双子姉妹百合
よく似てないねって言われるけど、私はお姉ちゃんと似ていると思う。
双子だってこともあって、昔は見た目がそっくりだった。
でも、今や高校生、同じ高校に通ってるし制服も一緒なのに、髪型や髪飾り、化粧の仕方なんかで結構違って見える。私は昔から変わらず無造作ヘアのストレートだけど、お姉ちゃんは二つも髪飾りをつけて髪を分けている。
今も、私より早く起きたお姉ちゃんは髪飾りをつけている最中だった。
寝惚け眼を擦りながら私はその背中に声をかけた。
「んー……おはよ、お姉ちゃん」
「ん」
でもお姉ちゃんは忙しなく髪を触っていて私の言葉には生返事だ。
だから私は後ろから近付いて抱きしめた。
「お姉ちゃん好きー」
「ちょっと、触らないで」
やっぱり素っ気ない態度で、しかも肘鉄までしっかりプレゼントをもらってしまう。
どうもお姉ちゃんは照れ臭いらしくて、最近はこういうつんけんした態度が目立つのだ。
先に準備を終えたお姉ちゃんが部屋を出て行くと、私も軽く寝癖がないかの確認をしてから、遅れない程度に化粧はした。
私が準備を終える頃には既にお姉ちゃんは登校してて、同じ学校なのに、一緒に登校もしてくれない。
普段お姉ちゃんは私を避けている。近づいても朝みたいにつんけんして、嫌悪を示すのだ。
だから、お弁当を忘れたお姉ちゃんのために教室に行くと、露骨に嫌そうな顔で出迎えてくれる。
「おねえちゃーん、お弁当忘れたでしょ」
「……はいはい」
素っ気ない態度で私からそれを奪い取るみたいに受け取ると、すぐに背を向けてクラスメイトに向かう。
でもお姉ちゃんはクラスメイトには、私ほどじゃないけど打ち解けていて、その冷淡な態度が嘘だったみたいに笑顔を向けるから、クラスメイトが戸惑っているほどだ。
「もーお姉ちゃん冷たいー」
「ちょっとベタベタしないでよ」
また、私にはじろりと睨みつけて強引に腕で押しのける。まあ、人前でこんなベタベタ抱き付いたりするのがあんまりよくないっていうのも分かるけど。
私はお姉ちゃんが好きなんだ。それくらいは、行動で示したい。
授業が始まるってこともあって仕方なく私は教室に戻るけど、最後までお姉ちゃんは私に笑顔も見せてくれなかった。
昔はここまで酷くはなかった、というか私が今ほど姉べったりではなかった。
『私がお姉ちゃんなんだよ!』
『でも同い年じゃん!』
同族嫌悪とはちょっと違うかな、自分とほとんど同じ存在なのに、自分より偉そうで、社会的にも上位の立場っていうのが気に食わなかったんだと思う。
両親は基本的に同じように扱った。お菓子の量に、誕生日プレゼント、でも二人で遊ぶ時にお姉ちゃんはいつも偉そうだった。事あるごとに「芽衣は我慢。芽衣は後で」っていう風に、意地悪ばっかりしてきた。
……まあ、今もそんな感じだけど。
どうしたらお姉ちゃんが素直になってくれるか、私はそんなことを考える日々を送っていた。
家族四人での食事中なんかも、お姉ちゃんは相変わらずだ。
「唐揚げちょーだいっ!」
「ちょっと! 勝手に人のおかずに手を付けないでよ!」
「交換だって! 交換!」
そんなことを言って、食べかけのおかずを取ろうとするのだから、そりゃ普通は止めるかな?
「常識を疑うわよ…」
本気で正気を疑うような目でお姉ちゃんは睨みつけてくる。自分の妹に、半身といってもいい双子に向ける目ではないと思う。
実際、お父さんもお母さんも窘めるのはお姉ちゃんの方だ。
「ちょっとは芽衣ちゃんに優しくしたら?」
なんてフォローを入れてくれるけど、お姉ちゃんは態度悪く、ふんと吐き捨てて食事を続ける。反抗期みたいだ。
しばらく私とお姉ちゃんが仲良くしている姿を見せていないから、二人とも心配しているんだろう。
同じ学校で、二人だけの姉妹なのに、こんな風に噛み合わないやり取りを繰り返しているからだろう。
「……ごちそうさま」
一足先に食事を終えたお姉ちゃんは自分の部屋にこもってしまう。ああ、やれやれどうしたものかな。
「ごめんね芽衣ちゃん、あの子、難しい年頃だから」
本当に難しいなぁ、と私も小さく溜息を吐く。
「大丈夫だよお母さん、私、お姉ちゃんのこと好きだから」
お母さんを安心させるように、私は本心を告げ、次の作戦に出た。
お風呂はいつも私が最初で次がお姉ちゃん、そしてお父さんお母さんという順番で入る。
パジャマ姿でお姉ちゃんがお風呂に入るのを見届けて、シャワーの音が聞こえると私は早速服を脱いだ。
「お姉ちゃん! 体洗うよ!」
「はぁっ!? 何入って来てんの!」
お風呂の椅子に座っていたお姉ちゃんは、振り向きつつしっかり足を閉じて、手で胸を隠した。
「照れなくてもいいのに~」
「馬鹿っ!」
言語道断、とシャワーに手をかけたのを見て、私はすぐに後ずさった。
急いでお風呂のドアを閉めると、ジャーと水圧で擦りガラスを押す音。
「容赦ないなぁ…」
「次入って来たら怒るよ!」
もう怒ってんじゃん、ということは言わず私は諦めて退散した。
双子が似ているってなんだろう、と私は考えることがある。
外見なんて別に他人でも似せられるし、遺伝子とかなら兄弟や親子だって近いものだ。
結局人間なんて、恋人だろうと家族だろうと友達だろうと、そういう区別は些細なものなんじゃないかなぁ、って思う。
それでも、どうしようもなく私にはお姉ちゃんが特別な存在。
そしてお姉ちゃんにとっても、私は。
「……芽衣」
暗くなった部屋で、もじもじと恥ずかしそうなお姉ちゃんが体を寄せた。
「なあに、お姉ちゃん?」
背中から腕を回してくるお姉ちゃんに、私は振り向かず、優しい声音をかけた。
一つの布団の中で密着する体は季節も構わず体温をあげる。けれどそれを厭わずに後ろ手で髪を梳く。
「……今日、ごめんね?」
太陽が沈み星が空に浮かぶと、お姉ちゃんは別人になってしまうのかもしれない、なんてことを毎日のように思う。
人前では、友達にも、親にも、決して見せない遥かに幼い姿を、この時間の私にだけはお姉ちゃんは見せてくれる。
「怒ってないよ……いつも言ってるでしょ? お姉ちゃんのこと、大好きだって」
「……でも今日も酷い事いっぱい言っちゃった……冷たくしちゃった……」
私を抱く腕の力が一段と強まる。そして、背中が熱く濡れた。
「ほらほら、そんなことで泣かないで。大丈夫だって、お姉ちゃんのこと好きだもん。で、お姉ちゃんが私のことを大好きだってこともよ~く知ってるから、全然嫌じゃないんだ」
「うん……でも……」
私はぐるっと寝返って、真正面からお姉ちゃんを抱きしめ返した。
「そ、れ、よ、り~。お弁当わざと忘れたでしょ?」
「あっ、それは、その」
「会いたいのに冷たく追っ払われちゃって、私も悲しいな~」
およよ、と泣く素振りを見せると、慌てたお姉ちゃんがどう励まそうかって頭を撫でてくる。
私もこうされるのが好きだ。弱って、可愛いお姉ちゃんだけど、私もちょっと甘えたいところがある。
こうされているとお姉ちゃんに大事にされているんだって気がして、嬉しいんだ。
「ねえ芽衣……」
「ん、なに?」
返事も待たず、またお姉ちゃんは私の胸に飛び込むみたいに顔を埋めた。
「麻衣って、呼んで」
「……ああ、うん」
直接伝わってくる麻衣の逸る鼓動をなだめるみたいに背中をさすりながら、私は耳元に口をつけた。
「麻衣……好きだよ……大好きだよ……」
徐々に微睡んで、ぼやけていって、麻衣は返事を数回繰り返すだけですぐに眠ってしまう。
そして私は、腕の中に麻衣を感じながら私はいつも思うのだ。
麻衣はどちらが本当の姿なのか。今ここにいる麻衣と普段のお姉ちゃんは同じ人なんだろうか。
私はどっちの麻衣も大好きなのに、普段の麻衣は私のことを愛してないんじゃないだろうか。
けれど私は信じている。
双子だから気持ちはきっと同じなんだ。
似てないって言われても、お姉ちゃんと私の気持ちは同じなんだ。