1‐7 乗馬体験
「あ、あの!凄い揺れるんですけど!」
少年は馬に初めて乗っていた。
思ったより振動が大きく、風当たりも強い。
気を抜いているとすぐに振り落とされてしまうだろう。
そんなレベルだった。
「スピードをだすって言わなかったかしら。とりあえずできるだけ強くしがみついて。」
少女はお構いなしに言うと、すぐに手綱を持ち直し、前を向いた。
こんなスピード慣れている、というのが仕草から分かる。
16歳と言っていたが、乗馬経験はかなり豊富なのだろうか。
とにかく、しっかりしがみついてないとまずい。
陽向は両足で踏ん張る。
少しきついが、都合上こうするしかない。
前にいる小春に捕まるわけにもいかない。
「そんなことしたら俺が捕まるっての…」
うまいことを言ったつもりなのだろうか。
陽向は呟いた。
小春には聞こえないようにしたので、独り言だ。
「陽向、ランカーネが見えてきたわよ。あと少しの辛抱だけど、油断は禁物ね。敵襲があるかもだから。」
少女の呼び掛けに陽向は「ああ。」とだけ返した。
言われなくても油断などしない。
あまり話している余裕すらないのだ。
手綱持ちの小春は余裕そうだが。
「んあ?」
陽向は小春からの呼び掛けで、ランカーネに近づいてきたと知らされたので、様子を見てみることにした。
すると、さっきまでは畑や牧場などといったものが広がっていた風景が、建物ばかりの都会のようになっていた。
なんだか、とても違和感がある。
陽向は気になったので、小春に訊いてみた。
「なんか、賑やかな街じゃね?」
「不謹慎だし、当たり前のことを言っているようだけど、特別目をつむってあげる。」
指摘されて、陽向ははっとした。
ランカーネが賑やかなことくらい、もしや一般常識だったのだろうか。
元の世界で言うと、日本在住のくせに、東京に来て「賑やかな街ですね。」と言うような行為だったのだろうか。
それは違和感が生じる。
異世界から来たことはバレないにせよ、変な人だと思われてしまうかもしれない。
陽向は焦った。
だが、その心配をよそに、小春は白い変な格好をしている時点で陽向を変人扱いしていた。
そもそも、パーカーがこちらにはないのだ。
「この街、ランカーネは世界樹の街ネムノに近いことで有名でしょう?その影響らしいわよ。」
世界樹だの説明されても理解できない陽向。
なにかの観光地だろうか。
仕方なく、「そうなんですね。」と返す。
この世界の人々と何でもない話を出来るようになるのは、いつになるのだろうか。
「それにしても、陽向がルカさんに用ってどんなことなの?」
陽向は困惑する。
実際、陽向自身も「会え」と指示されただけで、会ったら何が起こるのか把握しているわけではない。
ルカ、という人物は異世界のことを知っているのだろうか。
「えーっと、伝言を預かってまして…」
「あら、どんな?」
詮索されないようにうまく嘘をつこうと努力したのだが、無理だった。
仕方なく、陽向は自然に対応しようとする。
「内容はちょっと外部の人には言えないんですが…」
外部の人には言えない、というのは本当である。
試しに門番にばらしてみたが、頭がおかしい子扱いを受けた。
全く失礼なことである。
わざわざ異世界から来てやったのに。
「じゃあ、もしかして陽向はルカさんのお知り合い?」
小春は手綱を引きながら問いかけてくる。
陽向は何となく気になったことを訊いてみた。
「いや、よくは知りません。どんな人なんですか?」
小春は「そうね…」と少し考えてから答える。
「一言で言えば、ボーイッシュな人ね。髪もベリーショートだし。」
ベリーショート、つまり男子と変わらないくらい髪が短い。
男子にも個人で髪型は色々あるが。
「言動も女の子らしくないわね。」
少女は捕捉した。
ボーイッシュな女の子、と言われても陽向の身の回にはそんな人はいなかったので、見当がつかない。
「へぇ…面白いですね。」
いい表現が浮かばなかったため、陽向は何故か面白いと返してしまう。
自分で言っておきながら謎だった。
やはり語彙が少ないのである。
「フィー。」
陽向は変なため息をし、何気なく指を触る。
特に理由はない。
無意識というやつだ。
授業中にペン回しを何故かしてしまう、何てよくあることではないか。
無意識は怖いものである。
「ん?なんだ?」
そう、無意識は怖い。
彼に大切なことを思い出させた。
「指輪…か?」
少年は小さく呟く。
左の人差し指に違和感がある。
まるで、透明な何かが、指を覆っているようだ。
「あと、これをつけていってください。」というセリフを陽向は思い出す。
それは、銀髪少女が最後に少年に渡した指輪だった。
「ん、どうしたんだ?」
何の前振りもなく、小春は馬を止めた。
陽向は反射的に理由を問う。
だが、すぐに愚問だということに気づく。
「ごめんなさい、陽向。やっぱりあなたを連れていくわけにはいかないみたい。」
少女は目の当たりにした光景から、今の状況を判断したらしい。
今回は結構少なめです…
すいません…