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魔導人形物語〜左手の薬指にはあなたの指輪を〜  作者: 一花カナウ
 第五章 魔導人形が生まれた場所
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覗き見だなんて人が悪い

 同じ頃、ウィルドラドのローズ邸。


 地下にあるスピリアの研究室に光が灯っている。


(なるほど。やっぱりそういうことなのね)


 操作中の魔導人形から意識を自分の身体に戻す。スピリアは疲れた身体を大きく伸びをしてほぐした。


(さすがにギューフェオーまで追いかけるのは厳しいわね)


 扉が開き、使用人の代わりに使役している魔導人形が紅茶を注いだ碗を持って入ってくる。これもスピリアが操作していた。


「ありがと」


 持ってきた碗を受け取って一口すする。温かな紅茶が身体に染み渡っていくのがわかる。


「あぁ、生き返るわ」


 プリムとリーフの会話を聞き取るために集中していたスピリアは、しばらくぶりに自分の身体を動かしてほっとする。生きているという実感を得るには食べたり飲んだりするに限るなとしみじみ思っていた。


(さて、このままあの二人をいちゃつかせたままにしておくのは問題よね)


 魔術書やら雑記帳を開きっぱなしにしたままの机の空いている場所に碗を置くと、スピリアは腕を組んで考え込む。


(このまま放置していれば、やがてリーフの呪縛は解けるでしょう。それはそれで構わないけど、わたしの計画としては問題があるのよ。どうにかして彼を……)


「!」


 急に感覚がおかしくなる。痛みが走ったのだが、身体に異変はない。


「な、何?」


 慌てるスピリアであったが、その異変が何に起因するものなのかようやくわかって意識を集中させる。


『あなたが黒幕ですか?』


 声が聞こえてきた。


(この声は……)


 スピリアの視界に魔導人形の視界が重なる。ギューフェオーに飛ばした小型の人形の視界に映っているものに、スピリアは驚愕した。


「な!」


『覗き見だなんて人が悪い』


 視界に映りこんでいたのは真っ黒い人形。狼のような姿をした魔導人形が喋っているのだった。


「あなた、ミール=クリサンセマムですね!」


『そういうあなたはスピリア=ローズさんですね?』


(まさか、こんなところで! あの男に計画を邪魔されるわけには)


 スピリアは焦っていた。魔導人形協会会長に見つかったとなれば、計画の見直しどころか自分の身が危うい。ここを何とか切り抜けねば、明日が来ないかもしれなかった。


「そ……そうですが、それが? 妹が無事かどうか見守っていて何かおかしいところでもあります?」


 とにかくシラを切ることにした。証拠はすべて燃やしたはずであり、リーフの記憶にことの顛末についてが残っていたとしても、彼は簡単にその事実を他言したりしないはず。それならば簡単に尻尾を捕まれることもあるまい、スピリアは瞬時に判断した。


 その反応に対し、狼の人形は小さく笑う。


『私を敵に回すつもりで?』


 低い声で脅すように呟かれた台詞に、スピリアは背筋を凍らせる。


「敵に回すなんてとんでもない。事実を述べただけですわ」


『そうでしょうか?』


 なおも黒い狼は食い下がる。スピリアの鼓動はどんどん早くなる。


(あの男の本体はどこ?)


 ミール本人の姿が見えないことが気に掛かる。彼は今、どこで何をしているのか。それがわかるだけでも対策を立てやすいというのに、とスピリアは人形の操作にさらに集中する。


「他に何があるというのです?」


『リーフ=バズを眺めていたんじゃないかと思いまして。興味があるでしょう? 人間の人形化には』


(ここは慎重に答えねば……)


 これは鎌をかけてきているのだとスピリアは判断した。自分がどんなことを研究の主題に据えているのか、ミールは知っている。それゆえの問いなのだとわかっていた。


「彼がその状態であると、あなたは考えていらっしゃるのですか?」


 問いを問いで返して自分から話題が離れるように仕向ける。うまくすれば相手の持つ自分の知らない情報を引き出せるかもしれない。これは賭けだ。


『さぁね』


 スピリアの問いに対し、ミールははぐらかすことを選択する。黒い狼はくるりと身体の向きを変えた。


「ど、どちらへ?」


『これでも私は多忙でしてね。あなたからこれだけの情報を手に入れられたなら充分ですよ』


(なんですって?)


 スピリアの鼓動はますます早くなる。何か失敗を犯しただろうか。気付いていない間違いを犯しただろうか。


『またどこかでお会いしましょう、スピリアさん』


 黒い狼の背を眺め、完全に見えなくなるのを待つとスピリアは意識を自分の身体に戻した。とたんにじっとりと身体にまとわりつく衣服の感覚がやってくる。全身から汗が吹き出ていた。


「は……はははは」


(まさか、ばれるわけがない。そうよ、ばれるわけがないわ)


 ようやく鼓動が正常になってくる。


(証拠はない。もうあの魔術を使う必要はないんだから)


 そう思うと顔がにやけてくる。普段の表情を作ろうとしても、湧き上がる高揚感で口元が自然と上がってしまう。


「いいことを思いついたわ」


 机の上に転がしていた筆記具を取り、開きっぱなしの雑記帳の余白に今の思い付きを書き込む。書きながら、焦っていた気持ちがどこかに消え去っていくのを感じていた。


(この方法なら、彼を手に入れられる!)


 自分の思い付きを自分で褒めながら、碗に残っていた冷めた紅茶を飲み干した。

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