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さよなら、チョコレートケーキ

作者: 鳳めぐみ

「主君、入ってもいいだろうか」


 アカツキは黒薔薇茶のポットとティーカップを載せた盆を片手に、シロエの部屋の扉を小さな拳でこつこつと叩いた。


「いいよ」


 シロエの声は少し掠れている。昨日から熱を出して寝込んでいるのだ。


 ススキノから戻って安心したのだろうか。〈冒険者〉の体は普通の人間の体よりもはるかに丈夫で体力があるため、風邪をひく事などあまりないのに。


(よっぽど大変だったのではないか)


 シロエは我慢強くてなにも言わない。アキバに着いた夜もなるべくいつも通りでいようとしていたが、それでも顔色はすぐれなかったし、足どりも重かった。


(何か大事なことをしてきたのだろう)


 それがどんなことか、アカツキはまだ聞くことができずにいた。


 シロエはとても満足そうだったし、うまくいったのであろう、とは感じていたが、〈記録の地平線〉のメンバー以外には知らせずに行った隠密行動だ。こみいった事情もあるだろうと、アカツキはわきまえて質問せずにいた。


「熱は、下がったか?」


 部屋に入り、アカツキは尋ねる。


 シロエは、覆いを半分まで引き上げた窓の横に立ち、昼下がりのアキバの街を眺めていた。部屋着にしている白色のロングチュニックは、遠目に見ると理工学部の学生が羽織る実験用の白衣のようだった。


「うん。もう、だいぶいいよ。ありがとう、アカツキ」

「そ、そうか……」


 そこでぷつん、と話題は途切れてしまう。


(うむ。やっぱり、どうしたらよいかわからない)


 困りつつ、テーブルに盆を置いて、ふたつのカップに黒薔薇茶を注ぐ。


 シロエは、話しかければいたって礼儀正しく返答を返してくれる。それはとても嬉しいことなのだが、また別に困ったことがある。


 シロエからは、必要以上には話しかけてこないのだ。


 横で見ていると、直継やにゃん太班長に対しても、また他の誰と話すときもそうなので、もともとあまり会話をしない性格なのだとは思う。


 けれどアカツキもかなり雑談が苦手なので、こちらから話しかける頻度が高くなると、やっぱり話すのが辛くはなってしまう。


「どうしたの?」

「……何が、だ?」


 アカツキは、シロエにカップを渡しながら、どぎまぎする。真っ直ぐな瞳で、微笑みながら見つめ返されたからだ。


 ふだんシロエが真顔で黙っていると、一種独特の迫力がある。プロ棋士や博士過程まで進んだ学生のように、脳味噌から煙が出るくらい過酷な頭脳労働をする人間特有の張り詰めた雰囲気が漂っているのだ。


 アカツキがまだ高校生の頃に訪れた郊外の美術館で、研ぎ澄まされた白刃が鞘から出されてガラスケースの中に展示されているのを見たとき、かすかな震えが背筋を駆け抜けた経験があるが、戦いの中で厳しい表情になったシロエの傍らにいると、そんな気持ちを味わうことがある。


 相手が怖がる時がある、というのはシロエも自覚しているようで、常日頃、シロエの物言いは、穏やかで優しい。


 それにしても、今日のシロエの笑顔はいつにもまして優しく、そして悲しげに見える気がした。


「いや、眉が八の字になって、すごく困ったような顔してたからさ」

「あー……これは、その」


 アカツキはさらに困った。この場合、なぜ困っているのか素直に話してよいものだろうか。どうも最近、シロエの側にいると頭が働かない気がする。ぼんやりと夢見心地になってしまうのだ。


「ひょっとして、もっと困ってる?」

「うー。まあ、その通りだ」

「そうか。……」


 その時。

 シロエは、続けて何かを言おうとしたのだ、とアカツキは確かに感じた。ただ、彼はその言葉を飲み込んでしまったようだった。


「主君……今、何を言おうとしたのだ?」


 アカツキは、自分のティーカップを見つめたまま、そっと尋ねた。今、顔を上げてはいけない気がした。顔を見ると、シロエが話すのを止めてしまいそうだった。


「えっ…」

「今、何か言おうとして、やめたのではないか…?もしかしたら、私の勘違いかもしれないが…」


 アカツキは、別に問い詰めたいわけではなかったから、シロエが言いたくないなら言わなくても済むような言い方をした。


 どうして自分はこんな不器用な、下手をしたら腹の探りあいと取られそうな話しかできないのだろうか、と、アカツキは悲しくなった。うつむいて、自分の分の黒薔薇茶をひとくち飲む。


「あの……もしかして、僕と話すのが大変で、アカツキが困ってるのかと思ったんだ。もしそうだったら、ごめんね、って言いたかったんだ」


 頭の上から、珍しく少し困ったような声で、ぼそぼそと語る声が降ってきた。

 おや、とアカツキは思った。シロエは質問されたあと、考えをまとめるために短い間沈黙することが多かったが、いつもならばその回答にはためらいがない。


(主君も、雑談には困るのだろうか…?円卓会議の時など、理詰めの話はなめらかに話すというのに)


 アカツキはうつむいたまま、黒薔薇茶をこくこくと飲み、言った。


「……そうか。まあ、その通りだ。主君は口数が少ないから、話し続けるのが大変だ。でも、私も、おしゃべりが苦手なのは同じだ。だから気にしなくて構わない」

「そっか……ありがとう、アカツキ」

「いや、そんな……」

「……そう?」


 アカツキは、もごもご言う自分が何を言おうとしていたのかわからなくなっていた。シロエは返事をしてくれたが、通じているのだろうか。


 結局、話はまた途切れてしまった。アキバの街から、ふわりと風が昇ってきて、アカツキの不揃いになった前髪を吹き散らした。


「……髪、千切れちゃったの?」


 ぽつりとシロエが言う。


「ああ。……この前戦ったときに、持っていかれた」

「そうか」

「…………」


 また、言葉は途切れる。


 だが、お互い話が続かず困っているのだと伝えあうことができたから、さっき途切れたときよりも、ずいぶん気持ちが楽になったのに気がついた。


 そのように楽になってみると、泉から湧き上がる気泡のように、自然に次の話題が浮かんでくるのが不思議だった。


「……主君、お腹は空いてないか?班長に何か作ってもらうか?」


 アカツキはその時ふと、゛主君゛ではなく ゛シロエ゛と呼びかけたらなにかが変わるのだろうか、と思った。


 最初は゛し゛の字から始まるし、どうせ似ているのなら、たまには゛シロエ゛と呼んでも構わないのでは、というとんでもない暴論が頭を駆けめぐる。


「ああ。ありがとう。でも班長も忙しいだろうから、僕は台所にあるパンを適当にトーストして食べるよ」

「そうか。わかった」


 シロエは、自分の身の回りの事はたいてい自分でした。アカツキとしては手伝いたい時があったが、シロエは丁寧にアカツキの気遣いに礼を述べた上でやんわりと断ってきた。

 

 仲間、だから。皆、それぞれの事は自分でやったほうが公平なのだ、とシロエは言った。


(仲間だと認めてくれているのはありがたいが)


 アカツキは、それでは物足りないと感じている自分の気持ちをもて余していた。


 よく考えれば、相手が必要としていない世話を焼くのは、相手の迷惑でしかない。なのに世話を焼きたくなる自分は、たぶんもっとシロエとコミュニケーションが取りたくてしょうがないのだろう。


 けれど、と、アカツキはシロエの巨大な作業用のデスクに積み上がった手書きの地図の山を見て思った。


 シロエはアカツキのことも、〈記録の地平線〉の仲間も、他のギルドの仲間にもちゃんと関心を持って関わり続けているけれど、それ以外の事柄にも深い関心を持っている。このアキバの事、〈大地人〉の事、そしてぐっと範囲が拡がって、この世界の事までもシロエは知ろうと努力しもがいている。


(わがままを、言うのは良くない)


 眠る時間を削ってまで必死に調査を行っているシロエに、今以上に構ってもらおうと欲張るのは、自分のわがままだろうとアカツキは思った。


「黒薔薇茶、おいしかったよ。着替えたらキッチンに行くから、カップは洗わずにそこに置いておいて大丈夫だから」

「承知した」


 シロエがキッチンで食事をするなら、アカツキも側にいたかった。


 けれど、もうこれ以上話題がなかったし、子供のように遊んでほしいとせがむのも気がひけた。第一、面倒だと思われて、嫌われそうで怖かったのだ。


「……熱が下がって、良かった。あまり無理はしないで欲しい。……では」

「ありがとう。アカツキ」


 シロエは屈託のない笑顔を見せた。アカツキは、自分の頬がかあっと熱くなるのを感じて、慌てて踵を返す。


(その笑顔は、ずるいと思うぞ主君)


 盆を片手に廊下に出たのは良かったが、そのまま皆がいるキッチンやホールに行くには動揺し過ぎていた。


 慌てて自室に駆け込み、鍵をかける。盆はテーブルに置いて、壁際に転がるカエルのクッションを抱えこむ。


 大きなため息をひとつ。胸が苦しくて、うまく息が吸えない。クッションに顔をうずめて、動悸がおさまるのを待つ。


 気を抜くと、自分からつるりと足を滑らせて、恋慕の淵に落ちてしまう。川の流れに押し流されて、息をするのさえ難しくなる。


 自業自得だ。

 そこで笑顔を見せるのはずるい、と思うのも、自分が勝手に一人相撲を取っているだけだ。


(私が馬鹿なんだな……)


 必死で自分を立て直そうとするが、駄目だった。あたたかい涙が勝手に流れ落ちてゆく。別に何が起こったわけでもないのに、泣いている自分が面倒だった。


(今は平和で何もないからよいが……有事のときにこれでは困る)


 たくさん泣いて、三年分くらいいっぺんに終わらせて、あとは冷静でいられたらよいのに。暗殺者としても密偵としても働く自分には、感情の振り幅はできるだけ小さなほうがありがたかった。


 とにかく、冷静でさえあればそれなりに合理的な判断ができるし、周りのメンバーに迷惑をかけずに済む確率が高くなる。


 と、その時。

 柔らかな、とんとん、というノックの音がした。


「アカツキっち。チョコレートケーキが焼けましたにゃん。もし良かったら、あとでお茶しに来るといいですにゃん」


 にゃん太班長だった。それだけ言い残すと、ほとんど足音をたてずに去っていった。


(焼きたての、チョコレートケーキ!!)


 アカツキは、ちょっと元気を取り戻して顔をあげた。小物を納めてある棚から手鏡を取りあげ、のぞきこむ。


 まだほんのり目が赤くて、これでは泣いたことがバレバレだった。


(まだしばらく、ケーキはおあずけだな……)


 しゅん、として、ころりと床に転がる。


 しょうがない。時間が立てば、目の充血もおさまるし、それまではおとなしくしているしかない。


 できるなら泣かない自分になりたかったが、それは難しい。ならば、さっさと泣いて自分が正気に戻るのを待つほうが得策だろう。


(自分は、どうしたいのだろう)


 ただひたすら強くなることも、シロエにつき従うことも、 ゛自分が何を目指して生きるか゛の答えにはならない。


 自分の地図は真っ白だ、とアカツキは思った。自分がどんなクエストに出掛けたいのか、さっぱりわからない。


(とりあえず、やる事なくって一人なら、川でザリガニと戦ってもいいしな)


 直継が年少組にしていたアドバイスを、ふと思い出す。


(ザリガニと戦うしかないのだな……今の私は)


 なかなかに、へこむ。自分がなにに興味を持つのか、そして情熱を持って取り組めるのか。洗い直す時期には、しばらく右往左往するしかないのだ。


(しょうがない、な……)


 そして、アカツキはうたた寝をしてしまった。


 一時間後に目覚めてキッチンに顔を出した時には、すでにチョコレートケーキは食べ尽くされて姿形がなく、おおいなる虚脱感に襲われることになろうとは、まだこの時のアカツキは知らないのだった。




 end.






 えっと……初めまして、鳳めぐみです!


 二次創作歴は約二年、すご~く短いものしか書けなくてですね、『日帰り7500円!海鮮バイキングつき!千葉房総バス旅行の旅!』しかまだ企画できない、新米ツアーコンダクターといったところです。


(とほほ……早く一泊二日温泉旅行の旅を企画できるようになりたいです……。焦っても急には長いものは書けないです……)


 橙乃ままれさんの『ログ・ホライズン』にはまったのは、NHKで放映されているアニメがきっかけでした。


 『小説家になろう』に掲載されているWEB版を読んでさらにハマッたのが2014年のお正月です。


 そして、勢いあまって、こちこちとガラケーでSSを書いてアップするに至ってしまったのでありました……。く、黒歴史にならないように、努力します!


 『ログ・ホライズン』は、とってもキャラクターが生き生きしていて、親しみが持てて、大好きな作品です。


 今回は、アカツキちゃんとシロエさんをメインにして思いついたお話を書いてみました。


 ログホラの作中では二人とも生真面目で、今自分が置かれている場所で゛自分はいったい何ができるんだろう。そして、自分以外の誰かに何をしてあげられるだろう゛と一生懸命考えている姿に胸が痛くなりました。


(他のキャラクターも、すごく仲間思いで、素晴らしいなあと思います……!)


 これからログホラの二次創作をしてゆく中で、少しでもログホラの"熱さ"に触れて、「この息苦しい世界の中で、自分は何を実行するのか」を考えることができたらなぁ、って、思っています。


 私の地図も、かなり真っ白で、千葉の浜辺でカニと戦うところからやらないといけなくて……気が遠くなっているのです、が!


「とにかく行こう、行けばわかるさ~♪」


の精神でいけたら、嬉しいです!


(う。なんか違いますね!でもそんな感じです)


 ここまで読んで下さって、ありがとうございます…!


 ではでは!



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― 新着の感想 ―
[一言] 乙女だね(笑) 個人的には、次はマリエやミノリも見てみたいですね。 あと読んだ感じ長い話も書けそうな気がしますが(*・ω・)
[一言] 私もアカツキのことが好きで、応援したくなります。この話に描かれていたアカツキも可愛くて、少し切なかったです。そっとそばに居て「よしよし」としてあげたくなりました。
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