1‐5 出発
「二番隊、準備完了です。」
「そうか…準備が整った班からランカーネへ迎え!」
騎士団の中は慌ただしく言葉が飛び交う。
先ほど一番隊と思われる集団が馬に乗って門から飛び出していった。
陽向は馬が怖かったので、門から少し距離を置いた。
「早く終わらせて帰ってこい。言いたいことはそれだけ。」
陽向はふてくされたように言った。
急に魔獣の奇襲などなければ、今頃騎士団の中でくつろげただろうに。
騎士団の前で文字通り門前払いされたのにまだそんなことを考えている陽向だった。
だが、スマートフォンを見せればあの二人の騎士団員も思い直したかもしれない、と思うと陽向はなんだか惜しい気持ちになった。
もうその二人の騎士団員も気付かぬ内にいなくなっていたわけだが。
「ルカさんはここにいて大丈夫ですよ!」
「そうです。俺達だけでなんとかします!」
陽向はボーッとしながら騎士団の会話を聞いている。
騎士団もお勤め大変だなぁ、などと思いながら。
魔獣退治なんて、命張ってるし。
「あれ、今ルカって…」
陽向ははっとした。
もしかしてルカさんが門のすぐ向こうにいるのだろうか。
ならば、話しかける絶好のチャンスである。
陽向は立ち上がり、再び門の近くまで寄る。
「さっさとこの辺まで出てきてくれよ…」
ルカ、という人物は部下の足止めを食らっているようで、中々外に出てこない。
さすがに勝手に騎士団内に入る勇気はないので、陽向はじっと待ち続けた。
「とにかく、私はランカーネへ向います。二番隊は後に続いてください。」
ルカという人が部下を振り切るようだ。
私という単語に陽向は反応した。
一人称が私ということは女の人なのか。
まぁいい、ようやくルカさんがでてくるぞ。
陽向は少し緊張した。
うまく話しかけられるだろうか。
こんな緊急事態だし、もしかしたら話を聞いてくれないかもしれない。
だが、次の瞬間この不安は一瞬にして砕け去る。
「あ…」
カタカタっという軽いひづめの音が幾度か響き、数人の騎士団員達が通りすぎた。
あまりの速さで話しかける余裕などなかった。
馬が目と鼻の先を通ったので、陽向は身震いした。
この瞬間で得ることができたのは、ルカさんらしき人物は銀髪、ということだけ。
あとの団員達は黒髪で銀髪の人が見やすかっただけなのだが。
「え…あ、うん。どうしよ。」
ルカさんが帰ってくるまでここで待っていようか。
精神的にここで一人で待つのはかなりきつい。
できれば回避したい方法だ。
それに、また入れてくれないかもしれない。
ならば、どうする。
「うーん。」
陽向は首を傾げる。
けれど、意外とすぐに新しい案を見つける陽向だった。
「ついていってみて話してもらうしかない。」
陽向は決断した。
こんなところで待っていたら1日や2日待たされるかもしれない。
それに正直言うと、魔獣と言う物に興味もひかれる。
魔獣退治の邪魔になるかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
「そもそも、きちんと説明しない銀髪ちゃんが悪いんだから…」
陽向は自分に言い聞かせるように言った。
確かに、理屈としては間違っていない。
だが、だからといって騎士団に迷惑をかけるのはあまりよろしくない。
陽向もうすうす感じていた。
「しゃーない、しゃーない。さっさとランカーネ…だっけ、そこに向かおう。」
陽向はライトと歩いた道を逆走し、騎士団が走っていった方向に向かった。
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「不謹慎だけど、なんかすごい光景だった…」
陽向が大通りに通りかかると、逃げていく人々が波のように押し寄せていた。
パニック状態ではなかったが、みんな焦っているように見える。
陽向はその流れに逆らうように進み、しばらく進んだところだった。
「そんなに魔獣こわいのかよ…」
避難しろ、と警報では言っていなかったが、本当は逃げた方がよいのだろうか。
あの人々の波がそんなことを感じさせた。
「くっそ、全然ランカーネ見えねえぞ!」
馬に乗っていったルカ達の姿はもうどこにもない。
こんなことで追い付けるのだろうか。
「ああ、もう、喉乾いた。」
なんだか陽向はイライラしてきた。
無理もないだろう。
疲れも溜まっているし、ご飯も食べていない。
「…よし、軽めに走るか。」
走った方が余計に体力を消耗するような気がするが、天気は知らぬ間に炎天下になっており、立っていても汗をかく。
それならもう、走ってしまえ。
そういう考えだ。
投げやりな気持ちになってしまっているらしい。
「持久走最下位から二番目の実力を見せてやる!」
陽向は速くも遅くもないペースで走り出した。
持久走ワースト2位というのは中学校のときの記録で、学年全体ではなく、一クラスでの話である。
偶然にも陽向のクラスには運動音痴がほぼいなかったのでこんな結果になってしまった。
本当なら、運動では平均よりも少し悪いくらいだ。
「誰もいなくて走りやすいな。」
陽向は走りながら言う。
道の先の方を見ても、人が全く見えない。
一体どこへ行ったのだろうか。
陽向はそんな疑問を感じる。
「まさか、もう全員避難したってのか…?」
だとしたら、こちらの世界の避難訓練もあなどれないな、と陽向は思う。
余談だが、陽向は一度も避難訓練を真面目に受けたことがない。
不審者だろうと、火事だろうと、地震だろうと。
人間死ぬときは死ぬもんだ、という考えをもっていたからだ。
実際、陽向はもし元の世界にいたときに死んだとしても、悔いは残らないと感じていた。
今まで継続してやってきたこともないし、やりがいを感じていることもこれといってなかった。
生きている理由と言えば、死ぬ理由もないから。
ただそれだけだった。
「それにしてもランカーネってどういう地名だ?どう考えても日本っぽくないぞ。」
聞き慣れない地名に陽向は首を傾げる。
やはり、日本とは文化が異なるのだろうか。
日本どころか元の世界のどの国とも違う気がする陽向だった。
「だけど奇跡的に日本語が通じてる件について。」
マンガやアニメではタブーとされている疑問だが、真剣に考えてみると確かにそうだ。
「まあ大抵の場合、魔法か科学の力で済まされるんだろうけど。」
この世界の住人がこのセリフを聞いたらどう思うのか。
気になったので、陽向は今度訊いてみようと思った。