カミングアウト3
エヴァンと同じ街で弁護士として活躍しているというラルフは実に好青年だった。明るく礼儀正しい、ユーモアに富んだ話題も豊富でホームパーティを盛り上げた。ラルフにまとわりつくちびっ子はまるで大木にくっつく蝉のようだった。
みんなよく笑い、食べ、そして飲んだ。ただひとりイーサンを除いては。そしてその夫の顔を見て時折シンディの顔も曇った。
「グレッグ、セシリー。もうベッドへ行く時間よ。みんなにおやすみのキスをして」
シンディのことばにツインズは不満らしくぐずぐずしていたがラルフが
「いい子でお休み、明日は何をして遊ぼうかな?」
と言うとラルフに飛びついておやすみのキスをした。
ツインズを連れてリビングを出ようとしたシンディにイーサンが
「僕が寝かしつけるよ」
と立ち上がった。すかさず
「兄さんはここにいて」
と真顔のエヴァンに引き止められた。
リビングに訪れた静寂はツインズがいなくなったからだけではないのは明白だった。この場から逃げるのを阻止されたイーサンもしかたなく席に戻った。
重苦しい沈黙を破ったのはエヴァンだった。
「父さん兄さんに聞いて欲しいんだ。僕とラルフは父さんたちが望むようなトモダチじゃないんだ。父さんにメールした通り、僕たちは恋人なんだ。結婚したいと思ってる」
レイクもイーサンもエヴァンの顔を見られなかった。レイクはグラスの氷を、イーサンは床を見つめていた。
しばらくしてシンディが静かにドアを開けリビングに戻ってきた。
「私も大事な家族の話に参加していいかしら?」
と言いながらイーサンの横に座った。
再び訪れた沈黙の中、口を開いたのはエヴァンだった。
「兄さんは最初っから気づいていたみたいだね、空港からずっと不機嫌だった。なんでわかったの?」
双子の息子と娘を連れて久しぶりに空港まで弟を迎えに向かったイーサンは上機嫌だった。
レイク同様、イーサンも遠くで暮らす弟のことを気にかけていた。その弟がついに恋人を連れてやってくる。
ふたりきりの兄弟、これからはお互い家族ぐるみで長いつき合いになるはずの将来の義妹。
駐車場に向かって徐行しているとターミナルビル近くにいるエヴァンを見つけた。
車を止めて手を振ろうとしたイーサンの手が止まった。
エヴァンの隣にいるのは将来の義妹とは程遠い、黒人の巨人。そのふたりがお互いの腰に手を回して密着し見つめ合って笑っている。どんなに疎いイーサンでもそれが何を意味するか容易に想像できた。背中に冷たいものが流れた。
見なかったことにしてそのまま走り去り、パニックになりそうな頭を整理しようとしたが脳裏に焼き付いたおぞましい光景は簡単に消えなかった。
それでも迎えに行くと言った以上、そのまま帰るわけにもいかず、ぎこちない笑顔での再会となったわけだ。
「驚かすつもりはなかったけど、これが事実なんだよ兄さん」
突然イーサンがテーブルを両手で叩いて叫んだ。床に転がり落ちたグラスが砕けた。
「なんで! なんでなんだ! 恥を知れ!」
頭を抱えたイーサンをシンディが抱きしめる。
レイクは何も言えなかった、というより言葉が出なかったのはイーサンとは別の意味でひどく衝撃を受けていたからだ。
と、突然、獣の咆哮のような声がリビングに響きわたった。それは2メートルの巨人から発されたものだと、その場にいた全員がすぐには理解できなかった。
「アタシがいけないの。アタシのせいなの。もうケンカしないで、ごめんなさい」
さっきまでの好青年が大きな体を震わせて泣いていた。しかもよどみのない、完璧な、女性の言い回しだった。
「もういいんだよ、無理しなくていいんだよ。ここは法廷じゃない、今のキミは弁護士のラルフ・アンダーソンじゃない。いつもの陽気でかわいいキミでいいんだよ」
泣き崩れる恋人の頭を抱いて、エヴァンが優しく言った。
「あなたの家族に会いたいってアタシがわがまま言ったから。迷惑かけるつもりはなかったの。許してエヴァン。うまく友人を演じる自信はあったのよ」
「バカだな、僕は最初っから『恋人と一緒に帰る』って父さんにメールしてたんだよ」
リビングを包み込んだ空気が明らかに変わった。衝撃・怒りに代わって、新たな混乱と動揺が家族を襲った。誰も言葉を発することすら出来なかった。
「そんなわけさ。今夜はラルフがとても疲れているからもう休ませてもらうよ」
悲しみを湛えた薄い笑みを浮かべてエヴァンは恋人を支えながらリビングを出て行った。泣きながらエヴァンにもたれかかって出て行く巨人ラルフの後ろ姿が、その時だけは男に見えなかったような気がしたのはレイクだけだったろうか。いや、たぶんイーサンにもシンディにも同じように映ったはずだとレイクは思った。




