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ガールズ・ゲーム  作者: 草鳥
最終章
106/139

106.朽ちかけの栞


 最初に知覚したのは途轍もない焦燥感だった。

 早くどうにかしなければ――そんな思いが頭の中だけでなく全身を駆け巡っていた。

 

 なぜなら全てを思い出したから。

 ……いや、思い出して”しまった”と言った方が近いか。

 こんな記憶、二度と思い出したくない。ありていに言って地獄だ。吐き気が止まらない。よくもこんな凄惨な時間を過ごしていたものだと感心する。


 だが。

 これは同時に、絶対に失ってはいけない記憶でもある。死ぬまで抱え続けていなければいけないものだ。でなければ『みんな』が浮かばれない。

 この記憶は、あたしのために犠牲になってくれた『みんな』の墓標なのだ。

 

 そして。

 この記憶を伝えなければ。

 そばにいるはずのあの子に。もっとも信頼する、あの子に。

 



 目覚めるとそこは寮の屋上だった。

 あの世界から戻ってくるとき、何か不具合があったのか――それはわからないが、光空にあの世界へと導かれた時とは違う場所。すぐ横には園田が横たわっている。

 そして、やはり神谷はいない。粒子となってあの少女に吸収されたのを、朦朧とする意識の中目撃したのを思い出す。


 アカネは園田の身体を揺らす。時間が惜しい。

 何度か肩を揺さぶり名前を呼ぶと、


「う、ううん……」


「み、みどり! お願い、あたしの話を聞いて――――」


 ゆっくりと身を起こす園田に、慌てて呼びかける。

 とにかく色々なことが起こりすぎていた。だがこの話だけはしておかなければならない。


 あの白い少女――神谷にカガミと呼ばれていた彼女がいったい何者なのか、アカネは知っているのだから。


「……! 沙月さん!? 沙月さんは……!」


「落ち着いてみどり、まず話を」


「そんな場合じゃ……!」


 光空が消え、神谷がカガミに吸収され、そんな状況で園田は明らかに錯乱している。

 当たり前だ、こんな時に冷静ではいられない。


「お願いだから!」


 それでも必死に訴えかける。

 すると園田の瞳から徐々に混乱の色は消え、揺らぐことは無くなった。

 よかった、とアカネは胸を撫で下ろす。園田みどりなら、この状況でも冷静さを取り戻してくれると信じていた。

 園田は息をひとつ、ゆっくりと吐き――アカネをまっすぐに見据える。


「……わかりました、聞かせてください。重要な話なんでしょう?」


「……ええ」


 さて。

 順序立てて話すためにはどこから始めるべきか。


 ……そうだ。

 まずはあのゲームだ。

 【TESTAMENT】と名付けられたあのゲームの謎を紐解こう。


「まず、あのゲームは……ゲームじゃない。あの世界は作られた虚構なんかじゃなく、れっきとした世界――こことよく似た別の世界。あたしが生まれ育った世界よ」


「そ、れは……!」


 もしかしたら、という考えは園田の中にもあった。

 あんな精巧な世界、ゲームではありえない。ならばそこはもうひとつの世界なのではないかと。

 だが異能やプラウといった超常の存在が現実感を薄れさせていた。

 リアリティラインをぼかされていたのだ。


「思い出したんですか」


「ええ、あいつの顔を見たら全部ね」


 震える声で尋ねる園田に、アカネは不満そうに頷く。

 あいつこそが因縁の相手だ。

 アカネが神谷と出会った時殺そうとしたのも、神谷があのカガミと名乗る少女にそっくりだったから。

 

「……ちょっと待ってください、あの世界には誰もいませんでした。なら……まさか」


「そうよ。あの世界は……」


 核心に触れようとしたその時だった。

 ピキ、という何かが割れる音が空から聞こえた。

 思わず音のした方向を見る。そこは神谷たちが通う学校、そのグラウンドの上空。


 空に亀裂が走っていた。

 ぴし、ぴし、と亀裂は見る見るうちに広がっていく。


「空が――――」


「――――割れて」


 昼の空が砕き割れ――真夜中が顕現した。

 非現実的な情景だが、二人は似たものをついさっき目撃している。

 光空が消滅した瞬間だ。


 そして満月が夜空に鎮座する。

 呆然と眺めていると――空から一人の少女が降りてくるのが見えた。

 髪は白。白いワンピースを着用した幼い外見。

 まごうことなきカガミの姿だった。


「…………行きましょう。走りながら話すわ」


「はい!」


 二人とも、あのカガミに言いたいことや聞きたいことが山ほどあった。

 そして、あの少女は『エンディング』を始めると言っていた。

 それが具体的に何かはわからないが、彼女がこれ以上のことを起こすならそれを止められるのは自分たちだけだ。


「みどりは『お月様』の伝承って知ってるかしら」


「……え? 特に聞いたことはないですけど……」 


 寮の階段を駆け下りながらアカネは語り始める。

 例えばかぐや姫など、月が印象的な役割を果たすおとぎ話はいくつもある。しかし『お月様』という単語――その言い回しが主題になっている話にはとんと心当たりがない。


「『あんまり喧嘩ばっかりしてるとお月様がお叱りに来るよ』っていう話なんだけど……まあ、雷が鳴ってるときにお腹出してるとおへそを取られるとか、そんなレベルの単純な民間伝承よ」


 その話がどうしたというのか。

 園田は一瞬そう思ったが……関係のない話をするアカネではないことに気付く。


 お月様。

 突如空を割り現れた満月。

 『あの世界』を常に支配していた満月。


 それらがすこしずつ繋がりを見せ始める。

 

「ただね……あの世界では、その話が世界中に根付いていたの。まるで真実かのように。疑っている人が珍しいくらいに。あなたたちからするとおかしな話でしょうけど、それが常識だった」


 こことよく似た別の世界――その二つを分かつものは、つまりそれなのか。


「……まさか」


「そう」


 寮の中は静かだった。

 もう学校が終わっている時間なのに。誰もが帰ってきているはずなのに、ひとり残らず眠りについているかのように。

 玄関のドアを勢いよく開けると、星のない空に新円を描く月が見えた。


「本当に突然だった。前触れなく、でも確かにあの『お月様』は現れたのよ」


 ここから述べられるのは全て真実。

 始まりの物語が今、そのベールを脱ぐ。

 

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