1‐1 目が覚めたら
「う、ううん…」
意識がもどり、少年は体を起こす。
その少年……陽向の体は日光によって照らされていた。
見上げれば、頭上には木の枝や葉が。
木に寝そべっていた、ということみたいだ。
魔法世界とは言うが、樹木は見慣れたものだった。
「うーん…」
陽向は腕を前に引き延ばし伸びをする。
寝起きすぐにやるあれだ。
「ふう……えーっと、こんなに明るいってことは朝?まさか朝になるまでここでずっと寝てたってこと?」
まだ眠そうな顔で陽向は言った。
そして陽向は自分の腕時計を見てみる。
PM 8:56
PMということは、夜の8時ということだ。
だが、辺りは日が昇っていて明るい。
少年は戸惑い、時計の正確さを疑った。
そして時間がわかるもうひとつのツールであるスマートフォンをとりだす。
電源を入れ、時間を確認すると、やはり20:56。
どうやら時計は正確だったようだ。
ということはつまり……
「時差半端ねぇな、ここ。」
時計が正確だとすれば、元の世界は午後9時頃。
しかし、こちらの世界は太陽が昇っていて、朝の9時頃くらいだ。
つまり12時間の時差がある、ということになる。
「それにしても、自然豊かでいいねえ。」
陽向が起き上がって眺めを見てみると、小さめだが草原が広がっていた。
都会暮らしの陽向からすれば、あまり見られない光景だ。
さすが、異世界。
遠くには街も見える。
「こんな光景見たの何年振りだろう……」
昔は何度か田舎の祖父母宅へ遊びに行っていた陽向だった。
その時にはよくこんな草原にも来た。
本当は陽向は自然が好きな少年だったのだ。
けれど、中学生高校生と歳を重ねるごとに田舎へは行かなくなった。
「ほんとに異世界にきちまったんだな…」
陽向は小声で言った。
こう見えて彼は、異世界の壮大な景色に興奮している。
「さてと、まずは王国騎士団を目指すんだっけ。」
陽向は銀髪少女のことを思い出す。
急に慌てて説明をされたわけだが、だいたい内容は覚えている。
王国騎士団のルカという者に会えばよい。
簡単なクエストだ。
「あの子はどこいったんだろ…」
そういえば、銀髪少女の名前すら聞いていなかった。
この世界の事ばかり聞きすぎて、彼女のことは何にも聞いていない。
「まあ、そのうち会えるべ。考えてても仕方ないか。」
陽向はそう言うと、足元に置いてあったリュックを片方の肩にかけ、街を目指して歩き出した。
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「やべー結構疲れた…」
陽向は姿勢を低くして嘆息する。
元々運動部ではなかったから、体力はそんなにない。
さっき見えた街まで来ただけで疲れてしまったみたいだ。
時計を見れば9:30。
30分程しか歩いていないはずなのだが。
「で、えーっと。」
街に入ったものの、どこに騎士団があるのやら。
西洋風の街並みを見渡しても全く見当がつかない。
せめて地図でもあればいいのだが。
「おお!!うわさをすれば!」
陽向は喜んだ。
道の反対側に矢印型をした看板の様なものを発見したからだ。
恐らく、矢印の先には様々な施設の名前が書いてあり、それぞれがどこにあるのか示しているのであろう。
RPGお馴染みのオブジェの一つ。
もしそこに、王国騎士団の表記があればクエストクリアにぐっと近づく。
これは一刻も早くあの看板の元まで行きたいところ。
だが、一つ問題があり陽向は顔をしかめる。
「どうやって向こうまで行けばいいの?」
道……というより車道は人力車や馬車のような物が通っている。
陽向のいる歩道から、反対側の歩道まで10m以上。
そんなに車は通っていないが、結構な距離だ。
このまま突っ切るのは危険だろう。
「ここは正当なやり方をせねば。」
元の世界で言う横断歩道のようなものを陽向は探し始めた。
だが、それらしいものは見当たらない。
「いてっ。」
突然、陽向の体はあらぬ方向に動かされる。
「おい坊主、ちゃんと周りみとけ。」
「あ、ごめんなさい。」
どうやら、人とぶつかったようだ。
随分と大柄な男性で陽向は肝を冷やすが、謝ったら満足そうに去っていった。
陽向は気づいていないが、実はこの世界でも日本語が通じるとわかった決定的瞬間でもあった。
「なんか、人が増えてきているような…」
男性とぶつかったことで、陽向は周りの様子を見返す。
街に入ったことで、人も多くなってきたようだ。
朝なので、通勤時間なのだろうか。
確かに、こんなに人がいればぶつかるのも仕方がないかもしれない。
「とりま、あっち行ってみっか。」
立ち止まっていると人々の邪魔になるので、陽向はとりあえず適当な方向に歩き始める。
ついでに横断歩道のような物を探してはみるが、それらしきものは中々見つからない。
「それにしても、綺麗な街だな……」
陽向は現在16歳の高校一年生だ。
まだ十代で、旅行でも留学でもヨーロッパに行ったことがない陽向からすれば、西洋の街並みは新鮮そのものだった。
「初めての親なしの国外旅行が異世界とか…」
まあ別に損することはないけど、と陽向は心の中で呟く。
もしかしたら、海外留学よりも良い勉強になるのではないだろうか。
帰れたら、の話だが。
「あーなるほど……そういう感じか。」
しばらく歩いて見ると、人々の真上に橋の様な物が見えた。
よく見てみると、橋へ上る階段の様なものもある。
陽向は納得したかのように声をだした。
「歩道橋ってやつ……だよね。」
そう、車道の上にある橋のような建物……それは歩道橋だとみて間違いない。
横断歩道がないかわりに歩道橋があるのも納得がいく。
「考えることは同じなんだな。」
陽向は感動気味に言った。
元の世界でも魔法世界でも歩道橋に出会えるとは思ってもみなかった。
人間考えることは同じ、を体感させる。
陽向はそんなことを思いながら少し急ぎ足で橋の真下まで歩き、階段まで到着する。
階段にもまばらに人が通っていた。
「異世界なんだけど、結構栄えている王国……かな?」
階段を上り始めながら陽向は言った。
さっきの通りもなかなか人が多かったし、建物なんかもかなり立派だった。
そんな点から自然と栄えている国と思わせたのであろう。
「見たところ、獣人や亜人のたぐいはいなかったな…」
少なくとも今まで見た限りでは獣人や亜人といったものはいなかった。
陽向は少し期待していた部分があったので楽しみが一つ減った感じだ。
猫耳や尻尾つきの人間を見てみたかった。
「お、出口だ。」
しばらく上ったところで、階段の出口が見えた。
出口からは外の光が漏れている。
やや、長めの階段だったので橋から見える景色が気になる陽向だった。
「おお!!」
橋は思ったよりも高いところにかかっており、そこから見える絶景に陽向は思わず歓声をあげる。
先程まで自分がいた通りの人々や馬車などがミニチュアのように小さく見えた。
遠くの方には城と思われる建築物や綺麗な山が見える。
この橋も立派で横幅は10m程ある。
「さっきよりも人が多いな…」
橋の上は通りに増して人が多い。
橋の奥を見るとずっと奥まで続いていることが分かった。
どうやら、ただの歩道橋ではないらしい。
この絶景をゆっくりと味わいたいところだが、そうもいかないようだ。
「す……すいません。通ります。」
陽向は反対側から歩いてくる人たちをよけながら進んでいく。
何度か東京まで友達といったことがあるので、人ごみを通るのはそれなりに得意な陽向だった。
「橋の上から騎士団見つけられたらよかったんだけどなあ…」
少年はボソッと呟く。
騎士団を探そうにも人が多すぎるし、騎士団と書かれている旗でもない限りどこに王国騎士団があるかわからない。
「もっと説明してもらうんだった…」
陽向は後悔する。
後悔しても仕方ないことは陽向も分かっているのだが。
「やっぱ人間は後悔しちまう生物なんだよな…」
しみじみと陽向は言った。
『人間は後悔する生物』
16年という人生がこの結果を導きだした。
まだまだ短い人生であるが。
「くっそ、ムシムシあつい…」
人は一向に減る様子がなく、熱気がすごい。
歩きっぱなしで疲れている陽向だが、生憎座れるような場所はない。
「早く騎士団見つけないと喉乾いて死にそう。」
まだそんなに喉が乾いていない陽向だったが、このペースでいけば、一時間後には喉がカラカラ状態になるだろう。
残念だが、リュックには飲み物はない。
「はあ……まずは少し疲れたし、休憩ポイントを探そう。」
少年はとりあえず休憩をとることに。
はたして陽向は夜になる前に騎士団を見つけることができるのだろうか。