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小話  作者: アラック
3/9

異世界召喚

 日曜日の朝っぱら。

 リビングでスマホを操作しながらくつろいでいた俺は、座っているソファーを中心とした半径数メートルの空間に魔法陣が展開される光景を目の当たりにした。

 なんだこれは。まさか、WEB小説などでよく見られる異世界召喚の前触れではなかろうか?

 そわそわしながらソファーの上に正座した俺は、目の前に魔法陣に掛かれているものと同じフォントの文字が羅列されてゆくのを目にする。

 フォントの形状がかなり独特ですべて読み取れなかったが、最後に選択肢がふたつ現れた事で、心の中と外とで拳をぐっと握った。

 提示された選択肢は【はい/いいえ】らしいのだが、どうやらこのフォントをつくった人物は日本語を正確に把握しているわけではないようで、選択肢が【はぃぃぃ/ぃぃっえ】になっていた。なんだよ、【はいぃぃ】って。

 まあ、選ぶのはもちろん【はいぃぃ】だ。

 文字に指で振れた瞬間、魔法陣からまばゆい光があふれ出して、俺の視界を包み込む。

 いよいよ召喚のようだ。

 俺は心を躍らせながら、光が収まる時を待った。


 ◇


 それほど時間を置かずに光は収まってしまった。

 目に見える景色は一変している。

 切り出した石で組み上げられた広い部屋の中、寒々しい青白い灯りがぼうと灯っている。

 俺は、リビングにあったソファーごと、この空間に召喚されて来たのだ。

 ソファーに正座したまま部屋の中を見渡すと、予想していたよりも沢山の人がいる事に気付いた。

 まず目についたのは、白いローブを身に纏ったおじさんが3人。ひげと、はげと、でぶ。現代日本なら中間管理職になっていそうな顔の方々。俺を召喚した人なのか、それとも権力者でこの場の立会者なのかは、定かじゃない。

 その背後、壁際に控えるように、白い衣装を着た中学生くらいの女の子たちが大勢、ざっと見ても30人はいる。何者なのかはわからないが、巫女さんのようなものだろうと勝手に想像付ける。

 そして、その中にひとりだけ豪奢な衣装を着た小学生くらいの女の子いた。きらきらした目で、口を笑みの形に大きく開けて、こちらを見ていたのだ。これはわかる、お姫様だ。

 召喚された俺は、これから何らかの説明があるのだと思ってソファーの上で正座待機しているが、その説明というものが一向に始まらない。

 おじさん3人は難しい顔で俺の方と手元の巻物や分厚い本を見比べているし、巫女さんたちは隣の子とひそひそ話を始める。

 ああ、やめて! おじさんズはともかく、女子に視線向けられながらひそひそ話されるのって、精神的にきついの! メンタル! メンタルやばい!

 嫌な汗をかき始めた俺のところへ、お姫様がてってこてーっと笑顔で近付いて来た。

 おや? もしかして、俺に興味津々かな? かと思いきや、興味の対象は俺が正座していたソファーの方だった。

 俺がソファーから立ち上がって場所を譲ると、お姫様は何の警戒もなくソファーに飛び乗り、尻でそのふかふか具合を堪能し始める。

 時折、俺の方に満面の笑顔を向けつつソファーを堪能するお姫様に心を癒されていると、ようやくおじさんズが近付いて来た。

 いよいよ状況説明が始まるのかと思いきや、おじさんずの表情は非常に残念そうだ。いや、残念なものを見る目だった。

 これは嫌な予感がする。絶対にいい知らせではない雰囲気が、彼らの表情から伝わってくる。

「すまない。はずれ……、いや、手違いで召喚してしまった。すぐに元の世界へ送り返すよ」

「今、はずれって言いよったよな? おい?」

 俺が聞き返すも、おじさんズはしきりに「すまんねー」「ごめんねー」と受け流す答えで防御して、呪文を唱えはじめ、足元の魔法陣を起動させる。

 せっかく異世界に召喚されたというのに実は手違いで、残念そうな視線に晒されて元の世界に送り返されるのか……。

 がっくりと肩を落とす俺は、服の裾を引っ張ってくるお姫様に「なあに?」と問う。

 お姫様は上目づかいで俺を見上げていた。

 何か、大切なお願い事をする前のような困ったような表情に、俺はわずかな希望を見出す。

 これは、俺に残ってほしいという感情の表れではないだろうか?

 途端に気分よくなった俺は、お姫様の「これ、ちょうだい?」とソファーに寄り掛かりながらのお願いに、爽やかな笑顔のまま「いいよ?」と答えてしまった。

 魔法陣から光が溢れ出して、視界を光で染めていゆく。

 俺は爽やかな笑顔を浮かべて固まったまま、元の世界へと返品されるであった。

 そんな無様な俺に向けて、お姫様はソファーの上からばいばーいと、元気に手を振ってくれていた事が、唯一の救いだった。


 ◇


 光が晴れると、そこは元居たリビングだった。

 時間にして5分と経っていない、おそらく世界最短の異世界旅行だったのではないだろうか。

「あら、ソファーどこいったの?」

 リビングに母が入ってきて、驚いたように声を上げる。

 俺が据わっていたソファーはリビングには帰ってきていなかった。おそらく異世界で今もお姫様が据わっている違いない。尻でぽんぽん飛び跳ねているかも。

 さあ、消えてしまったソファーの言い訳をどうしよう。

「……異世界に置いてきちゃった」

 俺は呆けたように、正直にそう告げる事しかできなかった。

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