夢。正夢。現実?
寝ていたはずの僕だがふっと意識が戻った。
「んー・・・・」
頭がぼーっとする。体が動かせない。これは金縛りというやつだろうか。今までの人生で金縛りというものになった事がないので少し興奮する。僕の物語に金縛りが追加だ。新登場だ。
「がは・・・ごほ・・・」
馬鹿な事を考えていると急に咽た。同時に意識も覚醒してきた。ここはどこだ。
白い天井。仕切りのカーテン。パイプ椅子も置いてある。
情報を纏めるとここは病院だろう。なぜ僕がこんな所にいるのかは分からない。体は相変わらず動かないが首は動く。自分の手が見えた。まるで老人のような細く皺だらけの手だった。足も見えた。足も同じような感じだ。なるほど。僕は老人になってしまったのか。
「ふぅ・・・・」
そんな訳があるかと思考する。つまりこれは夢だ。寝る前に将来の事を考えてしまったからこのような夢を見てしまったのだろう。神様も粋な計らいをしてくれる。
「皆葉さーーん。気分は大丈夫ですか?」
ふと声を掛けられそちらを向くと妙齢の女性が僕の隣に座っていた。昔は相当美人だったに違いない顔をしている。もしかしたら僕の未来のお嫁さんか。なるほど、僕も中々捨てたものではない。
「大丈夫さ。マイスイートハニー・・・ごほっ!えっほ!!」
カッコつけてそう呼ぶと、また咽てしまった。上手く声が出せない。残念老人の体。
「ふふ。ハニーって、医者の私の事ですか。ふふふ」
嫁かと思ったらどうやらお医者さんらしい。確かに白衣を着ているし。そもそも最初に皆葉さんと呼ばれたよね。嫁なら苗字で呼ぶなんてあり得ないし最初から分かってた分かってた。僕の人生に結婚なんてイベントは訪れないのだろう。残念だ。
そして嫁ではなくお医者さんのお話によると、僕は今夜が山らしい。山よりも海の方が好きだと言ったらどちらでも構わないですよといわれたので今夜が海にしてもらった。気分は海水浴だ。まぁ今夜死ぬ事には変わりないので気分的な問題。
「・・・・・・・」
しかし、待てども待てども夢から覚める気配がない。暇になってしまった。夢の中で暇になった経験など今までないので困ってしまう。キョロキョロとしていると一冊のノートが見えた。
「お医者さんお医者」
「はい。なんですか」
体が動かないのでお医者さんに本を取ってもらう。顔の前で広げてもらうとどうやら日記帳のようだ。
未来の夢の中の僕は日記を書いていた。これは読むしかない。宝くじの当たり番号とか書いてあったら買っちゃうよ。
しかしながら体が動かせないのでお医者さんに読んで頂く事にした。というよりこのお医者さんもいつまでこの部屋にいるのだろう。暇なのだろうか
「あらあら。この日記帳一年に一回しか書いてませんよ。どこから読めばよろしいですか」
呆れた。どんだけめんどくさがりなんだ僕は。365日に一回しか書かない日記なんて日記じゃなくて年記じゃないか。そんな日記に意味があるのか。とりあえず僕の皺だらけの手を見る限り僕は今80~90歳位の設定なのだろう。30歳位の僕はどうなだったのだろう。
「では、30歳の時の日記を読んでもらえますか。書いたのが何十年も前だから僕も覚えてないですけど」
「ふふふ。30歳の頃に皆葉さんですね。分かりました」
ゾクリ。
ふとその時、なにか空気のようなモノが変わったような気がしたが気にせず読んでもらう。
「題名僕の一日。
朝起きて会社に向かった。いつも通りの時間に会社に到着し、いつも通りの仕事をする。上司に怒られ書類を直す。直す直す直す。作る作る作る。いつの間にか仕事は終わっていた。家に帰ると時間は深夜になっている。テーブルに置いてあったチャーハンを温めずに食べお風呂に入って寝た。明日も同じ時間におきないと」
これが30歳の僕の日記もとい年記だそうだ。現在26歳の僕が書いても殆ど同じ内容になるんじゃないか思い少し苦笑。なんで30歳節目にこんな何もない日の日記を書くのか意味が分からないぞ僕。31歳の所も読んでもらった。チャーハンがかつ丼に変わっていたが殆ど同じ内容。32歳。33歳。34歳。35歳。テーブルに置いてあるご飯が変わっているだけ。36歳から少し変化があった。テーブルにおいてある料理がサラダやうどん等の消化に優しいものに変わっている。しかし45歳からテーブルに置いてある料理がなくなりコンビニ飯になっている・・・
46歳、47歳とお医者さんは読み続ける。ほぼ同じ内容の日記を無機質に。先ほどまでの優しい声色がなくなり機械のように淡々と日記を読み続ける。48歳。49歳。50歳。内容は変わらない。怖い怖い怖い怖い怖い怖い
51歳。52歳。53歳。54歳。55歳
朗読は止まらない。僕はもう聞きたくないのだが声も出ない。内容は変わらない。僕はひたすらコンビニのご飯を食べお風呂に入り眠り会社に行き上司に怒られる。
56歳。57歳。58歳
内容はまだ変わらない。この時点で僕は気づいていた。僕の人生に気づいていた。僕の人生はレールなのだ。未来が決まったレールを走る列車。それが僕。景色も何も変わらない。同じ所をぐるぐる回るだけ。僕には何もない。何も訪れない。何も掴めない。一年に一回しか書かない怠け者なのではなく本当に書く事がないのだ。しかし一年に一回は書くと決めた日記。それがこの日記の正体だ。
59歳。60歳・・・・
ここで無機質な機械のような朗読がピタリ止まり、お医者さんが日記を片手に僕を見下ろしてくる。
「つ・・続き・・・は」
何故ここで読むのを辞めたのか分からない。60歳と言えば僕の会社は定年退職を迎える年だ。ここから劇的な変化が僕に訪れてもおかしくない。何故朗読を辞めるのか。続けてくれ。夢を見させてくれ。僕にかかわるイベントを教えてくれ。60歳から僕はどうなるんだ。
お医者さんがポトリとノートをベットに落とした。それを僕はなんとか首を動かして覗き見る。60歳の僕が知りたい。60歳の僕。僕。僕。
「・・・・な・・!!」
驚いた。驚愕した。びっくりした。頭が回らない。ふと窓の外を見た。カラスが一匹窓に張り付いている。そのカラスと目があった。カラスは憐れむような蔑むような眼でニヤリと笑った気がした。そこで僕の意識は無くなった。