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超短編シリーズ

「死にたい」

作者: 嶺上

 ある日、最愛の彼女が死んだ。

 俺と話している最中に、突然電源が落ちたように彼女は死んだ。

 医者は気の毒そうな表情で俺に何かを言っていたが、全く耳に入らなかった。

 俺と彼女は結婚の約束をしていた。

 彼女が死ぬ間際に話していたのは、結婚式の日取りについてだった。

 職場の皆も祝福してくれていた。

 友人は茶化しながらも祝福してくれた。

 だが、彼女は死んだ。

 何故。

 会社を辞め、自宅に閉じこもって考えた。

 答えは出ない。

 カーテンを閉め切った部屋は暗く淀んだ空気が漂っている。

 臭いな。

 ああ、体の匂いか。

 腹が減ったな。

 冷蔵庫を開けると、何も入っていなかった。

 困った。いや、これは丁度いい。

 死のう。

 死んで彼女の元へ行こう。

 しかし、餓死を待つのは辛い。

 そうだ、ガスで死のう。

 楽に死ねると何かで読んだ気がする。

 ガスの元栓を開ける。

 五分。

 十分。

 まだ死なない。どういう事だ。

 時間がかかるものなのだろうか。

 暇だ、煙草でも吸うか。

 ライターをすった瞬間、目の前が爆発した。

 ああ、俺は、阿呆か。

 ガスが出てるんだ、普通爆発するだろ。

 まぁ……いい。結果オーライだ。


 ●


 生きてる。

 目を開くと、白い天井が広がっていた。

 病院か。

 視線には体中に繋がったコードが見える。

 ガス爆発の中心に居て生き残るなんて、運が悪い。

 俺の意識が戻った事に看護士が気づいた。

 口だけを動かしている。

 なんだ、話すなら話せ。

 看護士も首をかしげている。

 医者が来た。

 こいつも口を動かすだけだ。

 皆で俺を馬鹿にしているのか。

 いや、違った。

 耳が聞こえないのか。

 口を動かしてそれを伝えようとする。

 激痛。

 呻き声だけが口から漏れた。

 我ながら無様なものだ。

 医者も察したらしい。筆談をはじめた。

 医者が言うには、俺はどうやらガス爆発で崩れたマンション跡地から見つかったらしい。

 俺の隣に住んでいた奴は即死だったそうだ。羨ましい。

 貴方は運が良かった、だと? とんでもない勘違いだ。

 どうやら俺は体中に繋がったコードで生き長らえているらしい。

 そうか、やる事は決まった。

 医者や看護士が去った後、深夜をじっと待つ。

 懸命に体へ命令を飛ばし、体からコードを振りほどいた。

 よし、これで今度こそ、死ねる。

 右手が痙攣しながらナースコールを持った。

 我ながら、なんて未練がましい。

 左手で右手を掴み、押さえつける。

 意識が途切れた。


 ●


 目が覚めると、また白い天井が広がっていた。

 何故まだ生きてる。

 さっきのは夢だったのか?

 まぁ、いい。今度は手足が動く。

 なら簡単だ。

 俺はベッドから降り、屋上へ向かった。

 扉を開ければ、清涼な空気が走った。

 関係ない。

 柵まで歩み寄れば、転落防止の柵があった。

 こんなものは怪我を覚悟すればのぼれる。

 柵をのぼりきり、地面が見えた。

 今度こそ、死ぬ。

 足がみっともなく震えている。

 指が未練がましく柵を掴んでいる。

 知った事か。

 全てを振りきって、飛んだ。

 一周の浮遊感の後、落ちていく。

 己の骨が砕ける感触を知った。


 ●


 立っていた。

 つまり生きている。

 何故だ。何故だ。何故何故何故何故何故何故何故何故。

 俺は何度も死んだはずだ。

 確実に死んでいるはずだ。

 ガス爆発から生き残る人間は居ない。

 瀕死の重態が、生命維持装置抜きで生き残れるわけがない。

 屋上から頭から飛び降りて、全身が砕けて死なない奴は居ない。

 どうすれば死ねる。


 俺は、彼女の元へ行きたい。

 彼女をこの胸に抱きたい。

 彼女の体温を感じたい。

 彼女の笑顔を見たい。

 あの笑顔の元へ。

 あの匂いの元へ。

 あの声の元へ。

 彼女の元へ!

 行きたい!

 何故だ。

 何故駄目だ!

 何故死ねない!

 俺はちゃんと死んだ!

 俺は間違いなく死んだぞ!


 もう、いい。

 考えるのも面倒臭い。

 目の前には道路があった。

 右からトラックが来る。

 よろしく頼む。

 轢かれた。


 ●


 まだ駄目か。

 今度は目の前が海だ。

 頼む。


 ●


 次は?

 崖か。


 ●


 次。ナイフ。


 ●


 銃。


 ●


 電車。


 ●


 縄。電車。薬。酸。熱。火。感電。煙。切。斬。潰。砕。溶。etc。エトセトラ。えとせとら。


 ●  ●  ●  ●  ●


 病院の待合室の一角に置かれたテレビがある。

 映している番組はニュース。原稿に目を落としたアナウンサーが眉を潜め、いかにも残念と言った声で読み上げる。


「○月×日、△市で起きたガス爆発の原因が判明しました。住んでいた青年のガスの元栓が外れていた事、煙草を嗜んでいたとの話からガス漏れによる爆発であると発表されました。住んでいた青年は即死、両隣に住んでいた二人の青年は一命を取り留めたものの、一名は搬送先の病院で生命維持装置を振りきり死亡、もう一名は病院の屋上から飛び降り自殺してしまいました。自殺した二名の友人は、自殺するような動機などなかったと語っており、病院内でなんらかのトラブルがなかったか調査が行われる予定です。

 最近自殺が多発しております……。大変痛ましい出来事で……」


 ●  ●  ●  ●  ●


 死にたい。

 何故死ねない。

 俺は何度自殺すればいい。

 誰か俺を殺してくれ。


 ●


 貴方、死にたいという衝動に襲われた事、ありますか?

 それは、本当に貴方の心から出たものですかねぇ……?


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― 新着の感想 ―
[一言] ひぃ 最後にゾワゾワ来た 怖かったです
[一言] 短編投稿、お疲れ様です。 死にたい、でもそれは本当に貴方が思ったことなのか。 深くて難しいテーマですね。 最後のニュースのシーンなど、ほとんどホラーでした。 それ以前の死ねない恐怖感も…
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