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アカシャで君と語り明かそう  作者: ごんべー
Sequence.1「君を覚えていない世界」
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2.秩序

story.2

「秩序」



 ひどい吐き気と目眩が途端に襲いかかってきた。身体の内側から全力で殴られたかのような不快な感覚と悪寒が一気に全身を駆けめぐる。

「っ……うっ……おぇ……。はぁ、はぁ、何なんだよ……、一体……」

 喉元までせり上がってくる朝食だったものをもう一度喉奥まで押し込んでゆっくりと目を開くと、そこはもう少女の家などではなく誰も居ない無人の街だった。

「空間転移の聖術です。正確に言えば聖術の特性である正の力を使って、街と私との距離を無くしたんですが初めての人にはよくある、転移酔い、というやつです」

「理屈はよく分かったから、黙っててくれ。まだ頭がガンガンするんだ」

 煉瓦と石畳の街。この街を一言で言い表すならば正にそれだ。しかし、煉瓦で出来ている家のほとんどは崩れ去り瓦礫となっていて、石畳の道路は何か巨大な力で穿たれたかのような痕がいくつもあった。より、正確にこの街の事を表現するならば、それは「廃墟」という言葉以外の何物でもない。

「これが、街……? ただの廃墟じゃないか」

「ここは街のポータルです。戦争中ですからね。どの街もいつ侵略されてもおかしくないですから。こうやって気休め程度の結界を張って街を隠しているんですよ。まぁ、私にはこんなもの無いのと同じですけど」

「戦争中って、一体誰と誰が戦ってるんだ?」

「誰と、誰。昔は人間と魔族、という体だったのでしょうけど今ではそんな境界も曖昧です。人間に統率されている魔族いれば、魔族の支配下に居る人間も居ますから。ただ、いまこの世界を統一しようと企んでいる者の中でも有力なのはやはり『剣聖-エルドラド』と『魔僧-キルケゴール』でしょうか」

 その2つの名前を聞いても、やはり聞き覚えは無かった。ただ、ひどく懐かしい響きのように感じる。ずっと昔に聞いたことがあるような気がするのだ。だが、それも錯覚なのだろう。恐らくこの世界では有名な名前だからたまたま記憶しているだけだ。

「つまりは群雄割拠ってやつなのか? んでその中でも特に強いのがさっきの2人ってわけだ」

「そうなりますね……。エルドラドは人間族の中でも特殊な力を持って生まれた上位ヒエラルキーの『亜人』で、キルケゴールは魔族の中でも破格の力を持っている『魔神』です。まぁ、勢力なんて言うのはいつどう変わってもおかしくないですから。彼らが次の日には死んで、彼らの国の領土が別の国の領土に変わっても不思議ではないんですけど」

 領土争いに、戦争。その2つの言葉を聞いても全く現実感が沸かなかった。もしかしたら、俺はその戦争の中で傷つき、あの森に辿り着いたのかも知れないが、それでも思い出せない。 

 いや、思い出せないというよりは元から無かった、と言われたほうがまだしっくりくる。あの時目が覚めた瞬間に、傷だらけでお前は生まれたのだ、と言われたほうがまだ実感が湧くのだ。

「さて、立ち話もこれぐらいにして、そろそろ街に入りましょうか」 

「街に入るって、またあの聖術とかっていやつを使うのか?」

「いえ、今度は呪術ですね。軍隊のような大勢が結界を破るためには大規模な呪術でこの街の結界をまるごと破る必要があるんですが、私とあなたの2人程度なら少し穴を開けるだけですみますよ」

「さっきみたいな事はないだろうな……」

 俺は思わず身構えてしまった。正直さっきの術は強烈だった。大分よくなったとはいえまだ足元がふらつくような視界が揺れているような気持ち悪い感覚が消えてくれない。二度と体験したくないが、帰りもあれを使うのかと思うと気が滅入る。この少女はよく平気なものだ。

「大丈夫ですよ。今度のは小細工みたいな物です。ではまた私の手を握って下さい。さっきみたいに暴れないでくださいよ。大変だったんですから。手を離すと手元が狂ってあなたに穴が空くかもしれませんので」

「あんまり脅すなよ……。寒気がしてくるから」

 少女からしてみれば淡々と事実を述べているだけなのだろうが、俺にしてみれば悪魔の脅迫のようにしか聞こえない。無表情で語るものだから余計恐ろしく感じてしまう。

『邪悪なる魔性よ、我が名により呼び起こせ

 唱えるは滅却、聖なる壁を無に、障壁を融解

 消滅魔法(lost)結界切断(cutSquare)展開(Release)

 瞬間、廃墟だった街が喧騒で埋め尽くされる広場に変わっていた。瞬きの暇すら無かった。それぐらいの刹那の間にさっきまでの瓦礫の街が嘘のように人で溢れかえる大都市の広場に変貌してしまっていた。

 穴が開いて、そこをくぐり抜けたなどと生易しい変化ではない。夢から覚めて急に現実に引き戻されたかのような衝撃的な変化だ。

 この世界では当たり前のことなのだろうが、待ちゆく人々は突然現れたはずの俺達のことなど気にもとめていない。

 よく見れば広場を歩く人々の足元に突然魔法陣が現れ、その姿を消したかと思えば、次の瞬間には地面に魔法陣が現れて全く別の人間が姿を現して人混みの中に加わっていく。

 俺にとっては奇妙な光景に見えたが、それがこの世界の常識なのだと無理矢理頭を納得させる。少なくとも記憶を失う前の俺にしてみれば当たり前の光景に違いないはずなのに、目の前の現実にひどく違和感を覚える。

 そうまるで夢を見ているかのような曖昧さと、あやふやさだ。さっきの転移にしろ結界にしろまるで現実味がない。そう、こんな常識とは全く違う世界で生きていたかのような気さえする。

 そんな考え事をしていると聞き捨てならない言葉が俺の隣で聞こえた。 

「なんとか無事に入り込めたようですね。本来なら認証術式(タグ)を唱えなければ最悪憲兵に捕まってしまうのですが、今回はうまくいったようです」

 捕まるなんて穏やかじゃない、呆けていた頭が急に覚めた。何を言ってるんだ、この少女は。大人しそうな顔をして実は危ない奴なのかもしれない。

「ちょ、ちょっと待て! そんな危ない事しなきゃ入れないのか、街っていうのは」

「そもそも普通の人間は同盟国でもなければ街から外に出ようなんて思いませんし、同盟国の人間なら認証術式(タグ)は配布されますから問題ないですし、商人みたいな人間はギルドからの正式な術式で街に入れるんですが、私のように、特定の国に属さない者は不法侵入するしかないんですよね。大丈夫ですよ、そういう人たちって結構いますから。特にこういう大都市では」

「そうかい……って、待てよ……、その認証術式(タグ)ってのを俺が持っていれば少なくとも、俺がどこの国に属しているか分かるはずだよな」

「ああ、それは恐らく無理ですよ。術式は全て脳に焼き付けるんです。それは認証術式(タグ)も例外ではありません。国ごとによって定期的に配られる術式を脳に焼き付けて記憶するんです。これは術式全般に言える事なんですけどね。ですから術者が優れているかどうかというのは、脳がどれだけ術式を記憶する負荷に耐えられるか、という一点につきます。ですから、記憶喪失なんて事になったら、覚えていた術式の大半も全て白紙の状態に戻ったという事でしょうね。もちろん、認証術式(タグ)も」

「それ、凄く残念なお知らせだな。俺、この世界で生きていけるのかな……」

 手がかりが見つかったと思ったのだが、やはりそう上手くはいかない。聖術や呪術の事についても全くわからないし、俺がどれくらいその術式を覚えていたのかも分からない。考えれば考える程自分がこの世界の異物なのではないかと勘繰ってしまう。

「そうがっかりする事もありませんよ。ゆっくり、少しずつ思い出していけばいいのですから。ここは大陸の中でも有数の大都市『エルファウム』ですから、知っている景色もあるかもしれませんよ」

 そういうと少女は俺の手を引いて歩き始めた。何の根拠もない言葉だが、今は少女の言葉が励みになった。確かに、まだそう悲観することもない。記憶を失って昨日の今日だ。焦らずにまずはこの世界の事を覚えなおさなければ。

「んで、いったい君はどこに向かおうとしているんだ?」

「言ったでしょう。この世界の残酷さを教えてあげますって。それが一番よく分かる場所に行くんですよ」

 そう言うと少女は俺の手を引っ張って人混みの中をかきわけていく。広場のような場所から大通りに出ると、そこも人でごった返していた。

 人、人、人。無造作に歩いているように見えて、人々は見えない線でもあるかのように整然と歩いている。無秩序に点在しているかに見える露天も実は一定間隔で並んでいる。それは奇妙な光景のようでいて当たり前の事なのだろう。混濁しているからこそ、どこか秩序めいていなければきっと成り立たないのだ。

 煉瓦造りの建物と、石畳で舗装された一見綺麗な街並みと、道行く人々が活気にあふれている素晴らしい街。第一印象はそんな感じ。結界を破る前の廃墟同然だった街並みを復元して人を大量に歩かせたらこんな

風な街になるのだろう。

 ぱっと見は俺と同じ人間っぽい人が多いけど、中には明らかに獣が二足歩行始めました風な奴らもいるし

人間たちに混じって妖精のような奴らまでいる。

 そして中には少女の様に目深にフードを被り道の端っこをおどおど歩く不審者風の奴も何人か見つけた。

「な、なぁ。一体この街は何なんだ? 明らかに俺達とは違うような人間がいるんだが……」

「この街はキルケゴール領の街ですからね。高位な魔族の方々も多いんですよ。ああいった人間型の魔族は力が強いから珍しいんですが、ここはキルケゴール領の首都『グレイブシュタイン』に次ぐ大都市ですからああいった方々も多いんです」

「でも普通に人間もいるんだけど……。ああいう奴らは人間なのに魔族のキルケゴールに味方している奴らってことか?」

「そういう人間も多いですよ。人間族以外を排斥するエルドラドと違ってキルケゴールは全種族を平等に扱いますからね。それに行商人の方もいますし、両国以外の人間も少ないですがいると思います。今はエルドラド領とキルケゴール領は緊張状態にありますから、観光客がいないのでまだ人は少ないほうかもしれませんね」

「これでも少ないって、どういうことなんだ……」

 人混みをかきわけて進むこと数十分。大通りの道を右に曲がったり左に曲がったりして、少しずつ人が少なくなっていって、路地に入り込んだ頃にはまだ日が高いのにどこか薄暗い陰気な場所まで来てしまっていた。

 今いる行き止まりの場所に来るまで路地に入ってから人には出会わなかった。入ったら二度と出て来られない迷路を想像させる狭苦しい道からはさっきまでの喧騒が全く聞こえない。

「なんだか、別世界だな、ここは」

「ええ、別世界ですよ。ここは。人よけの結界と幻惑の呪術が重ねがけされていますからね。あの大通りにいる大半の人間は関わりあわない世界でしょう」

「で、こんな怪し気な場所まで連れてきて何があるんだ? どうみても行き止まりなんだが」

 少女はここまでくるのに全く迷いがなかった。全ての動作が手馴れている。薄幸の美少女といった体の少女だがどこか危険の匂いがするのも確かだった。

 彼女にはああいった陽の光の下にいるよりも、こういった裏路地の方が似合っているような気がするのだ。それは俺の想像でしかないし、命の恩人に対して失礼な感想かもしれない。

 だけど、明らかにこの場所は異常だ。そしてその異常を何とも思っていないこの少女もやはり何かしらの異常を抱えているのだろう。

「すぐに分かりますよ。すぐにね……」

『聖なる名よ、我が命にて呼び覚ませ

言霊を介し、認識し、その鍵を開け

解錠魔法(unlock)暗号認識(password)展開(evals)

 少女が呪文を唱えると、目の前の、のっぺりとした壁に扉が現れた。少女は何の躊躇いもなくその扉を

開け、俺はそれに着いて行くしかない。

 扉の先にはまた廃墟の街が広がっていた。だけど、昼の筈なのに空は暗くまるで夜みたいだ。

 そしてその暗い街は異様な熱気に包まれている。

「そら、買った買った! 質のいい魔力をためた妖精族のピクシーだ! 今なら30万ルードで売ってるよ!」

 瓶の中で力なく項垂れている妖精が売られている。

「こちらの女エルフはですねぇ、なんと処女なんですよ。初物ですから、一から調教できますよ。あなたの奴隷をあなた色に染めれますよ。お値段は50万ルードからでございます」

 絶望的な顔をして今にも泣きそうな顔の年端もいかない少女が売られている。

「どうだい、兄さん。うちは質のいい奴隷が揃ってるから、ひと目でいいから見ていきなよ。損はさせねぇぜ。儀式用のピクシーから性奴隷用のエルフまで、ありとあらゆる奴隷が揃ってるからなぁ!」

 少女に言われるまでもない。ここは奴隷市場だ。人々の顔は2つしかない。怯えて絶望に染まった顔と、下卑た欲望に満ちた支配者の顔。その2つだけがこの場所の全てで、それしかない。

 その2つの感情だけがここに存在していた。そう人は多くない。ここから遠くに人はが居るようには見えないから一部の人間達がここに密集しているのだ。

「この世界の奴隷は、ほとんどが私のようなエルフ族か、妖精族しかいないんです。人間族や魔族の奴隷もいますがそのような奴隷は希少ですね。この世界はエルフ族と妖精族を虐げるようにできているのですから。私達を剥奪され差別され、軽蔑され、軽んじられる。食物連鎖の最下層に位置する種族なんですよ。私達はエルフに生まれというだけで、生きていく権利を失うんです」

 覚めた声だ。感情の無い、義務的な説明口調で淡々と少女は事実を口にする。俺はこの世界の事はよく分からない。だから、そんな事を言われたってどうしようもない。

 ただ、この不当な扱いを受け、陵辱され、いいように弄ばれるだろう彼女たちを解放したいと、そう思うことしかできない。

 まだ出会ったこともない彼女たちが理不尽な目にあうことがどうしてか耐えられない。この感情がただの良心なのか、おこがましい使命感なのかは分からない。ただ、彼女たちが不当な扱いを受けている現実が許せない事だけは確かだ。

「こんな場所、よく来たな。アンタがエルフだってバレたら大変なんじゃないのか」

「そうですね。大変です。ですけど、大丈夫ですよ。あなたを市場の人間に売ったらすぐに退散しますから。こんな薄汚れた低俗な場所からは」

「は……?」

呪術(Curse)-高速詠唱(notspell)-拘束命令(Bind)!』

 少女が何を言ったのか理解する間もなく俺は手足を見えない何かで拘束され、少女に跪いていた。

「ふふふっ。良かったです、最後までバレなくて。人間って高く売れるから、逃したら大変でした」

 そう言って笑う少女に先ほどまでの面影はない。

 俺を見下すその顔は幸薄そうな弱者の顔ではなく、この地獄を闊歩する亡者達の顔をしていた。

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