カミングアウト1
「恋人と一緒に週末帰ります」
レイク・ギルバートが二男のエヴァンからのメールに気づいたのは午後になってからだった。着信時間を見たら10:00、かれこれ3時間近く経っていることになる。
家では肌身離さずスマホを持ち歩くわけでもない。仕事の第一線を退いてからはまめにメールをチェックする習慣もなくなっていた。
スマホはメールよりも主に通話ツールとして使うことのほうが多いレイクだった。
「電話すればいいのに……」とつぶやきながら、それでもレイクは少し愉快な気分になっている自分に気づいた。
レイク自身もその父から受け継いだ事業のほぼ全権を長男のイーサンにゆずったのは昨年のこと。これまでの人生でほとんど大きな失敗も挫折もなく生きてきたイーサンは父レイクのサポートを受けながら順調に手堅く事業の拡大をもくろんでいるようだ。そんなイーサンに父親として誇らしい気持ちと、時としてほんの少しの危うさを感じたりもするレイクだった。最高に気立てのいい女性と結ばれたイーサンには子供もできレイクにグランパという最も似合わない称号もプレゼントしてくれた。
一方、二男のエヴァンは兄ほど全てに優秀というわけではなかったが、大学卒業後は当然イーサンと同じく自分の片腕として仕事を手伝ってくれるものと思っていたレイクの期待を軽く裏切った。
もし母親が存命だったらエヴァンもこの土地に残って父親の仕事を手伝っていたかもしれない。母親のルイーズはふたりの息子たちを深く愛したが、生きることに兄ほど器用ではない下の男の子を常に気にかけていた。
そんなルイーズが家族と同じほど愛していたのは登山だった。大学で本格的にクライミングをやっていた彼女はレイクと結婚するまでは海外のいくつもの山を制覇するような登山家だった。結婚後はさすがに家事・育児に追われ山から遠ざかっていた。
しかし息子たちがハイスクールに通う頃になるとルイーズは「もう一度山に登りたいの」とレイクに打ち明けた。
危険だからとレイクは反対しなかった。もちろん両手を挙げて賛成というわけではなかったが、山や自然を愛することで培われたルイーズのおおらかさ、何事にも動じない強さをまた、レイクは愛していたからだ。
もし好きなクライミングで命を落としたのならレイクもルイーズ自身もまだ救われたかもしれない。彼女が命を落としたのは食害被害だった。トレッキング中に灰色熊に襲われ亡くなったのだ。彼女の遺体であることを裏付けたのはDNA鑑定とちぎれた左手に残された結婚指輪だった。当時はマスコミにも大きく取り上げられたものだった。
大きな悲しみと喪失感に襲われた父と息子たちを癒してくれたのは年月、時間の経過だけだった。
イーサンはその後、結婚して幸せな家庭を築いている。だが、とっくに成人しているとはいえ遠方でひとりで暮らしているエヴァンのことをレイクは時々気にかけていた。
そのエヴァンが恋人を伴って帰省するという。レイクにはすばらしいニュースだった。そしてそのまま結婚へと続いてくれたなら、妻の非業の死からようやく立ち直れるような気がしたレイクだった。
エヴァンが帰ってくる土曜日。ギルバート家ではイーサンの妻のシンディを中心に歓迎パーティーの準備が進められていた。孫のグレッグ、セシリーのツインズもはしゃいでいた。
イーサンがシンディを初めて家に連れてきた日のことをレイクは思い出した。明るくてよく笑うシンディに亡き妻の面影が重なった。
お酒も入って饒舌になったイーサンから「僕は実はマザコンだった」という発言が飛び出し、レイクは内心驚いた。家ではしっかり者の長男、学業でもスポーツでも常にリーダー的な存在であることが当たり前のようになっていたイーサンもまた、ショッキングな事件で母親を失ったかわいそうな子供だったのだ。弟のエヴァンの落ち込みと比べイーサンは葬式でも毅然としていたように見えたのは悲しみを凍結することで自分を保とうとしていただけなのだとレイクは気づいた。
シンディに出会ってイーサンの心の中の氷が少しずつ溶けてきたのか、彼は実に良き夫であり、父親であり、社会人であった。そしてレイクには良き息子であった。
そして今度はエヴァンの番だ。もうすぐ素晴らしい女性を伴って帰ってくるはずだ。彼女もまたルイーズやシンディのような輝きを持った聡明なパートナーであるに違いない。リビングに飾られたルイーズの日に焼けた健康的な笑顔に向かってレイクはウィンクしてみた。
「空港までエヴァンたちを迎えに行ってくるよ」
とイーサンははしゃぐ子供たちを連れて出かけた。ツインズを連れ出すことがシンディのパーティー準備の手伝いになることをイーサンは心得ていた。
「レイク、悪いけどテーブルに花を飾ってくれない?」
シンディに声をかけられてレイクはらしくもなく感傷にふけっていたことに気づいた。
息子たちには父さんと呼ばれているレイクだが、シンディにはレイクと呼ぶように言ったのは、ルイーズにそう呼ばれていた頃のささやかな幸福感を感じたいからというのは息子たちに気づかれているだろうか。ところが孫たちにまで「レイク」と呼ばれるようになって苦笑しているのもレイク自身だった。
スマホの電話着信を知らせる音が聞こえた。発信者は姉のスーザンだった。
「ごめんなさい、レイク。今日のパーティーには出られそうもないの。急患なの。もうっ! エヴァンの彼女に会いたかったわ。おチビたちにも。シンディは元気? イーサンにもよろしく! あ、エヴァンには式には呼んでって伝えてね」
「ああ、みんな元気だよ。わかったわかった、姉さんもあいかわらず忙しそうだね」
「地獄よまったく!」
ほとんど一方的に電話は切れた。
未婚の姉のスーザンは外科医としてまだ現役で働いているパワフルな女性である。昔からこの女性にだけは頭が上がらないレイクであった。
ルイーズの不慮の事故のあと、傷心の弟とその息子たちを献身的に支えてくれた偉大な姉でもあった。




