序章
がさりがさりと草木がなる音が森の中で鳴る。
「待ちやがれ!」
その原因は少女が男数人に追われているからである。
男どもたぶん野盗の類。
土汚れが目立つ服装、たぶん野盗となってからは水浴びもあまりしていないのだろう…肌までもがかなり汚れている。
自分の身にあまるような武器は持っておらず、何も持っていないか、せいぜい素人でも護身用として使える短剣を腰に相手の見える位置につけているぐらいである。
少女にとっては、弓の類を持っていないことは幸運だといえるだろう。
もし、持っていたのならばこうやって逃げることなどできないのだから……
少女のほうはローブをはおり、片手には大量の草が入った籠を下げている姿は薬草を取りに来た少女とも思われる。だが、ただの少女ではないことはわかる。
なぜならもう片方の手には紋様が刻まれた木の棒、杖を持っているからである。
しかし魔法と呼ばれるものは杖などを必要ない。精霊力と呼ばれる力を借り、呪文の作用によって変形し力あるものになる。そのため呪文が“力ある言葉”と呼ばれるゆえんなのだ。
そしてそのためには特別な言葉『魔法言語』と呪文を習うとともに自分の体内に高いレベルの精霊力が内包されてないと使うことができない。
精霊力はどこにでもあるのだがそれを引き寄せる力、つまり呼び水たるものが無ければいくら呪文を覚え、唱えても魔法は発動しないのである。
そのため魔法の使える者は特別な場所、協会と呼ばれるところに生まれてまもなく連れて行かれる、大きな報酬と引き換えに。
また、もうひとつ魔法に近いものがある。それは自分自身の精神力を使う召喚術であり、召喚され具現化したものを召喚獣という。
これは異世界や精霊の力を借りるものだが、それを使うにはその召喚されたものより力あるものと思われ契約しなければならない。
例えば、そのものと戦って勝つことや与えられた試練を果たすなど、その召喚獣によって様々である。
たまに条件なしで契約してくれるものもいる。そのため、かなりの危険が伴うが契約なしでも召喚の呪文は唱えることは出来るのである。
また、具現化することはしないでその精霊の力だけを借りてくる召喚魔術と呼ばれるものもあり、これは契約者じゃなくてもその契約者が書いた特殊な紋様により唱えることができる。
魔法と区別するため、こちらは一般的に魔術と呼ばれている。
そして彼女は後者であり、精霊の力がこもっている杖を持っているのである。これならば初級召喚魔術ぐらいなら安心して使うことが出来るのだ。
そして少女もさすがに逃げるのが難しいと考えたのだろう。走りながらも呟く程度の音量で呪文を唱える。
「契約者メル・シンクレアの名の下に力を貸し与えよ・・・」
そこで彼女の呪文はとまった。もちろんこれだけで呪文は完成されない。
まだ契約者たる名前しか言ってないのである。
少女はいきなり横に飛び、木陰に隠れ、懐からメモ帳を取り出した。
「えっと・・・風の大精霊の呪文は・・・」
軽くメモを見た後再び走り出し、たどたどしく“意味のある言葉”を唱え始めた。
もちろん唱えるのは風の大精霊の力を借りて使う召喚魔術。
風の大精霊の特徴を示す呪文を唱えているのだが、所々忘れているらしくたまに走りながらもメモをちらちら見ている。そのため、走る速度は落ちる一方だ。
しかし勝機はある。この呪文さえ発動すればいくら野盗でさえ退散するはずである。彼女はそう思っていた。
「……風よ、すばやき刃となれ!」
少女は、先頭を走っていた野盗に杖を向け、唱えた召喚魔術を発動させる。唱えたのは〈風の刃〉という風の初級召喚魔術である。風を鋭く吹かせることにより、鎌鼬を起こす魔術だ。しかし、この魔術の威力はあまり無く、肌を切り裂く程度である。
それでも、連続で使われれば刃物で切り裂かれるのと同じであり、急所に当たれば死に至る。
風の刃は、まっすぐと野盗へ向かい、当たった。しかし、かすかに頬と服を切り裂いただけであった。
「魔術か!身を隠せ!」
後ろでただ一人、他のとは違く小剣を持っている男が大声で指令を出した。たぶんその男が頭なのだろう。
(外しては無いですけど、警告だと思って、引いてくれませんよね?)
彼女はもう一度同じ魔術を唱えながらも相手を伺うことにした。もし彼女がちゃんとした召喚士なら〈風の刃〉を制御し、隠れている野盗を切り裂いているだろう。だが彼女は見習いであり、師匠の力を借りないといけないのである。
野盗のほうも身を隠し、相手の出方を伺っている。
先に動いたのは野盗ほうだった。しかし、少女も既に呪文は唱えきってあり、発動させるだけになっていた。
頬に赤い筋がある野盗が飛び出してきたのである。
すかさず、少女は〈風の刃〉を発動させた。今回は時間が与えられたため威力はもちろん上がっている。
甲高く風の音が真っ直ぐと野盗に向かっていく。
だが野盗も愚かではない、風の音を聞き、横に飛び避けたのである。
野盗に当たるはずだった風の刃は後ろの木に傷をつけ消滅した。
それと同時に、避けられることがばれたのである。
血の気が一気に引いた。しかし、彼女はすぐに走り出した。野盗たちも一斉に飛び出してきたのは背後の気配でわかった。
追いつかれるのも時間の問題だろう。しかし、彼女は諦めが悪い部類の人間なのだろう。すぐに次の案を考えた。
(このまま何もしないで捕まるなら……)
そう思いながら彼女は次の呪文を唱え始めた。
「我は万物の扉を叩く者……」
それは、異世界の扉を開き召喚する呪文、つまり召喚術である。そして見習いの彼女にとっては危険極まりない行為である。
(何かをして、捕まりたいものよ!)
そして彼女は決断した。見習いにとって禁忌とも言える召喚術を唱えることを。
「……メル・シンクレアの名の元に、扉を開きこの世界へ導け!」
そこまで唱えると足を止め、振り返る。野盗は意外とすぐ近くまでいたが、あとは発動させるだけである。
(召喚するなら、仲良くなれる召喚獣だといいのに)
そう思いながら最後の発動の呪文を言う。
「召喚!」
空中に丸しか描かれていない魔法陣が出現し、眩い光を発した。
そして足から徐々に姿が現れ、
「いった~」
目の前に現れたのは地面に落下した少女だった……