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3.ひと騒動

「あー寒い寒い」

 買い物を済ませ玄関に戻った響希は袋を持って少女がいる部屋へと向かった。

 しかし、そこに少女の姿はなかった。突然のことに響希の頭に殴られたような衝撃が走る。

 サンドウィッチは食べたのだろう。中身のない包装紙が机の上に置かれていた。他に気になるものは特にない。

 響希は袋を置き、隣の部屋もキッチンも見るが、エミリアの姿はどこにもなかった。

 響希は愕然とした表情を浮かべながら思考を巡らせる。

 何故エミリアの姿が消えたのか。

 ただ単に気まぐれで外をふらついているだけならまだいい。問題なのは、また一人で逃げるために出て行った場合、あるいは連れ去られた場合だ。

 しかし、どちらも考えにくいことではあった。何故なら玄関も窓も鍵はきちんとしまっていたからだ。もちろん出かけている可能性もほぼない。

 理解不能な謎を前に頭を抱える響希だったが、そこに異変は起きた。

 響希の後方から女性の叫び声が聞こえたのだ。声はエミリアのものに間違いない。今まさにここで襲われていた事に驚きつつも、後ろを振り返ると声の元へと駆け込んだ。

 そして、部屋の扉の前に立つと響希は叫んだ。

「エミリアっ! 今助ける!」

「ひ、響希か!? 馬鹿! 来るな!」

 どうせまた足手纏いになると思われているんだろう。否定は出来ないが、これは響希自身の心の問題だった。今更なんと言われようと止まる気にはなれない。

 響希は意を決してドアを開け放つ。

 だがそこには、響希の想像していたような事態はおろか、襲撃者の姿もなかった。だがその代わり予想もしていなかったとんでもないものがあった。それは下着以外何も身につけていないエミリアの肢体だった。

 年頃の女の子らしい純白の下着に包まれたエミリアの身体はとんでもなく美しかった。まるで異国の彫像のような、芸術性を感じる身体だ。程よく膨らんだ形の良い乳房や艶かしい腰のくびれも男をダメにする要素が満載である。

 息をするのも忘れて見入っていた響希は、思わず生唾を飲み込んでしまう。理性がどこかに吹き飛んでしまいそうだ。

 響希同様、凍りついていたエミリアの顔もみるみる赤く染まっていき、身体も小刻みに震えだす。

 初めて見る表情にどぎまぎする響希の目の前でエミリアが大きく息を吸い込み、爆発した。

「出てけーーーーーーっっ!!」

 その喉の何処から声を出しているのかと思うほどに強烈な叫び声で我に返った響希は、慌ててその場から立ち去るのだった。


 さて、一人になった響希がソファで黄昏ていると、いつの間にか後ろに人の気配があった。振り返るまでもない、エミリアだ。

 先のひと騒動のお陰でエミリアの顔を見れず、掛ける言葉も見つからない。自分の家だというのに緊張や恐怖で押しつぶされそうだ。

「一応、言い訳を聞こうか」

 後ろから声がかかる。エミリアの方は大分平静を取り戻したのか、いつもの尊大な口調に戻っていた。

「てっきり襲われているのかとばかり」

「蜘蛛にびっくりしただけだ」

 神様なら蜘蛛にビビったり、裸見られて叫ぶなよとは思ったが、流石に響希もそこまで馬鹿ではない。

「シャワー浴びてるなら一言くれれば……」

「言う前に行ってしまっただろう。それに昨日は走り回って汗をかいたまま寝てしまったんだ。シャワーくらい当然だろう」

 響希は何も言い返さない。確かにエミリアの行動は横暴ではあったが、自称神とはいえ乙女の裸を見てしまった響希にも非はある。ここは素直に謝った方が無難だろう。響希は恐る恐る後ろを振り返ると、やや離れた場所に腕を組んだエミリアが静かに立っていた。今度はもちろん下着姿ではない。あのゴシックな服を着ていた。寝ている時についたと思われる皺がいくつか目立つ。

 その静かさが既にエミリアが腹を立てていることを物語っていた。表情はほとんどなかったが、こちらを見下ろすその眼の威圧をもろに受けた響希の背中が縮こまる。

「その……ごめんなさい」

 素直に謝った。どんどん卑屈になっている気もしたがとにかく謝った。

 エミリアは無言。表情にも変化はない。ああ、俺の人生も終わりか、などと思った時だった。エミリアは一つ溜息をついて口を開いた。

「お前のおせっかいも本当に困ったものだ」

「あんたのその横暴なところもな」

 ほぼ反射的に言い返していた。だんだん馬鹿らしくなってきた響希はソファから立ち上がると、先程の買い物袋を取りに向かう。エミリアが首を傾げる。

「何をしている?」

「お詫びの印ってわけでもないけど、ちょっと、な」

 響希は背を向けたまま答える。そして目当ての物を見つけるとエミリアの方を振り返る。

「ほら、やるよ」

 響希が何かを持った手をエミリアの方へと伸ばす。いきなりのことにエミリアの表情は訝しげだ。

「……これは?」

「カラーコンタクトだよ。その目のまま外に出たらすぐに見つかるだろ。だから一応、な」

 エミリアがおずおずとコンタクトを受け取る。虹色の瞳が思案げに揺れていた。

「私、にか?」

「他に誰がいるんだよ」

「そうか……」

 そう言ってエミリアがふっと笑った。先程までの威圧さえも感じさせるエミリアからは想像もつかない柔らかい微笑みだ。響希の胸が一瞬高鳴る。普段は尊大なくせして、たまにとんでもなく可愛くなるから困りものだ。

「つけてみてもいいか?」

「どうぞ」

 響希はそう言って、早くも普段の調子に戻りつつあるエミリアの芸術品のような七色の瞳を見る。ちょっと勿体無いなと思いはしたが、今はエミリアが狙われないようにするのが先決だ。

 エミリアがコンタクトを取り出し指に乗せるが、不慣れなのだろう。その手は小刻みに震えていた。

「ところで、エミリアを追っかけてる奴らって何者なんだ?」

「あいつらは天道院家の人間だ」

 天道院。その名を知らぬ者などいない程の有名で莫大な財力を持つ大きなグループだ。もちろん響希も知っている。市場などは勿論、政治にもその名を連ねるほどだ。

「その天道院がなんでまた?」

「さあな。この目を使って世界を手に取るつもりだろう」

 コンタクトに苦戦を強いられているエミリアはどうでもいいといった様子で答える。

「でも連れ去られたところで協力なんかしないだろ?」

「当たり前だ。だが奴らは私を殺してでもこの力を手に入れようとするはずだ」

「そんな、殺されることはないって言ってたじゃないか」

「あの場はな。私自身、どうなるかは捕まってみないとわからないが、まず二度と自由を与えられることはないだろうな」

 世界にも名を馳せる天道院の裏の顔を知った響希は背筋を震わせる。だがそんなことを聞いてしまえば尚の事エミリアを放ってなどおけなかった。

「私は一人でも大丈夫だ。お前は生活を提供してくれればいい。お前はそれ以外役にたたないからな」

 響希が何かお節介を口にするよりも早く、釘を刺されたしまった。ちなみにコンタクトは未だにエミリアの人差し指に乗っかったままだ。

「そうですかい」

 響希は諦めたように溜息を着き、隣の部屋に向かう。そしてクローゼットを開け制服を取り出した。

 そう、今日は週初め。高校生である響希も勿論学校へと向かわなければならなかった。

 早朝に目覚めた甲斐もあり、まだ時間に余裕はあるが、既に響希の心労による疲れはピークに差し掛かっていた。

 制服に着替えた響希が重い足取りでエミリアのいる部屋へ向かうと、なんと今になってもコンタクトを入れられず、格闘しているエミリアの姿があった。響希は肩を落として脱力する。

 不器用な神様だな、と響希は思うが当然口にはしない。しかし視線で悟ったのか、エミリアが睨みつけてくる。

「な、慣れてないんだ。仕方ないだろう」

 エミリアは顔を赤くして言い訳をするが、それがとても可愛らしい。

 響希はにやけそうになる頬を引き締めると、気を紛らわすのも兼ねて制服のついでに持ってきていたものを、エミリアの傍に置いてやった。

「替えの服かしてやるよ。その服皺だらけだし汗も掻いたんだろ?」

 エミリアがコンタクトから視線を外し、置かれた物を見る。丁寧にたたんである女性ものの白いワンピースだ。

「何故、男のお前がこれを……?」

 エミリアの瞳に警戒の色が浮かぶ。

「勘違いするなって。貸すって言っても妹のだ」

 響希には実家に住んでいる妹がおり、時たま遊びに来た時のために着替えが何着か置いてあるのだ。ただ今は時間が押してきているので、帰ってから話したほうがいいだろう。

「もう時間がないから詳しくは後で話すよ。後は一人で大人しくしててくれよ」

 そう言って部屋を出ようとする響希の腕が掴まれる。一体なんなのだろうと振り返る。

「私は今とても困っている。 ……手伝え」

 その手には、コンタクトレンズ。散々役に立たないと言ったくせに虫のいい神様である。それにどうでもいいことで頼る辺り維持が悪い。

 結局、響希が役に立つことはなく、家を出たのは遅刻するかしないかの時間であった。

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