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二人のグルメ

夢と幻のスウィートホーム

作者: 添牙いろは

 お金の使い方は人それぞれだと思うけど、私の使い道は決まっている。

 それは、食事だ。食欲は人が生きる上での三大欲求の一つであって、それを満たすことこそ幸福であり、人が生きる意義ではないか!?

 ……なーんて、仰々しい理屈はどーでもいい。食べてる時が一番幸せなのだから、有限たるお小遣いをそこに突っ込んで、誰に責められることもないだろう。


 だから、部活の先輩、それも三年生の部長さんから部活が終わった後トートツに

「これからカラオケに行きましょう」

なんて言われたら、一年生のワタクシとしてはどーしたものかと焦ってしまいますですよ!

 カラオケっつーとアレでしょ? 防音完備の密室で大人や子供やオネーサンが集まって昼夜問わず喉自慢大会が繰り広げるというアレ! しかし残念ながら、私の喉はメロディを奏でるようには設計されておらんのですよ! というか、お歌に使う金があったらもっといいもの食べたいわー!

 ……って、同学年たるきの子にだったらゆーんだけどね。相手は三年生の部長だからね。怖いもんね。しかも、「行きませんか?」ではなく「行きましょう」だもんね。命令形だもんね。……まじッスか。何でよりによって私ッスか。こんなことなら怖がらずにもっと部長さんと日頃からコミュニケーション取っておけば良かったわ。その中で、「いやぁ~私カラオケとか苦手なんスよね~」とか織り混ぜておけば、こんなことにもならんかったろうに!

 学級委員長で学年一の優等生と名高い部長さんのことだから、まさか『体育館裏』的な意味で誘ってるワケじゃあないと思うけど……でも、人には裏表あるからねぇ。表では真面目な顔して、実は裏では物凄く悪い連中とつるんでて……なんてこともありうるか!? ありうるかもよ!? だって、部長さん怖いもん! 怖いオーラ出してるもん! 何でこんないつもピリピリしてるんよ! もっと笑ってオールウェイズハピライズでいこうよ!

 口数少なくgkbrしながらついていく私を見かねた部長さんが何やら察してくれたようで

「心配しないで。今日は私が奢るから」

 ヤッホゥゥゥイ! その一言で私はタダ飯大好きハピライズだよーーー!!

「その代わり──」

 なんと条件付きだった。

「今日のことは、私たちだけの秘密にしておいてもらえるかしら?」

 ィヤッホゥゥゥイ! そんなことならお安いご用でっさーーー!! そうだよねー! 私が部長さんから奢ってもらったー! なんて話したら、みんな、私も私もー、って言い出すもんねー! ワタクシ特権階級YATTANE☆

 この辺りで、ようやく私は部長さんの真意に目星が付いてきた。多分、秘密のカラオケ特訓とかしてたんじゃないかな。で、その成果を確認するために誰かに聞いてもらおうと見回した時、普段カラオケに同行しない私に白羽の矢が立った、と。カラオケ仲間に知られないように練習してたんだから、彼女らにバレたら意味ないもんね!

 部長さんって、いつも努力している素振りは見せないけど、実は裏では物凄く努力してるタイプ、だと思う。卒業後は早稲田か慶應義塾か、って感じだもん。そんな超成績を努力なしで打ち出せる筈がないよ!

『奢る』の一言で部長さんとのハートtoハートの距離がズガンと縮んだ私は、世間話として大学受験のことを聞いてみると、

「そうね、どこかしらに行ければいいと思ってるわ」

 と頼もしくも心強い回答を頂きましたー! 自分ほどともなれば望めばどこでも行ける、ってことッスねー!! パネェっす! パネェっすよ部長さん!!

 とはいえ、一年生の私に進路の話題はちょっと早い。こちらから振れるような大学のネタなんて持ってないや。もう少し会話が広がるネタを選べば良かったかなぁ、なんて四苦八苦しておると、

「ところで、鮎河さん」

 部長さんの方から話題を変えてくれた。

「貴女、毎日ジャンクフードばかり食べてるそうね?」

 しかし、それは耳の痛い話題だったーーー!?

「毎日じゃないですよ! 週休二日制です!」

 平日はマックとかで節約して、休日、どなたかと街に繰り出した時にこそ豪勢に食す! これが私の生き方だ!!

「身体の基礎を作る今からハンバーガーばかり食べてたら、早いうちに好きなものも食べられなくなるわよ?」

 うぇー、それは嫌だ。

「と、とりあえず、今週くらいはご飯中心の生活にしようと思います……」

 しばらくハンバーガーはやめて、スーパーのお弁当にしよう。少しは身体にもいいに違いない。

「一人暮らしとは聞いているけど、自炊はしないの?」

「ご冗談を!」

 何が悲しくて一人飯のために調理器具を振るうのさ!

 こういうことをいうと一人飯好きのナイスダンディには怒られるかもしれないけど……なんかダメなんよね、一人飯。会話なく一人で黙々と食べるのって、どーも栄養補給って感じしかしない。だから、つい安価でスピーディなデフレ飯に頼ってしまう。

「この際、料理好きな彼氏とか欲しいカナー?」

 そしたら、毎日一緒に食べる相手もできるし!

「三年生にいい人いたら紹介して──」

「ダメよ」

 に、に、睨まれた! 凄まれた!? え!? 何でそんな怒るの!? もしかして部長さん、彼氏と上手くいってないの!? っつーか、いるとは思えないんだけど!? もしいたら、彼氏さん超苦労しそう……。絶対尻に敷かれてるよ!

「……そういう理由で相手を選ぶのは感心しないわね」

「あ、あはは~……そッスね~……軽い冗談ですよ、はは~……」

 今後、部長さんの前で色恋沙汰の話を二度とするまい、と私は強く心に誓ったのだった。


 部長さんは、コホン、と一つ咳払いをする仕草で仕切り直す。

「食べることが好きだと聞いていたけど、そういうところは意外ね。今日はここで少しでもいいものを食べて行きなさい」

 そう言って部長さんが指定したカラオケ屋は……カラオケ屋……? 私が知っているカラオケ屋とは何かが違う。

 先ず、料金表示がない。普通、店の前に何時間いくら、とか、そういう看板置いとくもんじゃない? 入るにも料金判んなきゃ入れないじゃん。

 そして、その代わりに歩道に面した店の前にはショーケースが広々と設けられ、その中に飾られているのは……パスタ! ピッツァ!! ハニートースト!!! 何ココどー見てもレストランじゃん!

「貴女に合わせて美味しいものが食べられそうな店を選んだのだけど、どうかしら?」

 凄い! 最高ッスよ部長さん!! こんなカラオケショップなら常時ウェルカムっすよ!

 と、感動している私を置いて一人でズンズン入っていく部長さんを追って、私も食べ物屋っぽい店内へと入っていく。でも、誰も食事していないし、料理を囲むテーブルもない。素敵な店頭に反して、やっぱりここは飲食店ではなさそうだ。

 部長さんはそのまま奥のカウンターで、二人で二時間、みたいなごくカラオケ屋らしいやりとりをしている。確かにここはカラオケ屋らしい。てか、二時間も部長さんと二人きりスか……。ちょっと気構えちゃうかも。

 部長さんが部屋を取ってる間、私は店の中を見回してみる。案内板的ポスターを伺うと、どうやらここは、一応カラオケ屋の名を冠してはいるけど、それだけに留まらず、宴会とか飲み会みたいのを全般的にサポートしているらしい。私たちが何かの打ち上げをやる時は、先ずファミレスで浴びるようにドリバー三昧した後、カラオケに行くじゃん? その飲み食いと歌を一緒に合わせちゃった感じみたい。いいじゃん、いいじゃん! 私みたいな歌わない人はモリモリ食べればいいワケで!

 とはいえ、学生が軽いノリで騒ぐにはちょっと雰囲気が重い。照明を落として木の風合いを持たせた暗めの店内からは、『リラクゼーション』とか『スパ』とか、そういう印象を受ける。特に、カラオケ屋ってガチでボロかったりするじゃん? 壁紙も剥がれかけたような古いビルを、強引に改装して作りました、みたいな。そういうのを一切許さない高級感を維持しようとする意気込みが、オトナのお店、って感じだ。あと、そこはかとなく煙草臭いし。

 安飯と安カラオケを組み合わせる学生財布だと足が出そうな、社会人御用達な空気を醸し出している。部長さん、大丈夫カシラ?

「鮎河さん、ちょっと来なさい」

 ゲ、呼び出された!? ビクビクしながら部長さんの待つカウンターまで辿り着いてみると……

「ワンドリンク制だから何か頼んでもらえる?」

 あ、そか。そーいやカラオケってそーゆーのあったよね。

「私はもう頼んでるから」

 む、これは早く決めなくてはー……と一瞬悩んだけど、一つ目を引くメニューがあったのでそれを選んだ。

「それじゃ、行きましょう。4階の9号室よ」

 ということで、二人でエレベータに乗り込む。フロントから見える範囲はオサレな飲食店の雰囲気に包まれていたけど、オサレ塗装の施されたエレベータの扉が開くと、その先はカラオケ屋そのものだった。ゴンドラ内部は汚くはないけど狭くて古臭くて、どーも垢抜けない感じ。

 そして、降り立った4階フロアも細い通路に防音扉が並ぶ普通のカラオケ屋だ。1階の雰囲気が嘘みたい。表のオサレフードが本当に出てくるのか疑わしくなってくるよ!

 目当ての9号室は……デカかった。部屋の外周をぐるりと巡るソファは余裕で十人以上収容できるできるサイズだ。二人だっつーてんのにこんな部屋を宛がう、ってことは、やっぱここはカラオケパーティ仕様のお店なんだねぇ。

 だけど私は歌本になんて目もくれずに、すぐさまフードメニューをぐばっと開く! そして、その中でも気になる一品、もうね、店頭で一目見てからずっと気になってたメニューのページを探す。

 あった! ハニートースト!!

 蜂蜜と恋をするのは林檎だけじゃないんだよ! トーストだってベストカップルだよ!

 ただ、これは普通のトーストじゃない。だってさ、長くて大きい一斤食パンを半分にぶった斬った立方体、巨大なサイコロ状だもんよ! そのどでかいパンの上に、生クリームやらアイスやら、モリモリモリモリ乗ってんだもん! 大した存在感だよ!!

 とはいえ、こんだけデカイと何種類も摘むことはできない。いくつもあるハニトーの中から一つを選ばなくてはならないとは……っ!

 バナナ……メープル……? いや、ここは……っ!!

「部長さん! コレをお願いします! 苺アイスハニトーでっ! 生クリームサンドには苺が一番だってお婆ちゃんがゆってました!」

「そう。それはサンドイッチではないけれど、相性はいいでしょうね」

 ……ハッ! 一人で勝手に勢いで決めてしまったけど、コレどー見ても一人分ではない。半斤だし。相手がきの子ならともかく、部長さん相手に自分一人で決めちゃってシマッタなー、ってのが顔に出たのか、

「ああ、私はいいわよ。少し分けてもらうくらいで」

 ふぅ、何とかお許しを得ました。が、同時に私一人で大半を食す義務が発生しました。ドンマイ!

 しかし、折角こんな美味しいお店に来たのに、部長さんは何も食べなくていいのかな? 二時間歌い続ける続けるつもりなん? 私? 歌わんよ?

「……さて、店員が来た時に誰も歌ってないのも不自然よね」

 何て言いながら、リモコンをピッピと操作して流れ始めた歌は……むむ……? ふゎーんとしたところにゆったりとしたピアノがポロンポロン鳴っておる。優しい感じで、部長さんにしては意外かも。てか、真面目一辺倒な部長さんに似合う歌ってあんま思いつかない。強いて言えば……校歌? もしくは軍歌? こうやってカラオケに来ていること自体意外なんよね。とはいえ、趣味で歌っているにも関わらず表情は真剣そのものなのは、部長さんらしいといえるか。

 歌の上手下手はよく分からんのだけど、音が外れてるなー、って感じはしないので、部長さんは普通に上手なのだと思う。最初に頼んだドリンクがやってきて、店員さんが扉を開けても恥ずかしくない程度には。グラスを二つ受け取るついでに、私はさっき選んだ素敵ハニトーを注文しておいた。

 さて、部長さんのジンジャーはともかく、私のはちみつリンゴソーダ、珍しくて面白そうなんで勢いで選んじゃったのだけど、はちみつリンゴのジャムみたいのが底に沈んだソーダ水だった。軽く掻き混ぜようとしてみるも、浮かんだ氷の塊が邪魔をしてうまくいかない。コレ、勢い良く混ぜたら炭酸抜けちゃうかな……?

「せのびしてーあなたのみみによせるー」

 私がはちみつリンゴに悪戦苦闘している間に、部長さんの歌はサビに差し掛かっていた。

「あーまーいーーーこーいーにーさそわれたわたしーーー」

 グぼぼわっ!? あの部長さんの口から『甘い恋』なんて単語を聞くことになろうとは!? さっき、もうコイバナなんて言わないよ絶対、って誓ったばかりなのに、一発目からラブラブソングっすか! もうワタクシどーして良いものやら。思わずストロー逆流しちゃったわ! ……あ、はちみつリンゴが上手く混ざった。もしかして、この飲み方が正解?

 画面の歌詞をガン見している部長さんは私がうっかり吹き出したことにも気づいていない様子で、そのまま二番まで歌いきって一息ついた。そして、私にマイクを差し出して、

「歌う?」

「いえいえ結構です」

「そ」

 なんて形ばかりのやりとりをした後、部長さんは次の曲を入れ始める。うーん、本当に私がカラオケで歌わないの知った上で誘ったんだなぁ。秘密特訓のお付き合いとしては、やっぱり称賛のコメントとか送った方がいいのかな?

 で、ハニトーの到着を待ちながら部長さん二曲目。

\あいしてるーーー とーーなーーりどおしあーーたーーしーーとーーあなたで/

 山形名産青果ーーーーーーーー!?

 超ファンシーーーーーーーーー!!

 なんていうんですか、この違和感。いつも厳しくて街のみんなから畏怖されてるお巡りさんが交番の中でAKBを踊り付きで練習してるのを見ちゃった! みたいな。キャラに合ってる曲しか歌っちゃいかん法もなかろうけれど、そのギャップに驚く権利くらいは私にもあるはずだ!

 そこに鉄の心臓の店員さん登場。形ばかりのノックで中の様子を伺う素振りすら見せずに容赦なくご開帳。ああ、慣れてるんだろうなぁ……。

 てか、よく考えたら部長さんも女子高生。可愛い曲を歌ってても何の不思議もないか。店員さんは部長さんのキャラ知らんもんね。うん、ごめん。私が間違ってた。あなた方が正しい。ただ、そういう歌ならもう少し笑顔でお願いしたいです。無表情なまま『いぇい☆』って言われても! 部長さん、無理してない!? 大丈夫!?

 そして、続く三曲目、は、なかった。本当に『店員が来た時誰も歌ってないのも不自然』という理由で歌っていただけだったらしい。それ以上リモコンを操作することなく、かといってやってきたハニトーにも手も付けず、さあ食べなさい、とばかりに私に促してくる。

 が、これには私もちょっと困った。

「部長さん、コレ、どうやって食べるんでしょう?」

「知らないわよ。貴女が頼んだのでしょう?」

 う、それはそーなんだがね……。

 しかし、これは未知との遭遇。巨大なきつね色ビルヂングの屋上にアイスクリームのドームがドーン! その屋上基地を支えるかの如く縦半分にカットされた二つの苺の実が四方に添えられ、その周りをはみ出さんばかりのホイップクリームが外壁の如く取り囲んでいる。その姿はまさに要塞!

 これは、食べたい! 早く食べたい!! だがしかし……! 私が知りうる限り、食パンってのは四~八枚にスライスされて出てくるもんなんだよ! 一斤を半分にぶった切って出てくるもんじゃないんだよ! 助けて町のパン屋さーん!!

「コレ、上半分には切り込みが入ってるのね」

 いわゆる、井の字。部長さんの言うとおり、上半分だけ九分割する切り込みが入ってる。だが、それも上半分だけ。途中で切り込みは途切れている。そりゃまあ、下まで切り分けちゃったら、トーストビルヂング崩れちゃうし。

「ある程度崩れるのは覚悟で、一旦下まで切り分けてしまってはどうかしら? 具は改めて乗せ直しましょう」

 そう言いながら、フォークとナイフでザクザク切り刻んでいく部長さん。それを手はお膝に座して待つ後輩のワタクシ。こういう時は後輩たるコッチが率先して動くもんだとは思うけど……部長さん、行動早いんだよねぇ。

 一斤の半分の更に九分の一になったトーストに、生クリームと苺のアイスを乗せた素敵デザートを取り皿に分けてもらって、早速いただきます!

 うん、うん! やっぱり苺と生クリームの組み合わせは最強だねぇ。それはショートケーキが既に証明済み。その下地がスポンジケーキから香ばしいトーストになってもそのド鉄板は変わらない。

 表面こんがり、中はフワフワ。これに生クリームと苺。これだけでも贅沢な組み合わせなのに、更にバニラアイスまで乗ってるんだから超豪華! しかもコレ、ただのバニラアイスじゃないんだよ。ここにも苺的な工夫が成されている。

 なんていうんだろうね? ドライイチゴ? 苺の甘酸っぱさを凝縮したツブツブが、バニラアイスにトッピングされてるんよ! 食べごたえはまるで苺の種みたいで、バニラアイスまでもが苺になってしまったような感覚! うん、このハニトーは、イチゴ味、というより、生クリームとバニラアイスのまろやかさがベースで、これに苺のアクセントが乗ってる感じ。家では、生クリームはともかく、バニラアイスはやらんわな。貴重な体験だ。

 二切れ目はさすがに自分で取り分けようとするが、部長さんのようにうまくいかない。フワフワでも、やはりトーストはトースト。結構弾力があって、ナイフを弾き返してしまう。うむむ? むむむ?

「で、鮎河さん。そのまま聞いて欲しいんだけど……」

 このまま!? いやいや、このままでは終わらんぞ! 私は絶対にハニトーを食べるんだ!

「貴女、きの子と同じクラスだったわよね。最近、何か変わった様子はない?」

「ないですよ」

 即答して、私の意識は再度ブレッドカットに注がれる。

「じゃあ、三年の輝山って男子について、何か言ってなかった?」

「知りませんよ。どなたです?」

 一年生たる我々が噂するような有名な三年生なのだろうか? しかし今の私はようやく大切断に成功したハニトーを味わうのに忙しい。ほんのりあったかいトーストに、とろけるホイップクリームがよく合っている。トーストの具というのは、乾いていく台座に潤いを乗せる役割も担っているんだなぁ。

「そう。貴女は輝山の噂を聞いて入部したクチではないのね」

 ん? ああ、それを聞いて思い出した。確か、きの子にも同じようなことを言われたわ。私はただ、ゲームで遊ぶ部活かなー、と思って入ってみたのだけど、逆にゲームを作る部活だと聞かされて面食らったもんだ。しかしまあ、プログラミングもやってみると意外と楽しいので、それはそれで良しとしている。

「今年の一年生にしては珍しいわね。貴女、輝山に興味ないの?」

「ないです」

 むしろ、今の私が気になっているのは、練り歯磨きの大罪についてである。

 ホイップクリームに添えられたミントの葉を齧ってみたら、これがもうすっごい爽やかなんよ! 苦味もないし! クリームの甘さと、苺の酸味とはまた別の第三の味覚! なんという清涼感!!

 しかし……私は気付いてしまったのだよ。これは歯磨きの香りであることに! こんなに素晴らしい香料なのに、歯磨き思い出しちゃうじゃん! 食べちゃいかんものみたいじゃん! んー……ま、レタスみたいにモリモリ食べるもんでもないし、構わないか。でも、歯磨きには過ぎた香料だよ!

「興味が無いなら教えてあげるけど……」

 きの子に似たようなこと訊かれた時も似たような回答したけど、それに対する反応も似たようなものだった。

「輝山というのは、私と同じクラスの三年で、去年まではうちの部活にいたのよ。高校に入る前からゲーム作りばっかやってるゲームバカだけど、そのバカが高じてコンテストでも何回か入選したこともあるようね。でも、ゲーム以外はまるでバカだから、進学する気あるの? って成績で、試験のたびに職員室に呼び出される問題児よ。これでも中学の頃は私より勉強はできたんだけどねぇ……。高校に入ってからは、授業中は寝てるかプログラミングをノートに書いてるかのどっちかみたい。多分、家に帰っても家事してない時はプログラミング設計してるんでしょうね。あ、家事というのは、輝山の家の人はどうもそういうの苦手みたいで、  食  事  の  用  意  から掃除洗濯まで一手に引き受けているみたいね。あの歳で主夫みたいなことやってるから  料  理  は  得   意  だし、家も綺麗に整ってるわ。最近は行ってないけど。それでも、中学生の頃はよくお互いの家を行き来したものだから、親御さんとも顔見知りなのよね。輝山が独りで将来露頭に迷うなら構わないけど、そういう経緯から、輝山の親御さんから、どうか愚息の面倒を見てくれないか、なんて頼まれたりしないか心配だわ。ま、まあ、あの家事スキルなら安心して家に置いておけるし、もし輝山が土下座してどーーーしても私に娶って欲しい、と懇願するなら、考えてやらないこともないけど。本当は嫌だけど。だって、輝山の子なんて産んだら、絶対ゲームバカになるじゃない? 親子三人でゲーム三昧とか、子供が親離れしなくなりそうで困るわ。ちなみに、男の子だったら……」

 うん、どーでもいい。そんなどーでもいいことを部長さんといいきの子といい、二人共よーけ嬉しそうに話すわ。そのノリでさっきの歌も歌ってくれれば、こちらも少しは穏やかに聴けたのに。

 キヤマ先輩のことはどーでもいいけど、聞き流している中に二つだけ耳に残るフレーズがあった。

『食事の用意』

『料理は得意』

 そこだけ切り取れば、とても魅力的だ。私も彼氏に欲しいわー。

 ……ああ、ようやく私はさっきの部長さんの怒りの形相に納得がいった。部長さんは未だに滔々とキヤマ先輩について語っているけど、きっと三行で纏めれば、こうなるんだろうな。

 私は、

 輝山が、

 好きだ。


「今日はありがとうございました。ご馳走様でした」

 二重の意味で。

「お粗末さまでした。気をつけて帰るのよ」

 あれから部長さんのキヤマ先輩トークは止まることを知らず、一方的に一時間以上喋り続けていたのであった。

 最初はハニトーと格闘しながらだったから良かったけど、それを食べ終えてしまうと……興味ない男子の話を延々と聞かされてゲンナリだったよ。終始うっとりしながら、まだ告ってすらないのに新婚生活から娘の結婚式までよく妄想できるわ。

 それでも、退室時刻の連絡を受けて一息ついたら、それまでのニヤニヤした満面の笑顔が嘘みたいに、ピシッ、といつもの鉄仮面に戻っていた。数分前まで大好きな男の子の惚気話を延々と垂れ流していたのと同一人物とは、ワタクシ到底思えません。

 結局、今日私がお呼ばれした理由は、どうやら私を防音的密室に呼び出して、そこからきの子のキヤマ先輩に関する動向を探るつもりだった様子。だからあそこで私が『キヤマ先輩ってどんな方ですかー? キラキラ』とか反応したら、警戒してここまで話さなかったんだろうけど、生返事をしてしまったばっかりにエライめに遭った。

 部長さんのキヤマ先輩への想いは、遠くから見てるだけのきの子と違って、高校入る前から一緒に過ごしてきたからか、物凄い熱量を持っていた。こりゃ、きの子に勝ち目ないわ。

 それにしても、あの部長さんにここまで想われるキヤマ先輩って何者なんだろう? 不思議には思うが、やはり興味は湧かない。私には花より男子より団子なんだよ!

 部長さんとはお店の前でお別れして、お互い一人で家路につく。

 そして、今日の部長さんを思い返して改めて思う。あの部長さんは、本当に部長さんだったのだろうか? あんなにニコニコしながら誰かを褒めちぎる部長さんなんて今までの私じゃ想像もできなかっただろう。夢でも見ていたのか、さもなくば自分のこの記憶すら改竄されたものじゃないかと疑えてくる。

 振り返ってみるも、部長さんの姿は既にない。あるのは、アジアンテイストのきらびやかな飲食店だけだ。

 少し気になって戻ってみる。やはり、アジアンテイストな店の前には、食べ物の見本ばかりが陳列されている。でも、この中は……カラオケ屋、なんだよなぁ……?

 正直、店内に入ったらカラオケ屋である自信がない。小奇麗なテーブルセットが並んでる普通のレストランだったらどうしよう? 何より、後日部長さんに今日のことを尋ねたら「その日は一人で帰ったわよ?」なんて言われたら……!?

 あまりに非現実的な感覚で足元がおぼつかない。でも、ハニトーの強烈な存在感ととろけるような甘さだけは私の記憶にしっかりと残っていて、それだけが今の私の心の支えてくれる。

 その確かな美味しさだけを胸に閉まって、私は今日体感したことは絶対に他言しないと心に強く決め込んだ。

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[良い点] いいね! いいね~! いい~ね!!! [気になる点] ない~ね [一言] 俺のもぜひ!! 題名、マーラシア
[良い点] 面白い!! [気になる点] 特になし [一言] 俺のもぜひ
[良い点]  いやあ、このシリーズはやっぱり楽しくていいですね。  最近流行の願望充足系のネタ(俺tueee!とかTSとか)を使わずにここまで読ませるのは素晴らしいと思います。 [一言]  ていうか主…
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