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魔導人形物語〜左手の薬指にはあなたの指輪を〜  作者: 一花カナウ
 第一章 ミストレスとは呼ばせない
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姉と妹と幼なじみと

 ローズ家の屋敷が見えてきたところで、リーフはあることに気付いて立ち止まる。


(やべ。スピリアに会うわけにはいかないよな)


 プリムは急に立ち止まったリーフを訝しげに見つめる。


「どうかしたの?」


「お前、ここからならもう帰れるよな?」


「ん? そりゃ帰れるけど……。うちに上がっていったら? 少し温まった方が――」


「いや、スピリアに会いたくないんだ」


 リーフは首を小さく横に振ると身体の向きを変える。


「なんで?」


 確かにリーフはここのところ屋敷に顔を出していなかった。だから自分から工房に行くことが多かったのだということをプリムは思い出す。


 素直に不思議がるプリムに、リーフは苦い顔をした。


「――振った女の顔を見られるかよ」


「ふぇ?」


 ぼそっと呟かれたリーフの返事に、プリムはきょとんとする。


(リーフ君がお姉ちゃんを振った? え? どうして? お似合いだと思うんだけど)


 プリムがリーフと幼馴染みであるように、スピリアにとってもリーフとの付き合いは長く、プリムが生まれる前から親しくしていたはずだ。現在傀儡師としてその力や研究が認められているスピリアと、若いながらも人形職人としてその才能を認められているリーフ。その二人が付き合うのならちょうど良いとプリムは思っていた。


「――とにかく、そういう事情があるんで俺はここで。気をつけて帰れよな」


 そう言い捨てるなり、リーフは来た道を走って去ってしまう。


 プリムはそれ以上の言葉をかけることができず、しばらく彼が消えていった方向を眺め、そして自分もまた屋敷へと駆けた。


 玄関は薄暗かった。扉を開けて中に入ると、すぐに床に水溜りが生じた。


「ただいま帰りました!」


 屋敷の奥に向かってプリムが叫ぶ。ずぶ濡れのまま屋敷内をうろついたらあちこちに水溜りが出来てしまう。その前にある程度水分を飛ばしておきたい。スピリアに声が届いていれば、彼女が使役する使用人型魔導人形が身体を拭くものを用意してくれるはずだ。


(あれ? 反応が遅いな)


 もう一度声を掛けてみようかと思ったとき、二階の方から角灯の明かりが見えてきた。


「お帰りなさい。プリム」


 出てきたのは姉のスピリアだった。彼女にしては珍しく研究中に好んで着ている黒い上着を羽織っていない。二階の寝室に居たらしいスピリアの髪に、街路樹から飛び散ったとしか思えない木の葉が何故か付着している。


「ただいま。――お姉ちゃん、研究室にこもっていたんじゃなかったの?」


 スピリアの研究室は地下にある。二階から現れたということは、彼女は研究室ではなく自分の寝室にいたと考えるのが自然だ。


「あぁ、うん。部屋に本を取りに戻ったんだけど、そしたらプリムの声が聞こえたから」


 いつもどおりのにこやかな笑顔をスピリアは向ける。しかしプリムはその返事に違和感を覚える。


「そう。――ところでお姉ちゃん、外に出た?」


「え? どうして?」


「髪に葉っぱがついているけど」


 こめかみの上辺りに付着していると手で示してプリムは教える。


「わたしの部屋、雨戸を閉めていなかったからさっき閉めたの。きっとそのときについたのね」


 言われたところに手を触れると確かにそこには木の葉があった。スピリアはわずかに表情を歪めたが、なおも笑顔を続けている。


(ま、いっか)


 そこに綿織物を持った使用人型魔導人形がやってくる。差し出された乾いた綿織物を受け取って、プリムは重くなった上着を脱ぐと長い髪を拭き始める。


「そんなところにいつまでも立っていないで、身体が冷え切らないうちに風呂に入りなさい。準備しておくから」


「はーい」


 肩に乗っておとなしくしていたディルを丁寧にぬぐいながらプリムが応えると、スピリアは風呂のある場所へと消えていく。


(お姉ちゃんにはいつも迷惑をかけっぱなしだな……)


 スピリアが風呂の支度に出て行ってしまったことに感謝しつつもプリムは誓う。


(――だけど、いつまでも甘えていてはいけないわ。ごめんね、お姉ちゃん。あたし、この屋敷を出るよ)


 決意を固めると、明日の予定を考えながら風呂に向かった。

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