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小話  作者: アラック
2/9

友人A

 昼休みになるといつものように、隣のクラスの友人Aがやって来る。昼食の入った惣菜パンの紙袋を断りもなく僕の机におくと、前の席の椅子を引いて座った。前の席の子は新学期早々入院しているので誰も友人Aの行動を咎めはしない。

 僕は読んでいた小説を閉じて机のわきに置くと、友人Aに断ることなく数ある惣菜パンの中からコロッケパンを抜き取った。友人Aの紙袋の中身の半分は僕の分だ。代金については問題ない。友人Aも紙袋の中から焼きそばパンを取り出すと、包装のビニールを手早く破いて食べ始める。顔を僕の方へ向けて僕を見ながらだ。

 しばらくの間、僕は友人Aの力のこもった視線に晒されながら食事を続ける事になった。とは言っても、コロッケパンの一口目を咀嚼して飲み込むまでの間だ。ただし、物ごころつく頃からの習慣で、僕は食べ物を良く噛んで食べる。一口に費やす時間も人より多く、僕が二口目を頬張る頃にはすでに友人Aは焼きそばパンを平らげてしまっていた。


「なに?」


 耐えきれ無くなって僕を注視する理由を聞いてみた。このまま二口目を頬張ったら、また友人Aの居心地の悪い視線に晒されて食事を続けなければならなくなるからだ。こちらがまだもそもそと食事を続けている間にも友人Aは黙ってこちらを見ている可能性すらあった。頬杖付かれて見られてたら色んな意味で最悪だ。

 その友人Aはというと、ふたつ目のパンを頬張りながら口角を持ち上げた。にやりと。勢い良く咀嚼しながらの頬笑みは、どこか悪魔じみていて薄気味悪い。


「いやさ、聞いてくれよ」


 聞いているからさっさと話そうよ。そして人差し指を僕に向けるのはやめようよ。口の中のものを飲みこんだ友人Aは、僕を指差したまま得意げに語り始める。こうなってしまったら僕が口を挟むタイミングはないので安心して食事を再開できる。


「この前、3年の池上先輩に告るって、俺言ってたろう?」


 言ってたねそういえば。確か1週間前の昼休みだ。その日の昼休みもこうして同じように友人Aと昼食を共にしていた。やはり同じようにものを噛みながら口角を吊り上げて微笑んだので、薄気味悪いなという印象で覚えている。

 友人Aは惚れっぽくて恋多き人だ。一目惚れなど日常茶飯事で即刻告白即ふられるといった珍事を繰り返している。これまでOKサインを出した女子生徒がいないので、友人Aの恋心がどこまで本気なのかは定かではない。ふられ慣れているせいか立ち直りが早く、この友人Aが沈んでいるところを見たことがない。


「でよ? 答えが聞けたんで、お前にも教えてやろうと思ってな?」


「どんなふられ方したの?」


「まあまあ、落ち着いて聞けよ」


 たまに相づち打たないと不機嫌になるくせにこういう勿体ぶった言い方をするのはどうかと思うんだ。でも、万が一にも友人Aに彼女が出来たというめでたい珍事かもしれないし、ここは黙って聞くことにしよう。まあ、結果はわかりきってるけど。


「まず俺は作戦を立てた。そりゃあ、何度も何度もふられりゃあ、俺だって学習するさ」


 得意気に語る友人Aは完全に自分の世界に入り込んでいるので食事を続けるなら今のうちだ。僕は適当に相づちを打ちながらやっとひとつ目のパンを食べ終えた。眼の前のどや顔のせいであまり食が進まないが、午後は数学の小テストがあるのでしっかり栄養を補給しなければならない。

 甘いのないかなと紙袋の中を手さぐりすると、底の方に揚げパンがあった。ここの購買の揚げパンは大好きだ。友人Aにしては非常に良い仕事なので、揚げパンに免じてそのどや顔は許してやろう。


「そこで作戦なんだが、聞いて驚くなよ? 雨の日に彼女に傘を渡して走り去る、あれさ」


「古典的だね」


「もうばっちりさ。傘の内側に告白文と俺の名前、家の住所とチャームポイントまで書いて置いたんだぜ?」


「斬新だね」


 その発想と実行力にどん引きだよ。どうやら池上先輩に告白というの名の傘を渡したのは先週の金曜日だったようだ。その日は天気予報が外れて午後から土砂降りの大雨だったし、大きな水たまりと化した校庭をスキップで走り去ってゆく友人Aの姿を目撃したという話はいろんな人が噂していた。


「というか、よく傘渡せたよね。女の子ってだいたい集団で行動するイメージがあったんだけど、先輩のお友達とか一緒じゃなかったの?」


「ま、他にも何人か可愛い人いたけど、その時の俺には関係ない事だったな。誰が一緒にいようと意中の人に思いを告げる事をためらったりしないさ」


 そういう思いきりの良さとか度胸は認めるんだけどね。それにしても友人Aよ。キミはその先輩の隣りに彼氏さんがいたとしても躊躇わずに渡したのかい? そうだとしたら、度胸どころかもはや修羅場だよ。

 でも、今まで数え切れないほどの女の子に愛を叫んできた友人Aだけど、複数人同時に声を掛けた事はなかった。ちゃんと一対一で向き合って、答えを貰うまでは他の女の子に見向きもしなかったのだ。それは、一見ただの軽薄男に見える友人Aの数少ない良い部分であると僕は思っている。そういった一本筋の通った部分がなかったら、僕はとうの昔にこの男と縁を切っていただろう。


「そう言えば先輩に傘を渡した時、颯爽と走り去る俺の後ろでなんかがやがや姦しかったっけな。まさか、俺の男義に惚れちまったかな?」


「それさ、先輩の友達もだろうけど、窓から見てた人も何人かいたんだよ?」


 僕が呆れて言うが、友人Aは聞かずに自分の話を続ける。まあいいかと紙袋からパックのジュースを取り出すと、友人Aも思い出したかのようの紙袋を漁りだした。今まで水分無補給で結構話していたしね。こちらに唾が飛んで来るのも嫌なのでどうぞ水分とってよ。キミの嫌いな野菜ジュースしか残ってないけど。


「それで、やっと答えがもらえたんでしょ?」


「昨日の午前中にさ、先輩が俺ん家の前に来てたんだよ」


 住所書いたもんね。先輩は律儀にも友人Aの家まで引導を渡しに行ったのだ。金曜の午後に振りだした雨は土曜を跨ぎ日曜の朝方まで降り続いていた。ちょうど傘を返すにはもってこいの快晴だったと思う。


「それでよ。朝起きると俺の部屋の窓に、なんか小石が当たるような音がするじゃん? こ、これは! と思って慌ててカーテン捲ると、玄関口の所に先輩が立ってたんだよこれが! 黄色い合羽姿で!」


「窓越しのやり取りだったんだね」


 待って。友人Aの家ってマンションの3階だったよね? ああ、でも、自室の窓にでかでかと自分の名前レタリングしてたから間違える事もなかったんだ。先輩も先輩だよ。友人Aの傘を差すくらいなら小学生みたいな黄色い雨合羽の方がいいなんて。罰ゲームだよね?

 友人Aはクライマックスの前準備とでも言いたげに、嫌いな野菜ジュースを一息に吸い尽くす。僕はその様子を半目で見ながら、ふと友人Aの発した言葉にひっかかりを覚えていた。日曜の朝方には雨が上がっていたのに先輩は黄色い雨合羽姿だった事。そしてわざわざ住所が書いてあったにも関わらず玄関先ではなく窓越しに友人Aを呼び出した事。


「それで、先輩はどんな答えを出したんだい?」


 僕は、今までとは若干異なる気持ちで友人Aの言葉を待った。こちらの心中など微塵も察する事ない友人Aは、ふふんと鼻を鳴らして得意げになると、空になった紙パックを教室備え付けのごみ箱へ放り投げた。大きな弧を描いて教室前のゴミ箱へ落下を始めていた紙パックはしかし、偶然通りかかった委員長が図面ケースでこちらに打ち返してしまったので、友人Aは渋々ながら紙袋に戻すことにしたようだ。だがこの男、切り替えは人一倍早い。


「それが、聞いて驚くなよ? 先輩はまず、俺に傘を見せるように、こう、上に向けて振るとな?」


 なんと先輩、そこから傘をやり投げのように構え、ノンステップで3階の友人Aへと投躑したのだという。放たれた傘は速度を持って見事友人Aの額に命中し、現在彼の額に大きな絆創膏が張られる事になっていた。


「よかった。キミが三つ目族にでもなったらどうしようかと思ったよ」


「これ赤いナントカ呼べそうだよな」


 律儀なもので、傘には先輩からのお断りの手紙が挟まれていたのだという。友人Aはその手紙を僕に見せてくれる事はなかった。僕も、他人のラブレターを大勢で囲んで鑑賞するような悪趣味は持ち合わせていないので好都合だ。まして、お断りの返事とくれば余計に見たくもない。


「でも、おかしいんだよなー。先輩、直接口で言えばいいのに、一言も掛けてくれなかったし。合羽のフード被ってて顔見えなかったし。先輩の手紙の字、性格のわりには綺麗な丸字だったし……」


 口を3の字にして文句を垂れ始める友人A。その文句で先程のひっかかりのようなものが取れ、僕はなんとなく真実めいたものに近付いた気がしていた。そして、すぐにそれは確信へと変わる。

 僕のクラスの前の廊下を、件の池上先輩とそのお友達が通ったのだ。先頭を歩いていた池上先輩は僕の前の席に座る友人Aに気付くと笑いながら手を振ってくる。友人Aも振られたばかりだというのに気さくに手を振り返して見せる。

 邂逅はほんの数秒程で、池上先輩はお弁当箱をもったお友達数人とすぐに行ってしまう。だが、お友達のひとりが、立ち止まってこちらを見ていた。気付いた友人Aが笑顔になって手を振れば、そのお友達は慌てて腰を折る一礼を見せると、先に行ってしまった池上先輩たちのもとへ走っていった。


「あの人、陸上部の上原先輩だな。あの人も可愛いんだよなー。今度あの人に告ろうかなー」


 今の上原先輩の行動で確信が持てた。友人Aの家に合羽を着てお断りの手紙と傘を届けに行ったのは、この上原先輩でまず間違えない。陸上部の上原先輩といえば、やり投げで全国ベスト8という猛者だ。お断りの手紙を書いたのもこの人だろう。罰ゲーム説、あながち間違えじゃないかもしれない。


「上原先輩に告白して、今度は額を撃ち抜かれない事を祈るよ」


 呆れ気味に僕が言ったところで、さっき友人Aの紙パックを打ち返した委員長が僕たちの席までやってきた。いつもの硬い表情だが、今日は少しばかり目元に力がないように見える。


「もうすぐ予鈴が鳴るわ。早く自分のクラスに帰りなさい」


「へえへえ。わかってますよ委員長様」


 このふたりは面識がある。というのも、僕と友人Aと委員長は一年生の時同じクラスだったのだ。進級で友人Aだけ別のクラスになってしまったが、こうして昼休みに訪ねてくるので相も変わらず交友がある。ただし、友人Aにとって委員長は口うるさい小姑の様な立ち位置で、こうしてお小言をもらう光景をよく見ていた。以前はそれこそ頻繁に言い合っていたのだが、ここ最近は勢いがない。


「んじゃあな、また来るぜ。今度はOK貰っためでたい話聞かせてやるからな……」


 友人Aは僕の机の上に、包装されたままのコロッケパンと揚げパン、そして紙パックのコーヒー牛乳を揃えて置くと、椅子から腰を上げた。そして変わらず笑顔のまま、机の上に置かれた花瓶の花に触れて、自分が食べた分のゴミを紙袋に入れて教室を出た。

 その後ろ姿を追う僕は、委員長の溜息を耳にする。疲れたような悲しいような、何かを諦めてしまったような彼女の顔を見ているのは、ちょっと辛いかな。


「毎週月曜日の昼休みにいつもこうしてお昼食べにくるのよ? 告白して振られた話するために」


 委員長は机に置かれた小説を手に取ると、その続きの巻を代わりにと置いた。ありがたいな。前の巻はもう三度も読み返して飽き飽きしていたんだ、なんて文句は言えるはずがない。わざわざ長編シリーズを週替わりで置いてくれる委員長の心遣いには感謝しても足りないかな。


「本当、あなたがまだそこに座っているかのように話すものだから、私もクラスのみんなもすっかりその気になっちゃってさ……。ああ、花瓶の水変えるね。花も新しいのにするから」


 細い手が小奇麗な花瓶を持ち上げ、枯れてしまった花びらが幾枚か机の上に落ちる。委員長はその様子を目を伏せながら見守って、やがて振り払うように踵を返して教室を出て行った。

 枯れ落ちた花びらを指で弄んでいると、幾人かのクラスメイトの視線が向けられる。どの視線も僕を見る事はなく、僕の机の上に残された昼食と花びらに集まった。他の生徒が枯れた花びらを取って捨てに行ってくれたり、机の上の埃を拭き取ってくれたりするのを、僕はただ眺めている事しかできない。

 優しいクラスメイトたちは、次の数学の時間も小テストの問題用紙を僕の机まで持って来てくれるはずだ。だから、頑張って問題に答えなきゃね。大丈夫、揚げパン食べたしコーヒー牛乳飲んだし。お腹はいっぱいだけど、まだ眠くはないからさ。



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