第二章 風の街 04
リカルドが教えた採掘場は思ったよりひどいものだった。
『ゴーレム』の出現により長らく人が入らなかったからだろう、ウルフのような獣の類の雨風をしのぐための住処となっていた。そこに部外者が入ればたちどころに今宵の晩御飯になってしまうはずだが、相手が悪かった。
「一人で来て正解だったみたい、人外相手ならいろいろと試せそうね」
と空は静かに独り言をつぶやく。
―――『逢瀬流』
逢瀬とは男女が会うことを表すがここでいう男女いうのは『伊弉諾』と『伊弉弥』のことである。大昔にその二人が会ったといわれる黄泉へとつなぐ黄泉路を警備し、魑魅魍魎などが出でしときはその討伐をするのが代々逢瀬家の務めであり、その討伐術が『逢瀬流』なのである。もとは人外を討伐するためだったが、時代が変化し世間で人外と呼ばれるものがいなくなればその武術は殺人術となり、戦場で活躍をした。そして殺人術が必要となくなった現在では『逢瀬流』の武術は影をひそめていき、そのすべてが空に叩き込まれていた。
つまり、空が使う武術は人を殺すための武術であり、人外を討伐するための武術でもあるのだ。普段は人が相手のため、使うことがはばかれるが、今回の敵はまさにうってつけの相手なのである。
(それにこの世界は精霊力で満ちているとメルは言っていたけど、それって氣のことよね。ここに来てからの氣の高ぶり方は尋常じゃない……)
その証拠に、この世界に来てからの空は力加減がどうもうまくいっていない。盗賊相手の際にはかなり加減をしたつもりでも大いにダメージを与えてしまったりしていた。
「氣を使った技はいろいろな武術にあるけど、ここではもっと具体的に力として出せそうね」
『逢瀬流』にも氣を使った技があり、ソラも習得をしていたが意外とパッとしないものが多かった。しかし、この世界では氣をはっきりと感じることができ、それを試すのにいい場所と相手が現れたのである。このチャンスでものにできれば自分の大きな飛躍になることは間違いなかった。
「『アイアンゴーレム』か…楽しみ」
自然と笑みがこぼれ、ワクワク感がさらに体を軽くさせる。そんな声に魅かれたのか、獲物の声によってきたのかわからないがウルフたちが集まってくる……
「その前に、お掃除といこうかしらね」
得物の木太刀を取り出し脇構えのまま、前へ前へと駆け出した。
ウルフたちと正面衝突する間際、下段から切り上げると同時に、
「破っ!」
氣合いをこめ、放つ。
氣合いの一閃と同時に巻き上がる様な衝撃波が起こり、周囲の獣を吹き飛ばした。
<山彦>
本来なら、声と共に放つ「氣当たり」で相手を怯ませ、数歩下がらせる技であるがその放たれる「氣あたり」が衝撃波となり飛び出したらしい。
衝撃波に巻き込まれた獣はすぐさま立ち上がり警戒するかのように、または威嚇するかのように唸り声をあげる。
(所詮は氣当たりか…威力には期待しないほうがいいわね)
ならばと駆け込んでこないウルフとは対照的に空はどんどん攻め込んでいく。
「疾っ!」
空気が鋭く抜く呼吸共に、振り上げたままの木太刀を縦一線に切り落とす。
鋭い剣筋ではあったがウルフまでとの距離は若干離れて届くはずもない。―――はずだったが、ウルフの身体は綺麗に剣筋通りに斬り裂かれていた。
(<鎌鼬>と言ったところかしらね)
<山彦>の衝撃破を鋭い刃に変え、剣筋とともに放ったのだ。氣を籠めた風の刃で真っ二つに斬り裂かれたウルフを見もせずに次の獲物へと斬りかかる。だが、その段階で勝負はついていた。ウルフは頭のよい動物である。集団で襲い掛かったが失敗し、仲間の一人が殺されたのだ。集団行動をする彼らにって仲間の消失は痛いのだ。すぐさまリーダーの遠吠えの聞き、外へと逃げていく。空も退却の遠吠えを理解し、戦闘をする必要がないと判断すると、すぐさま木太刀を袋に収めウルフが逃げるのを静かに見ていた。
ウルフが全員外へ出たのを確認したのち、
「まだ試してみたいことはあるけど、無用な殺生はやめといたほうがいいかな」
せっかく新しく買った服が汚れるしと呟きながら、採掘場の奥へと歩を進めていった。
大気中の炎の精霊の力を借り明かりをともす『精霊洋灯』のおかげで坑道内は比較的明るく、ほとんどが一本道だった。たまに分かれ道があっても、すぐに行き止まり、または通行止めになっており、常に正しい道へ進めたおかげですぐに目的地へとたどり着けることができた。つまり、『アイアンゴーレム』とのご対面である。
おもに、鉱石を取るために作られた広場なのだろう。大きな空間の中に巨大な鉄の塊が立っていた。西洋の鎧を巨人が来ているかのように幾重にも重ねられた鉄のプレートの鎧が立っている。だがその中は空っぽで『核』のみが入っている。その姿を正面から堂々と空は見上げ、自分よりでかい相手を前にしても恐怖より高揚感のほうが多いことに驚いた。
(こんなのと戦えるなんて、普通に生きてたら絶対に体験できないわね……)
巖双の修行で樋熊と戦った際でもこれほどの高揚感はなかった。もちろんこの『アイアンゴーレム』はその樋熊の何倍も大きく、叩いたり斬ったりしてもびくともしないし、怯むことはないだろう。
「でもやっぱり物は試しよね!」
すぐさま、木太刀を構え、上段から一気に振り下ろす。
「破っ!」
とウルフと対峙していた時よりも圧倒的な氣を『アイアンゴーレム』にぶち当てるが数歩よろけるのみで効果がない。
「まだまだ!」
と続けざまに木太刀を横薙ぎ、袈裟斬りと十字の<鎌鼬>を放つが、それも鉄の鎧の前では斬ることは皆無だった。そして、傷がつかない代わりに『アイアンゴーレム』が空を敵と認定し、襲い掛かってくる。
動きとしては緩慢ではある。しかし、広まった空間ではあるが空にとっても、『アイアンゴーレム』にとっても、そこまで自由に動き回れるわけでもない。『アイアンゴーレム』に下手に天井や壁を殴られてしまうと岩盤が崩れ、生き埋めにになる可能性があり、迂闊には動けないのである。だが空はすぐに自分の居場所の把握をして、敵が攻撃する位置と攻撃される位置を判断し、唸りを上げる腕を回避していく。
だが、逃げているだけで勝てるわけではない、斬撃では勝てないと判断すると木太刀をしまい、体術への打撃に変更した。
振り上げられる腕を回避しては、脚、腕に掌底や肘を打ち込み、風を切るパンチには、腕を道にして頭、身体に蹴りや膝を叩き込む。打ち込まれる度にどれもグワンと鉄が鳴る音が広場に響き渡るが、効果なし。
「ふむ、やっぱり『核』を壊さないとダメか…」
自分の攻撃が全く効いていないのに空には焦りがなく、落ち着き払っていた。そして、『アイアンゴーレム』の攻撃をよけながら神経を集中させていた。
(この世界の氣が精霊力であるなら地の精霊が集まった『核』にも氣が集まっているはずよね……)
氣の流れを感じることさえできれば、どこに精霊力が集中しているかもわかるはずである。つまり、自分の体内を流れる氣とは別のところに流れていく氣を探ればいいのだ。そう考えた空は気持ちを落ち着かせ、辺りに自分の氣を巡らす。感覚としては川にポイをつけた釣り糸を川に流している感じである。そして自分の氣がどこに流れるかを把握し、
(見つけた!)
『核』の場所を把握する。
『核』の場所は人間でいう心臓部にあり、振り上げた拳を叩きつけて身体が下がっているときか左腕を渡っていくしかないが、可能であることは先の連撃で証明済みである。あと残る問題はどうやって『核』を破壊するかだが…
空は何の迷いもなく再び木太刀を取り出し、身体を半身にし切っ先を相手に向け、突きに特化した構え―――霞の構えを取る。
振り上げられた両手を前に進むことで回避し、下がった身体まで素早く近づくが心臓部までは届く距離ではない。
―――しかし空に迷いはなかった。走る力そのままに『アイアンゴーレム』の右脛を三角飛びし、左膝に飛び移りその勢いのまま心臓を突く。
「終わり、よっ!」
氣合いと共に突かれた一撃は、心臓の部分を貫くが、
―――ガンっと鉄の音がしたのみだった。
鉄の身体に阻まれたのである。
そして、自由落下にまかせている空は完全な無防備であった。そのまま拳が当たれば絶命するだろう。しかし、さっきまで暴れていた『アイアンゴーレム』はピクリとも動かない。その代わりにサラサラ鉄の鎧が崩れているのだ。
「『逢瀬流』鎧通し<木霊>、こいつの前ではどんなに頑丈な装甲でも中身を破壊できるわ」
そう言いながら、静かに着地した空は血払いをし、木太刀を袋に収め、
「といっても、あんたにはわからないだろうね。もう黄泉へ渡っちゃったんだから」
崩れゆく『アイアンゴーレム』を目を細めながらそう言うと坑道の奥へと進みいく。
「採掘道具はそこらへんにあるとか言ってたけど…あ、あった」
つるはし、スコップ等が置いてあるトロッコが見つかった。
「それにしても、どれぐらい掘ればいいのだろう…」
つるはしを手にしたところでそう考えて、ある重大なことに気が付いた。
「てか鉱石ってどういうのよ?」
肝心の鉱石のことを聞くのを忘れていたことに気がつき、肩を落として一度街に戻ることにしたのだった。