なんてことない私の日常
「隊長、隊長。起きて下さい」
がくがく、ゆさゆさ、会議室のソファーに身を沈めて、腕で目を隠して眠る人の体を揺する。
早く起きろよ、なんてことは言えない。
だって上司だから。
「起きてる起きてる」
だから揺らさないで、と掠れた声が聞こえて、直ぐにその体から手を離す。
のっそりとクマみたいにのんびり動いて、その目元から腕を避けた私の上司は、ガシガシと頭を掻く。
三人がけのソファーでは長さが足りなかったらしく、体が固まったとかで伸びをしている。
ついでに犬歯むき出しの大アクビも。
「そろそろだっけ……?」
「いえ。まだ時間はありますけど」
背筋を伸ばして答えれば、えぇ?と眉を寄せた上司。
部屋の時計を見てまだ寝れるじゃん、みたいなことを言っていたが、聞かなかったことにする。
こんなんでも私の上司であり、一つの部隊をまとめ上げる隊長なのだ……一応。
「寝起きで行かれると面倒なので」
はっきり言ってしまおう、と吐き捨てた言葉に、あー、と唸る上司。
時計を見ながら「でも早くね?」と言われたけれど、少しは働いて欲しい。
現場主義だか知らないが、私の上司は書類仕事をほとんどしない。
積み上げられた書類はいつでも上手くバランスを取っているが、ちょっとぶつかっただけで雪崩を起こす。
デスクの上では仕事の出来ない状態っていうのは、ああいうのを言うんだと納得したものだ。
「起きたなら軽く書類を片付けてから……」
ソファーの上にあぐらをかいた状態で私を見上げる上司に、仕事をしてくれ、と言おうとした瞬間に、バタバタと忙しない足音が聞こえてくる。
言葉を止めた私を見て、私も上司を見て、二人で扉の方へと視線を向けた。
二人揃って訝しむように顔を顰めた時、不躾といっていいほど勢い良く開け放たれる扉。
あまりにも勢いが強過ぎて、外れんばかりに扉が壁にぶつかっていた。
どうしてうちの部隊の人間は、こう……。
ぶちぶちと心の中で文句を漏らしていると、入ってきた人物は、私と上司を見て姿勢を正す。
ビッと伸びた背筋を見て、上司が「何」と一言。
先程の緩い雰囲気はない。
「出撃が早まって……先行していた部隊が……」
上手く言葉をまとめられない部下を見て、上司はソファーから立ち上がる。
あぁ、今日もあの積み上げられた書類は片付かないらしい。
寝てる暇があったら片付けて欲しかった。
短く息を吐いて、襟元に輝くバッジを撫でる。
「行くぞ」と完全に覚醒したらしい上司は、スタスタと扉に向かっていた。
私も私で大股で追い掛ける。
今日も血生臭い、硝煙臭い場所で、同じようにあの上司の――隊長の背中を見るのだろう。
見飽きましたよ、なんて言えば、じゃあ前行くか?なんて言われるだけなのを知っている。
「帰ったら書類、片付けて下さいね」
「え、それは……」
さて、生きて帰ろうか。