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魔導人形物語〜左手の薬指にはあなたの指輪を〜  作者: 一花カナウ
 第四章 魔導人形理論
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たくさん泣いた朝に

 朝、宿屋一階の食堂。


 百席前後ある椅子はかなり頻繁に客が入れ替わる。その中の一つの机に向かい合う形でプリムとリーフが腰を下ろしている。プリムの前には牛乳で作られた汁物と新鮮な野菜をたっぷり挟み込んだパンが二人前近く並び、リーフの前には木製の長細い器に入れられた水が全くの手付かずの状態で置いてある。プリムはパンの一つを手に取りほおばる。


「おいしい!」


 幸せそうな様子でもぐもぐと食べる。食欲は旺盛だ。


「それはよかった」


 穏やかな表情でプリムの様子を見ながら相槌を打つ。


「でも、よく来る気になったわね。つらいでしょう? 本当は」


 声を潜めて言うと、汁物を一口すする。


「お前から離れるほうがつらい」


 真顔で言って、ぷいっと横を向く。


「うそ」


 思わず出た自分の台詞に照れているらしい。プリムはその様子を見てくすくすと笑う。


「面白い冗談ね」


 パンをおいしそうにほおばる。ここのはプリムの口に合うらしく、食が進む。


「あんなに泣くとは思わなかったから、ちょっとな。そろそろ限界なんじゃねぇかって」


 頭を少しかいて、プリムの目をちらりと見る。


「すごく腫れちまってるし」


 言われてプリムは苦笑する。今朝、鏡を見てその目の腫れっぷりに驚かされたのだ。今までの人生で一番腫れたなとプリムは思う。


「忘れなさいよ。泣けって言ったのはあなたよ」


 はぐらかすようにプリムは食べる。


「なんか、な、こう、罪悪感ってやつがだな、いまさら湧いてきたみたいに気持ち悪くって」


 リーフは言いにくそうにたどたどしく話す。


「あら、今まで罪悪感のかけらもなかったって言うの? ひどい話ね」


 わざとらしく言って汁物をすする。


「うるせぇ! 実感がなかったんだ!」


 反論は声を押し殺してのものだったが、プリムの指摘に納得するところもあったようで迫力がない。


「――とにかく、だ。また放置されちゃかなわんからな。一緒にいてやる」


 偉そうに振舞っているが、照れている様子のほうが強く出ていて、その不釣合いさにプリムはまたくすりと笑う。


「で、昨日は何があった?」


 結局聞きそびれていた、遅くまで外を出歩いていた理由を問う。


「協会に行ったら、父様と母様にばったり遭遇しちゃって。それで母様の『魔導人形理論』の写本を借りて読んでいたの」


「借りてくればよかったのに」


「それがどうも協会の管理下に置かれているそうで、簡単に持ち出せないみたいなのよ。一応交渉はしたんだけどね。きっぱり断られちゃった」


 言って、プリムは汁物をすする。牛乳仕立ての汁物はまだ温かい。


「厳重な管理だな。一般の人間だって書き写すことは可能なのに」


「母様のものだからじゃないかしら? 研究者、それもとりわけ写本の専門家として有名だからね。その写本も仕事のうちだって言ってたわ」


「なるほどね。それは確かにいえているな」


(それにしても、どうしてこんなに厳重に管理されているのかしら? 確かに原本には価値があるけど、その写本ですら簡単に手に入らないなんて。魔導人形を知る上では避けては通れない書物のはずなのに……)


 リーフの「厳重な管理」という台詞をまさにその通りだなと思う一方で、プリムは疑問に思う。ここまでする必要が彼女にはぴんと来ない。


「でも、写本は手に入らなくっても、写せる範囲のものは書き取ってきたわよ。あたしの汚い字で申し訳ないけど」


 プリムはおどけて言う。リーフの目がきらきらと輝いた。


「汚いなんてとんでもない。お前の字はちまっこいけど読みやすいじゃないか。何の問題がある?」


 プリムの謙遜をリーフは意外そうに問う。


「そう言ってくれるなら嬉しいけど」


 照れて頬を赤くし、視線を少し外す。


「でもね、どうしても図や古典文字はうまく写せなくって。参考になるかどうか。魔法陣なんて全くお手上げよ。……本当に勉強不足だわ」


 小さくため息。写本を読みながらずっと痛感していたことだった。


「おかげで何を学べばいいのかはっきりしたんじゃないか? それもまた勉強の一部さ」


 言って、リーフはプリムの頭をなでる。


「それもそうね」


 にっこりとリーフに微笑む。昨晩気が済むまで泣いたためか、とても機嫌がいい。食事がおいしいこともまた、プリムの機嫌を良くしているようだ。


「となると、ローズ夫妻がこの町にいるってことか。顔を合わせなきゃいいが……」


 腕を組んで、眉間にしわを寄せる。


「今日フェオウルを発つって言っていたから、今日一日を乗り切れば大丈夫じゃないかしら。あたしが泊まっている宿は教えなかったし、父様たちは協会の施設に泊まっているらしいから、そうそう会わないでしょう」


 パンをほおばってもごもごさせながらプリムが答える。


「だといいけど」


 心配げにリーフはうなずく。


「そうだ。今日は部屋にこもって検討会をしましょう。写本の内容が鮮明なうちに、ね?」


「だな。ついでに今まで仕入れてきた情報も整理するか」


 プリムの提案にリーフは興味津々な様子で賛成する。


「うん」


 嬉しそうにプリムは微笑む。


(良かった。元気そうだ)


 リーフのことを気に掛けていたプリムはほっとした。

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