応するかのように天使兵の出現数はどんどん増し、あたしたちはそれを一匹残らず狩っていった。だから天使兵が急激に減少したのだ。
だがどうしようもないことがあった。
異能保持者の不足だ。いくら強くてもできることには限界がある。例えば国中様々な場所に天使兵が同時多発した場合だ。
強くなったといっても万全は期さなければならない。だから一か所に送る異能保持者の数はある程度確保する。すると手の回らない地域も出てくる。小さな島国と言ってもそれは世界から見た場合で、全てを守るにはあたしたち子どもの手は小さすぎた。
敵を倒せてはいる。負けることも、あたしたちが殺されることもまず無い。だが、一般人はどんどん減っていく。今人口がどれほどまで減少しているのか定かではない。シェルター内で暮らすあたしたちに、それを知ることは難しい。
ただ……これは直感だが、おそらくは、もうすぐ人が生きていけないほどに少なくなってしまうのではないだろうか。
他の国のレジスタンスと連絡がつかないことも増えた。おそらくいくつかの国はもう滅ぼされてしまったのだろう。助けに行ければとも思うが、自分の国だけで精いっぱいだったし、それ以前に転移の異能にも飛ばせる距離に限界がある。だからどうしようもないのだと自分たちを納得させるしかなかった。
そして、どうやら外の人々も同じことを考えていたらしい。
「行方不明?」
「そうなの。買い出しに行った数人がいつまで経っても帰って来なくて……」
戦いを終えて帰ったあたしに飛び込んできたのはそんな情報だった。教えてくれたお姉ちゃんは沈痛な面持ちで俯いている。
なんでも、食料の調達をしに外出した仲間との連絡がつかなくなったとか。通信の異能にも応じないらしい。
「捜索するにも人手が足りないから……」
「じゃああたしが天使兵の方はどうにかするわ。その分を捜索に回す――それでどうかしら」
「……いいの? 無理したらまた……」
「大丈夫よ。睡眠はとってるし、ごはんいっぱい食べてるし、ここ最近は楽な戦いしかしてないもの……あんなこと、二度とごめんだからね」
「そう……なら任せていい?」
あたしは頷いた。
お姉ちゃんの助けになれるなら願ってもないことだ。
それにしても――胸騒ぎがする。
なにかとんでもないことが起こっているような、そんな感覚が。
簡単な問題だ。
仕事が多く、手が回らない。
そんな状態を解決するにはどうすればいいか。
そう。人手を増やすのだ。
あたしたち人間が取ったのは、そういう方法だった。
本当に――思い出すだけで吐き気がする。
さらわれた仲間たちは実験台になっていた。
どうにかして異能保持者を増やせないかという思想のもとにそれは行われた。
異能保持者は異能を待たない人間とどう違うのか。
それを調べるために、解剖された仲間がいた。
人体の構造の違いを探るために全身をカエルのように開かれたと聞いた。
その『残骸』はゴミ袋に詰められ道端に捨てられていた……そうだ。
次に試されたのはクローンだ。
異能保持者を複製できれば……そう考えた生化学者たちは拉致した仲間をそっくりそのまま複製した。倫理など、この世界ではとっくに、知らないうちに壊れていた。
クローンは、やはりというべきか上手くはいかなかった。人間と呼べるほどの知能も、運動能力も得られず、たった三日で息を引き取った。
自分と全く同じ外見のクローンが死ぬまでの一部始終を見てしまったクローンの元となった仲間は、精神を崩壊させてしまった。
他の化学者たちは、彼ら曰く『まっとうな手段』で異能保持者を増やそうとしたそうだ。
拉致した仲間を、異性と生殖させることで異能保持者を増やそうとした。まるで家畜のように扱われ、産んで増やし――しかし異能は受け継がれなかった。
ひとりたりとも、異能保持者は増えなかった。
異能保持者同士の子であってもそれは同じこと。
これ以外にも様々な実験が行われた。
仲間たちはそのたびに研究所ごと潰し、囚われた者たちを救出した。
だが、人の心を失った大人たちのせいで仲間たちが何人も死んだ。心を壊し、少しずつ衰弱し、いつしか腐り落ちるように死んでいった者たちもいた。
どれだけぶつけても収まらないほどの怒りを感じた。守るべき人間に、なぜあたしたちが苦しめられなくてはならないのか。
本当はわかっているのだ、大人たちだって人類を救うために凄惨な実験をしていたのだということくらい。少しの犠牲で多くの人が救われるならという考えはきっと正しい。小を取って大を失うなんて、そんなのは愚の骨頂だ。
でも、ならこの悲しみはどうすればいい?
どうして人間同士で戦わなければならないのだ。倒すべきはあの女神ではないのか。
これでは、あの女神に滅ぼされるまでもなく人類自ら終わってしまう。
やはりあの女神を倒さなければ。そうすればすべて終わるはずだ。
この事件が契機になり、あたしたちは奴を打倒する決意を固めた。




