遊女
タグや警告等にもありますが、この作品はR15かどうかのちょうどボーダーラインにいる作品(源氏物語程度)です(個人的にはR15以下だと思うのですが念のため…)。しかもGLです、百合です。苦手な方は引き返してください。
あと、時間を無駄にしたくない方も戻ってください。多分、読み終わってからすごい時間無駄にしたと思いますので。
それでも良い方はどうぞお進みください。後悔しても知らないぞ。
*尚、この作品についての苦情等は一切受け付けませんので、予めご了承ください。
私は一生、ここに連れられてきた時のことを、あのお方に会ったことを忘れることはないでしょう。たとえこの生涯を終えても、私は来世であのお方のことを思い出す、そうに違いありません。
あのお方と出会ったのは、酷い土砂降りの日のことでございました。涙なのか雨粒なのか、その違いさえもわからなくなるほど雨は酷く、そして私の目から溢れ出る雨粒も大量でした。
土砂降りの中、野蛮な男たちに細い腕を折られんばかりに強く掴まれて、幼かった体を泥の地面に引きずられて、私はここへ連れてこられました。女子のみを捕え、ひどい(・・・)こと(・・)をする牢獄へ連れてこられました。道中、男たちから私は両親の借金の肩代わりにされたらしいことを聞きました。その瞬間、私の涙は枯れました。
牢獄へ連れてこられてからは、地獄の日々の始まりでした。お姉さま(年上の、私よりずっと昔にこの牢獄へ連れてこられた姉女郎を、私はそう呼んでおりました)にこき使われ、時にはお姉さまご自身の失敗を私に擦り付けられたこともございました。しかし私の涙はここに連れてこられた時に枯れておりましたので、私は一粒足りとも涙を流すことはございませんでした。
そんな日々が続いたある日でございます。その日もお姉さま方にこっぴどく虐められ、腹の足しにもならないほどの、食事とは到底呼べないほどの食事をとっていた時のことでした。
「あなた、それしか食べないないの?」
突然奥の襖が静かに開き、誰かが入ってきました。
私はきっとまたお姉さまの誰かが蔑みに来たのだろうと思い、食事を止め応対しました。
「これしか食事がないのでございます。粗相をしてしまい、これしかいただけなかったのです」
正確に言うと、その粗相とは私がしたものではなく、お姉さまがしたものでした。しかしその粗相を私が擦り付けられ、その罰として食事もこのようなものになってしまったのです。
さあ次はどんな言葉が出てくるのだろう。蔑みの言葉でしょうか? 嘲笑の言葉でしょうか? そう身構えていた時でした。
「よかったら、私のご飯食べる?」
それは私が予期したものとはまったく違う、真逆の言葉でした。嘲笑でも、蔑みでもない、そう、「優しさ」。ここへ来てから初めて与えられた優しさ。もう永遠にもらえることのない、そう思っておりましたのに。
気がつくと、私はその方の手から握り飯を奪い取るようにいただき、一瞬で平らげました。ここへ連れてこられた時と同じように、大粒の涙をぼたぼたと流しながら頬張りました。
それから私はそのお方に、ここに来てからあった辛いこと、苦しかったことを全て吐き出しました。そのお方は、「うんうん」「よく耐えたな」と頷きながら聞いてくださいました。
これが私とあのお方の出会いでございます。
あのお方、お銀お姉さま(どうやら本名ではないらしいのですが、他の遊女などがそう呼んでいたのです。由来は、お銀お姉さまの髪が銀色だったことからだと思われます)は、その後も度々私のところにこっそり来て下さり、私に読み書きや牢獄の外の世界で起きていることを教えて下さりました。
他のお姉さまに聞いたところ(もちろん直接ではなく、話しているのを立ち聞きしたのですが)、お銀姉さまはここで一番人気の「花魁」だそうなのでございます。さらに、ここに来る前はあの大奥にいて、なんと将軍様の側室をされていたらしいのです。しかし粗相があったために追い出され、ここへ連れてこられたらしいのでございます。確かに、お銀お姉さまは他のお姉さまたちよりどこか雰囲気が違い、立ち振る舞いからも何か気高さを感じました。
そんな高貴なお方が何故、私のような両親に売られたみすぼらしい小娘に構うのでしょうか。私を蔑むために私は思い切って、或る夜それを尋ねてみました。――返ってきたのは、張り手でした。
「愚か者っ!!! 大馬鹿者っ!!!!!」
お姉さまはそのような言葉で私を罵りました。大粒の涙をぽろぽろこぼしながら罵りました。
「私の気持ちは、私の愛情はあなたには届いていなかったというのですか!!!」
泣きながら私の体を抱き締め、そう叫びました。その時、愛情という言葉に違和感(おそらくこの言葉は相応しくないと思うのですが、兎に角何か特別な感情でした)を抱きました。
「私は、そんな気持ちを一度たりとも抱いたことはありませんでした! 私は、あなたには私のような汚らわしい女になって欲しくないから――……」
そこまで言うと突然口を噤み、「いや、これがあなたには蔑みと思えたのでしょうか……」と呟くと、すっかり黙り込んでしまいました。私たちの間に沈黙が流れたのはおそらく一、二分のことであったのでございましょうが、お銀お姉さまが再び口を開いたのは三十分ほど経った後のように思われました。
「ごめんなさい、私の勝手な節介を押し付けてしまって……。お凜(私の名前でございます)には迷惑でしたわね。もう金輪際、あなたには近づきません。どうか、御免させてください」
そう言うとお姉さまは額を畳につけて、土下座しました。私はその姿に呆然としてしまったのですが、はっと我に返った時にはお銀お姉さまは部屋を出ていこうとしていました。
「お待ちください!! 私が悪かったのです! お銀姉さまは一寸も悪くありません!! 謝らなければならないのは私のほうなのです! 私はただ、何故姉さまが私に優しくしてくださるのかが知りたかっただけで――……」
必死にお銀姉さまを引き留めようと姉さまの着物を掴もうとした時でした。お姉さまの着物の裾に滑って、気がつくと私がお姉さまを押し倒す形となってしまっていたのでした。下賤な男たちが私達にするように私がお姉さまを押し倒し、そして艶やかなお銀姉さまの唇に――自分の汚れた唇を押し付けました。
「御免なさい、姉さま……でも抑えられなくて……。私、あんなに姉さまに酷いことを申上げて、下賤な男たちがするようなことをして……兎に角、私、姉さまの優しさを迷惑だなんて思っておりませんし、むしろ嬉しくて……こんな私にも優しくしてくださる姉さまに惹かれて……嗚呼、言っていることが滅裂ですね、御免なさい……でも私、私……!!」
ぼろぼろ涙を流しながら一生懸命訴える私を、姉さまは最初驚いたお顔をなさって見ていましたが、やがていつものように優しく笑うと、今度は姉さまから私の唇にご自分の艶やかな唇を押し付けてきて、そして私の耳元で、甘い声で囁きました。
「私たちも、下賤な男たちが私たちにする下賤な行為を、しましょうか」
そうして、私たちは一夜を共にしました。その一晩で、姉さまがここで一番人気と言われる理由がわかった気がいたしました。
私たちはそれから幾度か一夜を共にすることがありました。一番人気の花魁とまだ数人としか相手をしたことのない女郎、それ以前に女子と女子。それは許される関係ではなく、特にここでは決して許されない関係で、してはいけない行為で、もちろん私も姉さまもわかってはいたのですが、しかしそれをやめることはできませんでした。
そんな姉さまとの関係が何年か続いた或る日。他の女郎や客、店の者に見つかることはありませんでしたが、お天道様は見ていらっしゃったのでしょう、私達の関係は突然疎遠になりました。
原因はお銀姉さまにも、私にもございました。私が初めて男に魅入り、そして魅入られたのです。
その男は他の下賤な男たちとは違い、乱暴なことは決していたしませんでしたし、上辺だけの優しさではなく、本当の優しさ――そう、お姉さまと同じように本当に優しくしてくださったのです。どうやら、私という女は優しくされるとすぐ惚れてしまうらしいのです。
その男は重五郎といい、ここの近くの大きな酒屋の次男坊らしく、次男坊でも相当大切に育てられたのがよくわかる男でした。重五郎は私に惚れたと言い、身請してくださると言ってくださいました。私はそう言われる度に、「何故私のような卑しい女郎なんかを身請するのか」と問いましたが、重五郎は決まって「お前に惚れたからだよ」とおっしゃってくださいました。そうやって何度も会う内に、いつしか私は姉さまのことを忘れ、重五郎に溺れていきました。姉さまも私の噂を聞いたのか、それとも別の理由があったのかこのときは知りえませんでしたが、私が重五郎と会うようになってから私のもとに訪ねてこなくなり、これであの誤った関係も終わりにできると、少々寂しく思いながらもほっとしていました。
それから幸せな日々が続き、次にお銀姉さまに再会――と申し上げるよりも見かけたと申し上げた方が正しいと思うのですが、兎に角、再会したのは、重五郎と出会ってから一年が経っておりました。しかし一年ぶりの再会は最悪な形でした。
姉さまをお見かけしたのは、重五郎以外の男に誘われ外に連れていかれた時でした。紫陽花の有名な神社の鳥居の下で、姉さまが男と二人で仲睦まじく、話しておられたのですが、でもその男はどこかでお見かけしたような、否、知っている、違う、あれは私が恋い焦がれ、そして私のことを好きだと申してくれた――………。
お銀姉さまと一緒にいたのは、紛れもなく重五郎でした。
何故姉さまが重五郎といっしょにいるの? 何故あんなにも仲睦まじそうに微笑みあっているの? 姉さま、嗚呼、重五郎、私を、私を裏切るのですか……?
翌日、重五郎は何食わぬ顔をして私の前に現れた。いつもと変わらない、優しい笑顔を浮かべて、偽物の優しさで私に接して。
だから私は重五郎に問い詰めたのです。昨日のことを、お銀姉さまとの関係を。その途端、重五郎は泣きながら土下座をして謝りました。しかしその内容は私の思っていたものとは真逆のものでした。
重五郎の話したことをまとめると、姉さまとの関係は嘘で、私との関係が本当だと。俺が身請したいのはお銀姉さまではなく、私だと。
泣きながら訴える重五郎の言葉は、嘘には思えませんでした。信じられないような言葉だけど、嘘には思えなかったのです。また重五郎さんは約束してくれました。「近いうちに、お金を持って必ず迎えにくるから待っていてくれ」と。
だから私は待ちました。季節が一つ流れても、二つ流れても、四つ流れても――……私はずっと待ち続けました――……
なーんて、思ったか。
んなわけねぇだろバーカ。