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2.セカンドコンタクト

 あるアパートの一室。朝日に眩しさを感じながら響希は目を覚ました。

 清々しい朝の空気とは裏腹に、響希の寝起きはいまいち宜しくなかった。床に寝ていたためである。

 眠気まなこを擦りながら響希が隣の部屋に向かうと、本来響希のものであるベッドの上には一人の美しい少女が静かに寝息を立てていた。布団に包まり体ごとこちらに向いているその顔はまるで天使か女神のそれであり、そのセミロングの美しい銀髪が少女の美貌をより一層際立たせていた。

 響希は自分のベッドで幸せそうに寝息を立てている少女に恨めしい視線で見る。

 昨日は倒れた少女を結局そのままにするわけにも行かず、とりあえずここまで連れてきたが、気難しい少女のことだ。どんな文句を言われるのか考えただけで響希の肩は落ち、ため息も漏れる。

「こうして寝ていれば可愛いのにな」

 響希は呟く。しかし、中身は未来を見ることができたり、神様だと名乗るイカレ少女だ。

 そのイカレ少女の顔を改めて見る。やはりとんでもない美少女だ。響希の理性が脆ければ間違いの一つや二つあったかもしれない。だがそれが既に過ちだった。あれやこれやと想像してしまった響希の顔が思わず赤くなる。

 とにかく落ち着こうとする響希の目の前だったが、タイミングの悪いことに少女の目がゆっくりと開かれる。

「んぅ……ここ、は?」

 少女は上体を起こし、未だ眠たそうな顔で辺りを見渡す。その眠たそうな表情にも男をダメにするであろう魔力がこれでもかと溢れていた。

 やがて、目の焦点があってきたのか、まるでこの世の終りのような顔をしている響希と目が合う。

 余計な想像を膨らませたお陰で冷や汗の止まらない響希に、次第に脳が覚醒した少女はうんざりとした表情を浮かべる。

「お前、なんでまだ私の傍にいるんだ? それにここは一体どこなんだ」

 てっきり痴漢野郎など散々に言われるかと身構えていた響きだったが、少女の口から出た言葉は響希にとってやや意外なものだった。しかし、眠っていて響希の考えなど知りもしない少女の質問の方がむしろ当然と言えよう。そして事なきを得た響希は平静を取り戻していた。

「いや、だってさ、あのままほっとくわけにもいかなかったからさ…… で、ここは俺ん家」

「そうか、礼は言わんぞ。馬鹿でお人好しの正義漢」

「助けてもらってその態度かよ! 神様だか何だか知らねえけどさ!」

 早くも取り乱す響希をうっとおしげに見ながら少女は溜息をつく。

「だから私は助けなどいらないと言っているだろう。大体、お前がいて何か役にたったのか?」

「うっ……」

 痛いところを突かれた響希がたじろぐ。確かに少女の言うとおりだ。

「だけど、困ってる人をほっとけないんだよ」

「それはお前の勝手だ。お前の考えを他人に押し付けるな」

 目つきを鋭くする少女を前に響希はなおも反論しようとする。

「それでもこれが俺の性分なんだ」

 響希の顔が凍りついた。何故なら今の言葉は響希ではなく、少女のものであったからだ。気がつくと少女の虹色の左目は強く輝いていた。

 少女の冷えた言葉によって、響希は凍りついたように動くことができなかった。

「そういうことだ。お前にとって人助けは自分のためでしかない」

 頭の中では文句が浮かんでいるのに、響希は何も言い返せなかった。また未来を読まれてしまうのではないのかという怖れが響希の頭を支配していた。

「それに私の存在もいい加減認めろ。またこの力を使わないと駄目か?」

 少女の瞳が再び輝きを増す。その瞳に宿る異能の力を、響希は嫌というほど見た。

「本当に、神様なのか……?」

 恐る恐る尋ねると、少女は呆れた様子で腕を組んだ。

「だからそう言っている。どうだ、私が恐ろしいか?」

 少女がサディスティックな笑みを浮かべる。そんな少女に気圧されつつも、響希は少女から消して目を離そうとはしない。

「だけど、あんたは困ってる」

「またそれか。本当にお人好しだなお前は。それにあんたと呼ぶのはやめろ」

「俺のことはほっといてくれよ。それにあんたの名前は知らないし、神様って呼ぶのもなんか気恥ずかしいし」

「お前は本当に自分を曲げようとしないな」

「そういう性格なんだってば」

 少女は何か諦めたような溜息をつき、ジト目で響希を見る。

「……エミリア」 

 響希はまた何を言われるかと待ち構えていたが、少女の口から出た言葉はそれだけだった。

「……へ?」

「なんて声を出している。私の名前だ」

 えらく人間じみた名前だな、と思ったが何を言われるかわからないので黙っておく。恐らく人間の時の名前かなんかだろう。そして響希もエミリアと名乗る少女に倣うことにした。お前呼ばわりは真っ平御免だからだ。

「俺は響希。雄条響希」

「希望を響かせる、か。お前には勿体無い名前だな」

「……そうかい」

 侮辱された上に、お前呼ばわりは変わらずだった。不機嫌を顔全面に出した響希は、エミリアに背を向けて部屋を出る。背中に「あ、おい?」と声がかかるが無視した。

 あいつといると頭に血が上りそうだ。あんなぶっ飛んだ女を助けた自分を殴りたくなる。今からでも昨日の場所に戻してやろうか。

 響希の中で考えが巡るが、短気は損気だと自分に言い聞かせながら着替えを済ますと、キッチンに向かい冷蔵庫から市販のサンドウィッチを手に取り、エミリアの元へと戻る。

 響希が部屋に入ると、知らない場所で他にすることがないのか、エミリアは先程の体制のまま首だけ窓の方へと向けていた。

 仕返しに何か言い返してやろうと思っていた響希だったが、エミリアのその横顔を前に文句は萎んでいた。先程までの尊大なエミリアの面影はなく、心ここにあらずといった儚い表情だけがあった。澄み切った青空を見る七色の瞳がまたなんとも哀愁に満ちている。

「ほら、飯持ってきたぞ」

 なんとなくもやもやしながらも、響希はエミリアの傍にサンドウィッチを置く。

 エミリアが振り返り、響希とサンドウィッチを見比べる。

「私、にか?」

「他に誰がいるんだよ。それに一人だけで大丈夫って言ったって行くあてもないんだろ?」

「そ、それは……」

 エミリアが僅かに目を伏せる。どうやら図星のようだ。

「お前が嫌じゃなきゃしばらくここにいてもいいけどよ」

「本当にお人好しの大馬鹿だな、お前は」

 ついに大馬鹿にまで格上げされてしまった。叩きだそうかと思った響希の前で、エミリアが今までの態度からは想像もつかないような柔らかい笑みを浮かべる。

「ありがとう」

 不意に放たれたその一言に思わず響希の顔が熱くなる。昨日まで悪態しかつかなかったエミリアからのいきなりの不意打ち。それも超がつく美少女からのものだから、嬉しくないわけがない。

「だが、勘違いはするなよ。お前の利用価値など住処と食事くらいしかないからな」

 前言撤回だ。響希は怒りで顔が歪みそうになるのを必死で抑える。

「俺は出かけるけど、エミリアはそれ食べて大人しくしてろよ」

「どこに行くんだ」

「買い物だよ」

 そう言い残して、玄関で上着を羽織り部屋を出る。あのままエミリアと話していると噴火してしまいそうだったからだ。

 外に出た響希が空を見上げる。ほとんど雲のない青空が気持ち良い。だが快晴とはいえ今はまだ真冬だ。風邪を引かないうちに響希は目的地へと向かったのだった。

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