覚醒
初投稿です。エタらないよう頑張ろうと思うので物好きな方は見てやって下さい
Story.∞
「覚醒」
「はじめまして。それともおはよう、というのが相応しいかな」
目が覚めると、俺の視界に飛び込んできたのは生意気そうな少女の顔だった。幼さを多分に残している顔に、取ってつけたように眼鏡をかけている様は、背伸びをして大人ぶっている子どものようだ。
艶やかな漆黒の髪に、紅い瞳。日焼けというよりはそれが少女本来の肌だと思わせるような褐色の肌は彼女の着ている純白の制服によく映えていた。燕尾服のようだが、袖はなく涼し気だ。
黒いミニスカートに、ニーソックス。蠱惑的な格好をして俺の身体に馬乗りになっているのに少女からは色気というものがまるで感じられなかった。
際どい服を着ているはずなのに起伏のない体のせいか、何もかも平坦で見るべきところがないのだ。いや、むしろ目のやり場に困るということがなくて助かるのかもしれないが。
「いや、ようこそと言った方がいいのかもしれない。でなければ、そうだな――」
少し少女から視線を外すと、どうやらここが図書館である事が分かった。天井は見えないほど高く、フロアを繋ぐ階段が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。少女の背後にも無数の本棚が、ある場所は整然と、ある場所は雑然と並んでいた。
「お帰り、と言ったほうが相応しいのだろう」
しかし、一番目につくのは空中に浮いている巨大な時計だ。異様で、異質で、異物のようなその時計はまるでこの空間を支配している主であるかのように、悠々と、浮遊していた。
「俺はこんな場所に来るのは初めてだし、お前とも初対面の筈なんだが」
「初めて、か。ここは誰にとっても初めての場所だし、懐かしい思い出の場所でもある。君にとって私は愛しい家族のようでもあるし、全く知らないアカの他人でもある。ここはそういう場所で、私はそういう存在なんだ。ただ、一つ分かっているのは君がこの場所に来る初めての生きた人類だという事だけさ。それ以外の事なんて、どうでもいいことだろう?」
少女の言っている事はただの言葉遊びだ。なのに、頭の中に染みこむように、少女の言葉は俺の思考力を奪っていた。自分が何者であるかも、少女が何者で、ここが何処であるかもどうでもいい。ただ、俺がここに存在しているという事だけが重要な事実なのだ。
「どうでもいい……か。それも、そうだな。だけど、俺はここに何をしに来たんだ……?」
身体に力が入らなかった。すぐにでも少女を押しのけたいのに、身体が麻痺しているみたいに身体が自由にならない。まるで自分の心だけが入れ物に入っているかのような不快な感覚だ。自分の身体は確かにあるはずなのに、自分の身体を感じることができない。
身体と脳の接続が切れてしまったかのように、感覚が亡い。神経を剥ぎ取られてしまったかのように今の自分は空っぽで、虚ろだ。
気を抜くと自分の体がどこにあるのかさえ忘れてしまいそうだった。さっきまで馬乗りになっていた少女の温もりも、今はもうない。少女が自分の身体に乗っていることさえ分からなくなりそうだ。だけど、少女は変わらずに俺の身体にのって、その生意気そうな目で俺の事を見下ろしている。
「そんな事は、今から見つければいい。そうだろう? 時間はいくらでもあるんだから」
目の前の少女がぐにゃり、と歪んだように見えた。少しずつ視野が狭くなって、少女以外の背景が黒く塗りつぶされたように見えなくなっていった。
耳が痛くなるほどの静寂の中で、少女の声だけが頭の中で反響している。
「う……、あ……」
「なんだ、声も出なくなったのか、情けない。まぁ、いい。すぐに慣れるさ」
やがて、全てが黒く塗りつぶされた。自分の思考も、視界も、感覚も、「自分」という人間の全てが黒く、黒く塗りつぶされてしまった。
「それじゃあ、おやすみ。次に目が覚める場所が、君にとって素晴らしい世界である事を祈るよ」
その少女の声が聞こえて、俺の意識は完全に無くなった。深い海に沈むように、俺は静かに、ゆっくりと、死んでいくように眠りに着いた……。