第二章 風の街 03
――――『冒険者ギルド』
世界を旅する者にはいろいろな情報が集まる。その情報を統括し、交換するために作られたのが『冒険者ギルド』である。そして、旅する者には手練れが多いため、その力を頼りに国、街、村で抱えている様々な問題を解決することも仕事として『冒険者ギルド』に集まってくるのだ。もちろん情報を渡したり、仕事をこなせば報酬がもらえるため、それを生業としている者も多数存在している。そして、仕事を受ける場合はギルドに登録されている信頼のある者にしかその権利はなく、信頼を得るためにはそれなりの実績と他者からの推薦状が必要とされている。
リリアを追って、一軒の酒場に入るとそれぞれの獲物を携えた人たちが一斉にこちらに目を向けた。メルは身を縮こませ、
(何度来てもここはあんまり好きじゃないなぁ)
と思いながら、気後れすることなくズカズカとカウンターの方へ歩いていく師匠の後をソラと一緒についていく。初めてここに入るソラも自分と同じ気持ちかと思い、顔を見やると暢気そうに口笛を吹きながらにこにことし自分とは正反対の余裕の顔をしていた。
「珍しい客が来たものだな、リリア。今日は何か依頼できたのか?」
入ってくる客に酒場のマスター―リカルド―が声をかける。ここは酒場と宿屋、それと冒険者ギルドの顔を併せ持つ複合的なお店なのだ。メルはいつも酒場のマスターから薬の依頼を受け、それを渡しながら自分の小遣いを稼いでいるのだが、メル自身はあんまりここの雰囲気が好きではなく、来るたびに体が強張り緊張する。
「今日は冒険者の登録に来たのだ。なかなか面白い娘がいてな」
「それってのは後ろの小っちゃいのか」
小っちゃいのと呼ばれ、ソラは多少むっとした顔をしたがすぐさま元の顔に戻り、
「まぁ、ここら辺の人間に比べれば確かにちっこいかな」
と片目をつぶり
「ところでおっさん、まどっこしい詮索なんてしてないで本題に入ったら」
挑発的な態度でカウンターへと近寄って行った。「お、言うねぇ、嬢ちゃん」「マスター、ちゃんと客として相手してあげないと」とヤジが飛んでくる。
「ほう、単刀直入とは血気盛んだな」
「元々は結構な手練れなんでしょ?だったら見ただけで相手の力量ぐらいはわかるでしょうに」
「リリアが話したのか…」
昔の話だといわんばかりにリリアのほうを見やるが「私は何も話しちゃいないよ」とリリアは首をすくめて告げた。その言葉を聞き、酒場の視線がソラへと集中したと同時にメルはすごいと素直な感想を持った。
「確かに面白いやつなのは認めるが、リリアの推薦でも仕事を頼むためにはそれなりに実績が必要だがそれはあるのかね」
リカルドの問いに「そんなもん、今から作ればいいだろう。仕事を一つ、審査の材料としてよこしな」とリリアが高圧的に言う。この怖いものなしの二人の様子を後ろで見ているメルは、ハラハラすると同時に、
(なんでこの二人はここまで自分に自信が持てるのだろう…)
と考えていた。
「おいおい、何か仕事をよこせって無茶を言うなよ。この仕事は信頼が大事なんだ。すみません、失敗しましたは勘弁してほしいことぐらいわかってんだろう?」
「簡単な仕事でいいんだが、それともなんだ、ちょうど難しい仕事しか残ってないのかい?それとも」
「ここにいる人たちが意図的に残したものってところでしょうね」
とソラがリリアの発言を受け継ぎ発言すると重い沈黙が流れる。ソラはその沈黙に臆せずに、辺りの冒険者たちを見渡す。見られた冒険者たちはそれぞれがある種の武器を持っており、それなりに鍛え上げられた体をしている。だが、そんな冒険者でも手を出さない―――否、手が出せない仕事が存在する。それは、
「ま、魔法ないし魔術が必要なものなんですか?」
と自分が喋っていいものか迷いながらもメルがそう答える。
「ああ、仕事を受けてくれそうな頼りになる召喚術師がこの町にはいなくてな……」
気まずそうにリカルドが言う。もちろん、リカルドもメルを冒険者ギルドに登録をした際にメルが召喚術師であることは知っているが彼女は見習いなのだ。そう簡単に魔物相手ができるとも思っていないし、リリアからそういう依頼はまだ時期ではない言われている。だからこそ、そういう依頼はメルの前では言わずに、薬の依頼ばかりをメルに斡旋していたのである。
「ちなみにそれってどんな依頼なの?」
そんな考えを知らず、はたまた理解しているのかソラが依頼内容を聞く。
「風車に吹く風を調整するための装置に必要な鉱石を取ってきてほしいのだが、そこにな『ゴーレム』が住むようになってしまったんだ」
―――『ゴーレム』
地の精霊が鉱石に宿り、それを『核』として土の人形化した魔物である。鉱山などの土の精霊が多く住みつく場所に多く存在するが、召喚術師が意図的に鉱石に土の精霊を集めて『ゴーレム』を作ることができ、『命令』を与えて使役することも可能である。魔物として現れた場合は、『核』の破壊をすればいいのだが、問題なのはその硬度である。土の精霊の集まり具合によって『クレイゴーレム』、『ロックゴーレム』、『アイアンゴーレム』などと硬度が変わり、物理攻撃での『核』の破壊が難しくなってくるのだ。また、『核』に集まる精霊によっては『マグマゴーレム』、『ウッドゴーレム』、果ては『ドラゴンゴーレム』など多種多様に変化することもある。
「ちなみにそこに住み着いたのは『アイアンゴーレム』だ。普通の武器で刃が立たなくてな、どうしようもないんだよ」
『クレイゴーレム』や『ロックゴーレム』であれば多少の物理攻撃での破壊もできるが、『アイアンゴーレム』となると武器以上の硬度になっているため、魔力を込めた武器や魔法を付加した武器でないと破壊は難しくなってくる。そこで登場するのが召喚術師である。召喚魔術による攻撃であるならば、雷を落としたり、風による刃で隙間を縫って『核』を破壊することができるのだ。
だからこそ、召喚術師ではない冒険者たちは、この仕事には手を出すことができなかった。そして、ソラも魔法も召喚魔術も使えない武術家である。
「それにな、メルの嬢ちゃんが仕事をしてしまうとな、そっちの嬢ちゃんの功績にはならないんだよ。結果としてはメルの嬢ちゃんが倒したことになるからな」
「ならあたしだけでその仕事をこなせばいいだけの話じゃない」
と簡単なことをやるようにソラが言うのを聞いて、リリア以外の人間は耳を疑った。
「ちょっと、ソラさん!話聞いてましたか?『アイアンゴーレム』は物理攻撃が効かないんですよ!?」
「どうやって倒すんですか?」と詰め寄るメルにソラは、
「あたしを信じなさいよ、メル」
と正面から―――身長差があるため見上げる形になっているが―――揺らぎのないまっすぐ眼を見て答えた。その顔には盗賊と戦うときと同じく余裕のある笑みが浮かんでいた……
その姿は召喚術に関していつも自信のないメルにとっては何倍も大きく見え、自分もそんな風になりたいという気持ちになった。
「はい、信じます。けれど気をつけて行ってきてくださいね」
「そうこうなきゃ!」
パシンとソラとメルとハイタッチをし、再びリカルドに詰め寄る。今度は二人でだ。
「リカルドさん、ソラさんの実力は私も保証します。私と師匠二人の推薦ということでこの仕事を受けさせてもらえないでしょうか?」
「大丈夫よ、リカルドのおっさん!絶対に倒して鉱石持ってくるから」
「早く依頼書を出してこい、だれも手を出さない仕事を解決してやるんだありがたく思え」
リリアの援護もあり、リカルドがしぶしぶながら依頼書をカウンターの奥の引き出しから出してくる。
「いいか、そこまで言うなら絶対に解決して来い。できないって言ったら3人ともただでは済まないと思えよ」
「わかったわ、場所は?」
「この町を出て北に採掘場がある、その奥に鉱石があるはずだ、工具は適当に置いてあるのを使っていいことになっている」
「了解、先に敵の排除、その後に鉱石に採掘でいいかしら?」
「それは任せる」
「じゃぁさっそく行ってくるわ」
そういうとソラは颯爽と酒場を出て行った。
「そういえば、あの子の背負ってる武器はいったいなんなんだい?袋に隠れて見えなかったが」
「木でできた剣で、ソラさんは木太刀と呼んでました」
それを聞いて酒場にいた全員が騒然とした。物理が効かない敵にまさか木でできた武器で挑もうというのだ。それも自信満々に…
「何か魔法とか魔術が使えるんだろうな…当然」
睨むように見据えるリカルドに怯えずにメルが答える。
「たぶん使えません、けど平気です」
「おいおい…なんでそんなことが言えるんだ」
「だって…」
そこで言葉を止め、ソラが出て行った扉のほうに目を向ける。
「ソラさんですから」
(私にはまだ自信はありませんけど、ソラさんのことは必ず信じようと思います)
そう心に決め、変化をしようとしているメルがはっきりとマスターの質問に答え、大きな一歩を踏み出した。