俺、ゴブリン。魔王軍の下っ端やってました
拙い文章ですが宜しくお願いします。
「いいかお前等!人間共の前に出るときは横並び!横並びだ!」
「「横並び!横並び!」」
「倒された時はカネを落とす!これ常識!」
「「カネを落とす!カネを落とす!」」
「あと、三回に一回は素材も落とす!」
「「素材も落とす!素材も落とす!」」
「人間の前では言葉を話さない!」
「「話さない!話さない!」」
我らが魔王軍第173班の班長であるゴブリンメイジのゴブ助一等兵が声を張り上げるたびに俺たちはその言葉の重要な部分を繰り返す。
毎朝の日課でありこれも訓練の一環だ。
新人なんかはこれを忘れて失敗するなんてことが多々あるからな。
「よし!今日も皆体調は万全のようだな!ちゃんと『落とす用』の金と素材は持ったな?よし、それでは今日も元気にお勤めを果たそうじゃないか!行くぞ!」
「「うおおおお!」」
各々の武器を振り上げたり、武器を使わない魔物は拳を振り上げたりして声を上げる。
いよっし、今日も元気に倒されに行くぞー。
あ、俺はこの隊に所属してる【ゴブリン】の『ドミニク』だ。魔王領出身で、ゴブリンでは珍しく、名前に『ゴブ』ってついてない。周りが出世してったり、辞めてったりする中で、俺はわりと古参の方だ。
年齢は今年で68歳。人間だと33歳ぐらいの年齢だな。班長のゴブ助さんからは『お前もそろそろ身を固めたらどうだ?』なんて言われてるけど今のところその予定は無い。そもそも出会いが少ないからなぁ、この職業。
ちなみにゴブ助さんは美人のゴブリナのお嫁さんを迎えて今では2児の父親だ。
出会いは少ないけど割と安定した職だからなぁ、これ。人間と戦うだけの簡単なお仕事でしっかりお給料が貰える。『旅立ちの町』付近で働いている下っ端の俺でも一軒家を建てられたぐらいだ。
「ドミニク先輩!早く行くっスよ~!」
「おう、そうだな」
後輩でスライムの『スラリオン』が呼んでいる。
考え事をして出遅れてしまったな。急いでついて行かないと。
しかし………『スラリオン』って凄い名前だな。最近多いキラキラネームってやつか。
彼は特に気にしていないようだけど。
「よし、今日もしっかり働きますか」
そう言って俺はボロの腰巻きから錆び付いたナイフを取り出す。
しばらく歩いていると、ゴブ助さんが何かを発見して立ち止まった。
「よし、冒険者を発見した。横並びだぞ、良いな?」
「「イエッサー!」」
「よし、行くぞッ!」
ゴブ助隊長が命令を出す。
そして、俺たちは草藪の中から横並びで飛び出したのだった。
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「ワハハハハ!絶好調だなザイル!」
「ボブ、お前こそ!何時にも増して魔法のキレがさえ渡ってるぜ!」
「「ワハハハハハ!」」
だんだんと遠くへ消えていく彼らの声。彼らというのはこのあたりで活動している冒険者のことだ。
あの二人はつい三ヶ月ほどまえから冒険者を始めた新人だ。
声も聞こえなくなってきたし、そろそろ大丈夫だな。
「よーし、いいぞ。お前等!透明化を解け!」
「うおぉぉぉ」
「何もしないってのも疲れたぁ」
「中々離れていかないからいつも以上に疲れたな」
「よし、今日は綺麗に金を落とせたぞ」
ゴブ助さんが皆に指示を出すと、なにも無かったような空間から隊の仲間たちが次々と現れる。
これが人間で言うところの『アイテムドロップ』の仕組みだ。戦いに負けると俺たちは一定時間透明になり、そして金と素材を落とす。
人間が居なくなれば俺たちは姿を現して、そしてまた戦いに行く。毎日これの繰り返しだ。
「つっても、俺ここ数年で一度も倒されてないんだけどな」
俺はここ数年の間ずっと倒されていない。でも只のゴブリンが倒されない訳にもいかないので、ある程度ダメージを受けたら透明化の魔法を使って死んだフリをしてやりすごしている。
なんというか、ぶっちゃけ俺は強くなりすぎたのだ。
一時期俺ははっちゃけていて、思いっ切り本気で戦って、次から次へと人間たちを殺しまくってた時期があった。魔物が死んでもすぐに生き返るように、人間たちだって死んだところで教会に行けば生き返るし、余程ボロボロにしなければ特に殺したって問題ないと殺しまくってたわけだ。戦うなら勝った方が気持ちいいし。
当然経験値はバカみたいに入るし俺のレベルも上がる。ある時ヤバいと思ってやめたけど、それからも少しずつ上がり続けた結果がこの俺だ。
周りはちゃんと冒険者に倒されているのに、こんな簡単な仕事も満足に出来ないのかと自分が悲しくなってくる。
「ドミニク!今日も素晴らしい倒されっぷりだったな。やはりお前は魔王軍の鑑だ!お前たちもドミニク先輩を見習って綺麗に倒されるんだぞ!」
「「はいっ!」」
「流石はドミニク先輩っス!」
「今度倒され方について是非教えて下さい!」
「どうやったらそんなに綺麗に金を落とせるんですか!?」
「おいおい、おまえ等落ち着けって。ちゃんと全員教えてやるから」
ま、それでも評価してくれる人が居るのはとても嬉しい事だ。
わらわらと集まってくる可愛い後輩達。
ゴブ助さんに身を固めろって言われてるけど、やっぱ当分はこんな生活でいいかなって思った。
まさか俺がああなるなんて思ってもいなかったから。
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「先輩、ありがとうございましたッッ!」
「おう、その調子で金落としの練習していくんだぞ」
「はいッ!」
元気よく返事をして離れていく後輩。
もう夕方だ、俺もそろそろ帰るかな。
仕事が終わった後、全ての後輩に上手い金の落とし方やら綺麗な倒され方なんかを教え終わって、俺はマイホームへと帰るところだった。
草藪のなかを歩いていた時、その声は聞こえてきた。
「嫌ッッ、離して下さいっ!」
「バ~カ。離すわけねぇだろ?」
「へっへっ、男だけのパーティに女入れるっつったらこういうことなんだぜ?嬢ちゃんは知らなかったみてぇだけど、そんなのは理由にならねぇんだわ」
「うへっ!早くヤりてぇ!」
「離して!離して!」
人間の女の子の声と、男は三人か?
俺は気になって近くへと行ってみる。
「離してっ!誰か、助けて!助けっ――」
「無駄だよ嬢ちゃん。こんな森の中で助けなんて来るわけねぇだろ?」
「うっひょー!すげぇ乳してやがるぜ!」
見れば僧侶の女の子が三人の男に押さえつけられている。男の方も女の子の方も見たこと無いから、多分男は他の町から来た冒険者で、女の子は多分新人だ。
人間の冒険者を見てると時々見るような光景。人間は何を考えてるのかわからない。同種族で傷つけあったり、無理矢理襲おうなんて意味不明だ。
「(ま、見慣れた光景でもあるし、最初のころは助けに入ってあげたりとかしてたけど無駄働きでしかないからなぁ)」
そう思った俺はその場を離れようとした。
しかし、
「助けて………」
服をビリビリと破かれ、涙目になっていた彼女が此方を向いた。いや、俺に気付いたわけじゃないんだろうけど……………そんな目を向けるなよ。
ああもう……くそっ……。
―――ガサッ、ガサガサッ
「お?なんだぁ?」
「魔物ですかねぇ?」
「(仕方ねぇよな?流石にあんな目を向けられて無視出来るほど冷血じゃないんだ)」
わざとらしく派手に音を立てて注意を引きつける。
男共の注意が集まった所で俺は草藪から飛び出した。
「ゴブ…………」
「………」
「…………」
「………」
「ぶっ…………ブハハハハ!」
「なんだ、ゴブリンじゃねぇかビビらせやがってよぉ!」
「しかも一匹だけだぜ。さっさと殺しちまって続きやりましょうや!」
うん、完全にナメてかかられてるな。
まあ油断してくれるならそれで良いけど。
「ほ~れゴブリンちゃんかかってこいよぉ」
「ゴブゴブ」
鉄の剣をペシペシ手に当てて挑発してくる下っ端らしき筋肉デブ。
ガリヒョロはフルフルと震えながら銅のつるぎを構えている。おい、ゴブリンが怖いとか大丈夫かお前。
つーか……ボスらしき筋肉ハゲは女の子離さないし。これじゃあ巻き込んじまうじゃねぇか。
…………仕方ないか。ごめんな、お嬢ちゃん。
「『ゴブゴブゴブゴブ』」
―――ゴゴゴゴゴゴゴ…………
「へぁ?な、なんだこれ?」
「なんか、肌寒くなってきてね?」
「ゴブゥ」
―――パキパキパキパキ……
だんだんと彼らの周りが凍り付き始める。
「お、おい!お前がやったのか!お前が!?」
「馬鹿言え、ただのゴブリンがこんなこと出来るわけ無いだろ!」
出来るんだな、これが。
「ゴブッ」
―――バキバキバキバキッッ!!
「う―――」
「あぎゃ―――」
「何っ!?お前ら―――」
あんまりにもオロオロしっぱなしだったのでさっさと終わらせて貰った。一瞬にして四体の氷の像が出来上がる。
俺が使ったのは下級氷魔法の『アイス』だ。
本来は10センチ四方を凍らせるだけの魔法。だけど俺が使えば20メートル四方は一瞬で凍る。
さて、これで一度死んじゃったから生き返らせてあげないとな。
「とりあえず『ヒート』」
―――ゴウッ
抑え目に魔法を発動して四人を解凍する。
あとは『リザレクション』で生き返らせるだけだ。
「一気にいくか『リザレクション』」
俺が手を挙げて魔法を発動すると、四人の身体を暖かな光が包み込み、四人はおだやかな寝息を立て始めた。
「じゃあ、俺は帰るかな………」
早く家に帰ってご飯にしたい。今日は暖かいクリームシチューが食べたい気分だなぁ。
ぐるっ、と方向転換して草藪へと戻ろうとした、のだけれど………………。
「うっ………見捨てられないよなぁ」
このまま放っておいたとして、起きたときに彼女はまた男共に襲われるだけだ。放っておけない。
だからといって俺が彼女を連れて帰るなんて、俺は魔物だし…………御法度だ。
でもこのまま見捨てるのもなぁ………。
まぁ、記憶ぐらい消してしまえばどうにでもなるけどさぁ………。
「うぅぅぅん、どうするか、どうするべきかぁぁ……」
結局、俺は彼女を連れて帰ることにした。
どうしても見捨てられなくなってしまったのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「(あれ………あったかい………)」
目を開けると優しい色の木の天井が見えた。
いつの間にかふかふかのベッドに寝かせられていた私。
服も綺麗な布の服に着替えさせられていて、身体にもとくに変化は無い。今日パーティを組むことになった冒険者の男達に襲われそうになっていたところを誰かに助けられたようだ。
助けてくれた人には感謝しか無い。
ゴブリンが襲ってきたところまでしか記憶に無いけど。
それにしてもここはどこだろう?
ログハウスの中に居るみたいだけど……。
「ハァ……あの子どうしたもんかなぁ」
考え事をしていたら隣の部屋から男の人らしき声が聞こえてきた。きっと私を助けてくれた人に違いない。すごくいい声してるし、どんな人なのかな。
それに、なんだか美味しそうな匂いも漂ってくる。
私は高鳴る胸を抑えながらドアノブに手をかけた。
―――ガチャッ
「失礼しま――」
「あっ」
「――えっ?」
ドアを開けた先には、あのゴブリンが清潔な布の服を着て、椅子に座ってシチューとパンを食べていた。
此方を見て驚いた顔をしている。
え?これが、ゴブリン?
すごく人間らしいというか、え、ゴブリン?
「み、見られた………」
「たす、け、てくれた方ですよね?その、ありがとうございます」
「あ、うん。じゃあ記憶消すからちょっと動かないでね」
目が据わったかと思うと、椅子から立ち上がって此方へと歩いてくるゴブリンさん。
「ちょ、ちょっと待って!待ってって!」
「ごめんな。これも決まりだからさ」
「ほんとに、ちょっと待ってぇぇぇぇぇぇぇ!」
―――きゅるるるるる………
その時だった。私のお腹が盛大に鳴ったのは。
同時にゴブリンさんの動きもぴたりと止まる。
恥ずかしかったけど、この時ばかりはナイスタイミングだったぜ、私の腹。
「あ、なんだ……その、食べるか?」
「はい、食べます」
テーブルの上のシチューを指さしてそう言ったゴブリンさんに私は即座に答えた。
可哀想な子を見る目をされたけど、お腹のすいた私にはそんなことどうでも良かった。
「お代わりも沢山あるから。好きなだけ食べな」
「ありがとうございます、ゴブリンさん」
私の目の前にホカホカと暖かな湯気をたてたシチューが置かれた。パンのカゴには新しいパンが追加されている。
わぁぁ、凄く美味しそう……。
ゴブリンさん、料理上手なんだ………。
「別に料理上手って程でも無い。あと俺はゴブリンさんじゃない。『ドミニク』だ」
「ありゃ、声に出てましたか。それとドミニクさんって言うんですね。私は僧侶の『ライラ』っていいます。宜しくです」
「別に覚える必要は無い。どうせ明日にはお前の記憶は消す」
「むぅ……ドミニクさん冷たいです」
「助けてやっただろうが……。それで充分だろ」
ムスッ、とした顔で黙々とシチューとパンを食べるドミニクさん。ゴブリンって緑色の肌に小柄で痩せ体型ってイメージだったのに、ドミニクさんは割と筋肉質だ。助けて貰ったこともあるからなのか、緑色の肌もそんなに気にならない。むしろドミニクさんなら格好良く見える。
私ってチョロいのかな?
「なんだ……人の顔をジロジロ見て。変なものでも付いてるか?まぁ、人間から見たらゴブリンの顔なんて醜いだけだろうけどな」
「いえ、そんなことないです」
視線に気付いたドミニクさんがそう言ってきたけれど、即座に反対した。確かにドミニクさんはハゲだし大きな鼻は不気味に折れ曲がっている。ぎょろりと大きな目玉で睨まれると少しびくっとしてしまうし、大きな口もちょっぴり怖い。
それでも、
「ドミニクさんは、変なんかじゃないです。私は好きですよ、ドミニクさんの顔」
真剣な顔でそう答えたら、ドミニクさんの目が驚きで丸くなった。
心なしか彼の顔が少し赤くなったような気がする。
「お前……変なやつだな」
「人間の私を助けたドミニクさんだって充分変だとおもいますけどね」
そうだ。本来ならあり得ないこと。
魔物であるドミニクさんが人間の私を助けた。魔物が人間を助けるなんて、お伽噺の中ぐらいでしか聞いたことが無い。
「そうだな。一本とられたよ」
「ふふーん、それなら明日は記憶消さないで下さいね!」
「いや、それは駄目だ。俺がこんなことをしたのを知られるわけにはいかない。魔物にも、人にもだ」
「じゃあ私がここに残ればいいんですよね?」
「……………はっ?」
そんな理由で私の記憶を消すなら私がここに居ればいいだけの話だ。
正直あの男達に襲われて、私はもとの町に戻りたいとはあまり思っていない。そういう気分になれない。
それに、私の魔法もドミニクさんの生活で何か役に立つかもしれないし。
「お前、正気か?」
「正気ですよ?本気ですし。仲間だと思ってた男の人達に襲われて、今はあの町に戻れるような気分じゃないんです」
「あー……まぁ、それもそうか。家から離れないって約束してくれるならそれで良いよ。好きなだけ此処に居れば良い。出ていくときは教えろよ?記憶は消さなきゃならないからな」
「ほんとですか?ドミニクさん、ありがとう!」
「お、おう……」
思わず笑顔になってお礼を言ったら、彼は恥ずかしそうに顔をそむけた。へえぇ、結構可愛いところもあるんだなぁ。
あれ?気付いたら私ドミニクさんのこともっと知りたくなってる………でも、ドミニクさんゴブリンだし。あれれれれ?
「ボケッとしてないで早く食べろ。冷めちまうぞ」
「あっ、うん!頂きます!」
ドミニクさんの作ったクリームシチュー。とっても美味しかったです。
一緒に食べたバターロールもふわふわでした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「すいません、ベッド借りちゃって………。ドミニクさんに床で寝かせてしまって申し訳ないです」
「気にすんな。女の子に床で寝かせる方が良くねぇよ」
「ドミニクさん……やっぱり優しいんですね」
そういってニッコリと笑うライラ。
やめろ、その笑顔は俺に効く。
ゴブリンと人間の美醜感覚は逆転しているなんて言われているけれど、実のところはそんなことは無い。ゴブリンは顔が整っていないものが人間と比べると多いだけで、基本的な美醜の感覚はほぼ同じだと言っても良い。
生物としても体型だったりと似ているところは多いし、その、なんだ、ライラを着替えさせるのには苦労したとだけ言っておこう。
あれは理性を保ち続けるのが中々にきつかった。
助けてから気付いたことだが、ライラの顔はとても整っている。スタイルも完璧だし、あれではああいった男共に狙われても仕方ないだろう。
それに、中々に押しは強いが基本いい子だ。
あそこで助ける選択をして本当に良かった。
今度からもああいうのを見つけたらちゃんと助けよう。
「それじゃ……俺、仕事行ってくるから」
「行ってらっしゃい。ドミニクさんが帰ってくるの、待ってますからね」
「………ああ」
駄目だ、なんでドキドキしてるんだよ俺は。
人間は敵だろうが。俺は魔王軍の兵隊だぞ?
下っ端だけど、一応………。
俺は悶々とした気持ちのまま、いつもの森へと出勤していった。
「―――んぱい、せんぱい!先輩!」
「はっ!?」
「どうしたんスかドミニク先輩!なんか様子がおかしいっスよ?」
「いや………何でもない」
「へぇ、大丈夫っスか?」
「本当に、大丈夫だ。心配をかけたな」
「気にしないで下さい。後輩っスから!」
今日はやけにスラリオンが頼もしく見える。
俺が逆に頼りなくなってしまっているだけかもしれないが。
「よし、お前等!楽しい遠足に出掛けるとしよう!」
「「イエッサー!!」」
今日も、いつも通りの一日が始まる。
「(あー、こりゃ駄目だ。しくじったわ)」
完全にミスった。落とすべき金を3ジェニー落とし損ねてしまった。
俺が落とすべき金が20ジェニーだから3ジェニーのミスは大きい。
「大丈夫かドミニク?なんだか今日は調子悪そうじゃないか」
「ゴブ助さん……」
「そうっスよ。先輩がここまで失敗するなんてあり得ないっス」
「確かに、先輩は完璧魔物のイメージが強かったしなぁ」
「なんだか今日は調子悪いですよね、先輩」
「みんな……!」
スライムのスラリオン君。マタンゴのマタロウ君に角ウサギのモモちゃん。
後輩のみんなからも心配される。
「すいません……なんか、色々と変なこと考えてしまっていて」
「変なこと?何があったんだ?」
流石になにがあったかは言えない。
だけど、彼女を助けて人間とは何なのか少し考えたのだ。
そもそもどうして魔物と人間は敵対している?
それに此処、旅立ちの町周辺なのにも関わらず、一度も勇者を見たことが無い。
魔王様がこの周辺の班にむけた命令は伝承の勇者を魔王城へと誘導すること。もし勇者が本当に居るのなら、この旅立ちの町から出て来る筈なのだけど…………今のところ全く勇者が出て来る様子が無い。
「ゴブ助さん、一つだけ、一つだけ質問があります」
「何だ?」
「勇者は、本当に存在しているんですかね……」
「ああ………勇者、か………」
ゴブ助さんの顔が険しくなる。
やはりこの質問はまずかったか。
「いや、俺もその事については考えてたことがあったんだが、結局何もわからずじまいだった。もしかしたら他の町から勇者がもう出てってるのかもしれないな」
「そうですか………いや、なんで人間と俺たち魔物は敵対してるのかなって疑問に思ってしまって」
「そんなの、戦い始めた理由も昔のこと過ぎてわかんねぇからなぁ。まあ、俺たちはこうして働いて食っていけるわけだし、これはこれでいいんじゃないか?」
「そんなもんですか」
「そんなもんだぜ」
深く考えるなってことらしい。
気付いたら戦ってた。人間と魔物の対立なんてその程度のものだ。俺は今まで深く考えすぎていたのかもしれないな。
この仕事も、偶に本当に死ぬやつとか出て危ないけど、それは人間の方だって同じだ。最早双方の営みとなりつつあるこの戦い、止める方がおかしいのかもしれない。
「それよりもだ、ドミニク。お前のソレ、もしかして恋煩いとかじゃないか?」
突然のゴブ助さんの爆弾発言。
彼の言葉に俺の頭に一瞬ライラの笑顔がふわっ、と浮かんできたので慌ててそれを消し去る。
馬鹿か俺は。あいつは人間だぞ!?
「なっ!ば、馬鹿なこと言わないで下さい!そんな訳無いでしょう!」
「ハハハハハ!そろそろお前もそんな時期かなぁと思ってたんだけどなぁ、外れだったかぁ!」
「変なこと言わないで下さいよ……」
「当たったと思ったんだけどなぁ」
そう言ってハハハと笑うゴブ助さんに俺は苦笑するしかなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ふぃぃ……今日も働いたっと」
我が家が見えてきた。
今日はライラが居るから、すでに明かりが灯っている。
「ドミニクさん、おかえりなさい!」
「お、おう………ただいま」
ドアを開けると笑顔のライラが出迎えてくれた。
変なやつだ。俺は魔物であいつは人間なのに。
「今日は私がご飯つくっておきました!近くに小川が流れてたのでお魚にしてみました、鮎のムニエルのトマトソースがけです。あっ、台所に置いてあったトマトとか茄子とかって使っても良かったんですよね?」
「あ、うん。大丈夫だ」
「じゃあ早くご飯にしましょー!」
やけにテンションの高いライラに手を引かれて部屋の中へと入っていった。俺が『食べる前に部屋着に着替えたい』と言ったら、ライラは顔を赤くして『そ、そうでしたよね。なんかすいません』と言ってそそくさとキッチンへと歩いていった。
ゴブリン相手に顔なんて赤くするなよ。このあたりのゴブリンでは無いけれど、野良の盗賊ゴブリンみたいのだと人間の女性を襲って孕ませたりとかあるんだぞ。ゴブリンなんて人間からしたら不潔極まりない存在だろうが。
あっ、人間でも同じことしてるような奴ら居るか。それならあんまり変わらない………って何考えてるんだ俺は。そうだ、飯だ飯。飯を食おう。
今日はライラが飯を作ってくれ…………………んんんんんっ!ン゛ーーーーッ!
―――ゴンゴンゴンゴン!
や、やべぇ。マジで大丈夫か俺。
今壁に頭打ち付けて心を落ち着かせてなかったらやばかった。惚れる寸前だった。
人間に惚れるなんて魔物失格だ。どんなに可愛くて好みであろうと人間に惚れ………………違う!可愛くない!好みなんかじゃない!あああああああ!
―――コンコン
「あの、ドミニクさん。凄い音しましたけど大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、問題ない」
ドアの向こうから心配そうなライラの声が聞こえてきたのでキリッとした声で返答した。
問題大アリだろうが、俺。何してんだよもう。
そうだ、記憶を消そう。記憶を消して人間の町に帰してやればいい。
教会にでもあずければ守ってくれるだろうし問題ないだろう。うんうん、それが良い。
「ドミニクさ~ん。ご飯冷めちゃいますよ~」
「ああ、今行く」
俺は、ライラの記憶を消そうと意気込んで部屋を出た。
―――が、その目論見は一瞬にして崩れ去ることになる。
「ドミニクさん、見て下さい。私今日のお昼頃にいきなりこんな力使えるようになったんですよ」
「へ、へぁ…………それって」
「凄いですよね。誉めて下さい」
ふふーん!とドヤ顔をキメるライラ。
俺は驚きのせいで、あともう少しで気絶しそうになるのをなんとか耐え続けていた。
ライラは焦げ茶の髪色でくりっとした黒く可愛らしい目をした女の子だ。人間にしては身長も小さく、150センチぐらいでそのくせ胸が大きい。ちなみに俺はゴブリンにしては大柄で、身長は140センチぐらいある。
そのライラなのだが、今彼女の髪の色はキラキラとした輝きを放つ銀髪へと変わっており、髪の長さも伸びている。目の色も黒から蒼色へと変わっていた。
そして、手のひらの上で金色の魔力の塊をお花の形にしたりウサギの形にしたりと動かして遊んでいる。
「せ、聖女………」
「……………はい?」
この力、確実に聖女の力だ。
魔の者としての力が薄いこの辺りの魔物にはあまり効果が無いだろうけど、もし魔王城付近の魔物がこの光をモロに食らったら楽に死ねることだろう。
勇者は出てこなかったけど、聖女が出て来てしまった。なんてこった。
「ライラ………明日には人間の町に帰れ」
「えー、いやですよそんなの!ドミニクさんちすっごく居心地良いですもん!ずっとここに居ます!」
「お前、ホラ、聖女だからさ。人間のところに帰れ。魔物なんかと暮らしてたら良くないだろ」
「ドミニクさんは悪い魔物じゃないですもん。人の方がよっぽど黒い部分いっぱいありますよ?あの男の人たちだってそうでしたもん」
「俺も男だけどな。ゴブリンが人間の女を襲うことがあるってことぐらい、お前も知ってるだろ?」
「でも、ドミニクさん紳士ですよね」
「馬鹿、アレは仕方なく助けただけだ」
「別に、あそこで私を見捨てることも出来ましたし、それに私が寝てる間に着替えもしましたよね?手も、出さなかったみたいですし。昨日の夜だってやろうと思えばドミニクさんは眠ってる私を襲えたはずです」
やけに真剣な顔になってこちらを見つめてくるライラ。
くそぅ、可愛いんだよもう。
俺もう魔物失格だよくそっ。
「それに、私ドミニクさんになら………良いですよ?」
突然の爆弾発言投下。
顔を赤くしてそっぽを向いているライラ。
滅茶苦茶可愛いです、はい。
「………女の子なんだから。馬鹿なこと言うんじゃねぇよ。自分の身体はもっと大事にしろ」
それでも、俺はライラに手を出すつもりは無い。
俺は彼女を助けたくて家まで連れてきたんだ。断じて彼女に手を出したくて連れてきたわけじゃない。
俺はさっさと飯を食べ終わると『美味かった、ごちそうさま』とだけ言って自室へと戻っていった。
ライラが聖女になったからには俺の『記憶抹消』はもう効かない。どうすればライラを人間の世界に帰せるか考えなければ。
それだけで頭がいっぱいだった。
一人食卓に残されたライラはと言うと………。
「ドミニクさん………やっぱり人間の私なんかに興味なんてないのかなぁ」
助けられて優しくされただけで落ちちゃうなんて私もチョロいなぁ、なんて考えながらライラは自分で作った料理をぱくぱくと食べ続けていた。
「でも……ドミニクさん『美味しい』って言ってくれた。えへへ、あしたもご飯作ろう」
そして、無意識にツンデレていたドミニクにちょっぴり心が暖かくなった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「俺は今日ここを出て行く」
「へっ?………何を言ってるんですかドミニクさん」
次の日の朝。
俺は、荷物を纏めてライラと対峙していた。
どうすれば聖女である彼女を人間の世界に戻せるか、昨晩考え続けた結果がこれだ。
聖女になった彼女が魔物の俺と暮らしているなんて知れたら、色々と拙いことになる。特に人間の教会あたりが。
だから俺はこの家を、この森を出て行くことにした。
「お前がここに残るなら俺はお前から離れなきゃならない。聖女であるお前が魔物の俺と一緒に暮らしてるなんてやっぱり駄目だ。お前は人間の世界に帰れ」
「へ、変なこと言わないで下さいよドミニクさん。私、ドミニクさんの側から離れる気なんて――」
「黙れッッ!俺の忠告がわからないのか!
聖女であるお前がゴブリンなんかと暮らしてるのが見つかったら、お前は教会に消されるかもしれないんだぞ!お前はそれでも良いのか!」
「そ、それでも私は―――」
「俺は、お前を死なせたくないんだよ!」
「ど、ドミニクさん………」
呆然とした顔で固まるライラ。
目から涙がツーッと流れていく。
「お前は…………人間の世界で生きるべきなんだ。そこに俺は居るべきじゃない。じゃあなライラ、元気でな」
ぺたん、と床にへたりこんだライラを尻目に俺はマイホームだったログハウスを後にする。
お別れだ。
俺は今日でここから居なくなる。
「そうか…………寂しくなるな」
「すいません……本当、勝手な申し出ですいませんでした」
「いや、良いんだ。お前にはお前の魔物生がある。それに俺は口出しなんてしないさ」
「ゴブ助さん…………」
「へっ、寂しくなったらいつでも遊びに来い。俺たちはここで待ってるからな」
「ありがとう、ございます……!!」
辞表を提出した俺は、優しい上司と後輩に見送られて『はじまりの森』を後にした。
これからは人里からはもっと離れた所に暮らすつもりだ。とりあえず『はじまりの森』を抜けて『木漏れ日の林』を通り、遙か西にある『モグアロ樹海』へと行く予定だ。
人助けとか魔物助けも、ちょいちょいやってけたら良い。ボランティア活動ってやつだな。
幸い蓄えはかなりあるし、食事も狩りが出来るから問題ないだろう。
さよなら皆。
さよなら『はじまりの森』。
さよなら『旅立ちの町』。
さよなら……………ライラ。
始まりの森を抜けた俺は木漏れ日の林へと突入し、そろそろ休憩にしようと背の高い木の上に登って用意していたサンドイッチを食べていた。
このあたりは獣も魔物も少ないので、人通りも少ない。ゴブリンがサンドイッチを食べてるところなんて誰も気づかないだろう。
誰もここにはこないのだから。
その筈だった。
「ひっ、きゃあっ!」
「くそっ、てこずらせやがって。髪の色まで変えやがって。顔見るまでお前だって気付かなかったぜ、ライラぁ」
「ひっひっ、無駄に魔法も強くなってやしたな兄貴」
「フン、おかげでこちとらお前を捕まえるのに苦労したよ」
「離、してっ!」
ライラ?
なんで、なんでお前が此処に居る!?
しかもあの声は、最初にライラを襲っていた男か!
「あん時俺たちを凍り漬けにしやがったのはてめぇだな?ゴブリンに気を取られて注意してなかった俺たちのミスだったな。でももう逃がさねぇぞ。お前は俺たちのモンだ」
「人数も今度は三人だけじゃなくて全員で来ましたからねェ。全員で18人、どれぐらい耐えていられますかネェ!くひっ、くひっひっひっ!」
「ドミニク……さん…………」
涙を流して呟いたライラにリーダーの顔が醜悪に歪む。
「なんだぁ?もしかして彼氏かなんかか?ガハハハハ!そりゃあ良い!後で俺たちのモンになったお前をそいつに見せつけてやろうじゃねぇか!」
醜悪な顔を歪ませて笑うリーダーの男とその仲間たち。
ライラはあの男たちに目を付けられてしまっていて、町に着く前に捕らえられてしまったようだ。
ライラは人間の世界で生きるべきだと、浅い考えで突き放してしまった俺が間違っていた。
先程も言ったようにここは人通りが少ない。
ここで騒いだところで助けなど来るはずが無い。
たまに冒険者が2、3人通りがかったところで18人も居るあの男たちに勝てないのは目に見えていた。
男たちに組み敷かれて、服を破られていくライラ。
木の上からそれを眺める俺。
そして―――
――――ライラと、目が合った。
「……ドミニク、さん?」
「……あ?」
呆けた顔をしてライラの見ている方向を見上げたリーダーの筋肉ハゲ。
俺は、木からライラへと一直線にダイブしていった。
「ライラぁあぁぁぁぁァァァァ!!」
「ドミニクさん!」
「なっ?!ゴブリン!??」
「『金剛力』ッッ!」
――――ドウッ!
俺の身体が赤い光に包まれる。
爆発的に身体能力を強化させた俺はライラを組み敷いていた男共を一瞬にしてブッとばした。
「ごっ!あ………う、嘘だ。ゴブリンがこんなに強いなんて、聞いて、な」
ブッとばされて大木に激突したリーダーの男がガクガクと震えながら失禁する。
同時に吹き飛ばした有象無象共は俺の拳や蹴りが当たった瞬間か、木々にぶつかった衝撃で頭が潰れたり四肢がバラバラに吹き飛んで死んだ。
流石にバラバラになって死んだ奴はもう生き返れないだろうな。既に彼らの肉に死肉喰いどもが群がり始めている。
リーダーの方は、一応リーダーというだけあって人一倍頑丈だったようだな。
俺は服を破かれてあられもない姿になったライラを護るように立った。
「う、嘘だ。魔物が人間を守るなんて聞いてねぇ」
「あいつだ!あいつが魔王なんだ!俺たちが負けるなんてそうに違いねぇ!」
「助けて下さい!助けて下さい!」
周りに立っていた男どもが顔を青くしてガクガクと震え始める。
大の大人がデカいのも小さいのも垂れ流してビクビクしやがって。情けない。
「ライラを傷つけやがって。クソ以下の性根が腐りきったテメェ等は絶対に許さねぇ。地獄で反省してな」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃ!」
一人、他の仲間を置いて逃げ出した男に腕を向ける。
「『ファイアボール』」
―――ボッ!
「ひ、ひぎゃぁぁぁああああああ!」
目にもとまらぬ速度で飛んでいった火の玉は男に命中して、男は一瞬にして火達磨となった。
絶叫しながら地面を転げ回る姿はおぞましく、見ていられるようなものではなかった。
数秒後に動かなくなった男は炭のようになって死んだ。
彼も、もう生き返ることは出来ないだろう。
「首を斬って殺す、心臓を突いて殺す。生温いな。お前達に生きる権利なんて無い」
人間だから、種族として敵だからじゃない。こいつらの性根が腐りきっているからだ。
もし彼らが俺と同じゴブリンであったとしても同じことをしていたと断言できる。
「ひ、ひいいいいい!」
「逃げっ、に、逃げっ!」
「あひっ、あひひひひひ」
逃げ出そうとする男。中には頭がおかしくなってしまった男までいる。
俺はそいつらを『アイス』で瞬時に凍り漬けにして黙らせた。
「あとは、灰にして消すだけだ」
「待って、下さい」
俺が止めとばかりに魔法を放とうとした瞬間、ライラが俺の腕を掴んだ。
「もう、殺さないで下さい。貴方が手を汚すのをこれ以上見ていられないんです」
「ライラ………」
縋るように彼女が放ったその言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。
彼女は自分があの男どもに犯されそうになったことに対する怒りよりも、俺のことを心配してくれていたのだ。
怒りのままに殺して解決しようとした俺が、あまりにも滑稽に感じた。
「ライラ………許してくれ。俺が間違っていたんだ。もう、ライラを突き放したりなんてしない、許してくれ……………」
「ドミニクさん…………」
膝をついて彼女に謝った俺に彼女は驚いたような顔をした。
でも、すぐにふんわりとした笑顔になって、
「言うことが、違うんじゃないですか?ドミニクさん」
一瞬、彼女が何を言ったのかわからなかった。
数秒混乱した後、やっと理解が追い付いてきた。
ああ……許してくれるのか。
一度は自分勝手に君を突き放した俺を……もう一度受け入れてくれるのか。
「そう、だな…………確かに違う」
ボロボロとこぼれる涙を拭って、俺は顔を上げて彼女と目を合わせた。
ライラのシミ一つない美しい肌がほんのりと赤く染まる。
「俺はゴブリンで君は人間。本当ならこんなこと許されるはずが無い。
それでも……ライラ、君が好きだ。俺の側にずっと居てくれないか」
「……………はい」
ゆっくりと顔を近付けあった俺とライラの唇が重なった。
俺は魔物失格だ。
もう二度と魔王領に踏み入ることなんて出来ないだろう。
それでも、この選択が間違っていたなんて思わない。
ただ暖かな幸せだけが二人の間に流れていた。
「嘘、だろ…………ゴブリンなのに、あり得ん………」
―――どさぁ……
その様子を見ていた筋肉ハゲは、体力切れと大きすぎるショックで気絶した。
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―――あれから3ヶ月。
モグアロ樹海に到着した俺とライラは、綺麗な水辺を見つけてそこにログハウスを建てた。
俺とライラの、小鬼と聖女の新しい家だ。
あの男たちはどうなったって?
あの戦いで生き残ったのは18人中7人。
そいつ等は全員今までの悪事がバレて町の牢獄に収監されたらしい。
特にリーダーの筋肉ハゲは余罪も多かったので死刑を待つ身だそうだ。
俺たちにはもう関係のない話だけど。
「ライラ、頼む!5日間だけ待ってくれ!」
「むぅ……仕方ありませんね。ドミニクさんがそこまで頼むなら5日間待ってあげます。でもそれ以上は待ちませんからね?」
「ありがとう!5日間で絶対に完成させて見せるから!」
ある日の夜、ライラそう言って土下座した俺は5日の間部屋に閉じこもった。
5日間ライラに会えないのはとても苦しかったが、その後のことを考えればいくらでも頑張れた。
―――そして、5日後。
「もう5日目ですよ~?ドミニクさんまだ出て来ない……」
ぐでぇっ、とテーブルに倒れ込むライラ。
仮にも聖女とは思えないほどのだらけ具合である。
これも5日間もドミニクの顔が見られないせいなのだが。
そろそろお昼時だしご飯にしようと席を立った、その時だった。
―――バンッ!
「ライラっっ!」
「ふぇ!?ど、ドミニクさん、ってええっ!?」
ドミニクの部屋の扉が開かれて、飛び出してきた何かがライラを抱き締めた。
声は確かにドミニクのものであったのだけど………。
「ドミニク、さん?」
「ああ!俺だ、ドミニクだよライラ!」
「えっ、ええええっ!?」
ライラを抱き締めていたのは緑色がかった黒髪の美丈夫。
ドミニクその人である。
ドミニクとライラは魔物と人間という異色どころかあり得ないカップルだ。
あれから急速に接近した二人だけど、魔物と人間のカップルなんて教会で結婚式を挙げることも出来るわけがない。
ゴブリン式の結婚式もあるけれど、それはライラが嫌だろうと思ってしていなかった。
だからドミニクとライラは恋人以上夫婦未満という微妙なラインのままだったのだ。
そこでドミニクは思った。
それなら俺が人間になってしまえば良い、と。
幸い『人化の術』は既に完成されたものが存在する。高位の魔物向けではあるが、もしかしたら自分にも出来るかもしれないと5日間ライラと顔を合わせずに術の練習に集中する期間を作って練習に練習を重ねたのだ。
そして完成しましたのがコチラ。
「ほんとに、ドミニクなんだ………」
「……ああ!」
そう言ってライラに微笑むのは緑がかった黒髪に明るい黄緑の瞳の美丈夫。肌はシミ一つ無く、均整のとれた筋肉質な肉体はこの世の者とは思えないほど美しい。
「自分にも使えるのか心配だったけど、なんとか完成させられたよ。これも全部ライラのおかげだ」
「そんな……私、何もしてないし…………」
顔を赤くして下を向いてしまうライラ。
恥ずかしがって逃げ出そうと腕の中でもぞもぞと動く彼女が愛おしくてたまらなかった。
彼女の耳元に口を近付けて囁く。
「ライラ、結婚しよう」
「ひゅっ!」
ぴくっ!と震えるライラ。数秒固まって、そしておずおずと顔を上げた。
ちょっぴり涙目になってしまっている。
「ずっと、そうしたいって思ってた。今の関係が嫌だとは思わない、だけどその先に行きたいって欲が出て来ちゃって…………受けて、くれるかな?」
「そんなの……受けるに決まってるじゃない!」
「ライラ!」
心配そうな顔をしていたドミニクの顔が満面の笑みに変わり、ぎゅうっ、とまたきつく抱き締められる。
ちょっぴり苦しかったけど、とても幸せな抱擁だった。
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とある国のお伽噺。
実話を元にしたそれは飛ぶように売れ、瞬く間にベストセラーとなった。
白の聖女と黒の勇者の物語。
ある日、森で出会った二人は運命に導かれるように惹かれ合う。優しい勇者様と少し天然な聖女様。
二人は世界中を旅して悪人達を成敗し、凶悪な魔物から村を守ったりと大活躍をする。
よくある話だけど、一つだけ違ったのが、勇者様が人では無かったということ。
その本が売れた数年間の間、『はじまりの森』を訪れる女性冒険者が後を絶たなかったとか。
本の中、挿し絵の黒髪の彼と銀髪の彼女は幸せそうな顔で寄り添っていた。
ドミニク
主人公のゴブリン。男。
はじまりの森勤務のベテラン兵。死んだフリに関しては一級品。金や素材のドロップも完璧。
本気で戦うと魔王軍四天王なら余裕で倒せるぐらい強い。どうしてこうなった。
あの後ライラと教会で結婚式を挙げる。
ライラ
ヒロイン。冒険者で僧侶の女の子。聖女。
チョロインだが自分がチョロインであることを自覚しているチョロイン。ゴブリンのドミニクも人間のドミニクもどちらも心から愛せる。
あの後とある事件により、ドミニクと一緒に旅に出ることになる。
ゴブ助さん
我らが隊長ゴブ助一等兵。魔王軍はホワイトです!
ゴブリナのお嫁さんがいる二児の父親。
結婚式はゴブリン式ではなくて、半分妖精であるゴブ花さんにあわせて妖精式のものにした。
ドミニクとは古い付き合い。
スラリオン
後輩スライム。♂。
ふにふに、ぷよぷよ、ぽよんぽよん。
キラキラネームを親スライムにつけられたスライム。後輩達のなかでは結構優秀。
特に倒され方がとても上手いと評判。
とは言っても本人は本気で戦って負けているだけなのでなんとも言えない気分。
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