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小話  作者: アラック
9/9

セミガエル

「“セミガエル”という文字列から、どんなものを思い浮かべる?」

 Aが問うた。

 Bは少し黙考して、額に手を当てて答える。

「“セミのように鳴くカエル”を想像した」

「それは何故」

「“セミ”という単語が“カエル”という単語の前に来ているから、セミのような姿、特徴を持ったカエルか。あるいは、セミのような鳴き声のカエルを想像した」

「後者と答えたのは何故?」

「前者は明確な姿かたちを想像しきれなかった。後者、カエルの姿にセミの鳴き声は想像に難くなかった。クマゼミの鳴き声で想像した」

「定番どころのアブラゼミではないんだな」

「好きなんだ、クマゼミ。あとは、ウシガエルっているだろ。だから、セミのように鳴く、それほど大きくはないカエルというイメージだ」

 なるほどと、Aはひとつ頷き、Bの向こうでこちらの話を聞き流していたCに水を向ける。

「どんなものを思い浮かべた?」

 主語の無い問いに、CはAの方を横目で見て、元の方へ向き直り、独り言のように答える。

「Bの前者。セミっぽいカエル。特徴は頭の中であやふやだけれど、茶色っぽくて羽根がある感じ」

「はっきりとした姿かたちは思い浮かばなかった?」

「無理だ。あまりにもかけ離れている2個の生き物だ。特徴を組み合わせようとしても上手くいかない。冬虫夏草とはまた別だ」

「確かに。昆虫と両生類では、生物としての距離が近すぎるか。それに、単純に個々の相性が良くないな」

「もう少し時間を掛ければ、そのあたりの掛け合いに折り合いをつけて自分なりの“セミガエル”が出来上がるだろうが、これ以上考える気分になれない。カエルは嫌いなんだ」

「確かに、これ以上想像するのはよそう」

 言って、Aが向いた先を、BもCも見る。

 廃棄されたテナントビルの中、その一室、その一角。

 照明系統への配線はずたずたに引き裂かれていて、壁のスイッチを入れても明るくはならない。

 窓の向こうから差し込む月の明かりでようやく見渡せる室内、その奥には、真っ白なシーツで区画されている一帯がある。

 “セミガエル”と、その真っ白なシーツに書かれていた。大きく縦書きで。おそらくは油性マジックで書かれている。

 月明かりが照らすシーツの向こう側には、脈動する何かの影がある。

 シーツに書かれた文字通りの“セミガエル”か、あるいは別の何かか。

 セミの、あるいはカエルの、鳴き声は聞こえてこない。

 Aと、そしてBとCとの3者は、この“セミガエル”に対処するためにここにいる。そういう仕事だ。

 仕事に対する思いは3者それぞれではあったが、今この時においては、3者とも同じ気持ちだった。


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