婚約者の幼馴染は属性過多すぎる
※ストレスフリーな幼馴染物、のはず
婚約者が次回のお茶会の時に、幼馴染のご令嬢を伴って来たい、と告げてきた。
誠実な方で、今まで一度も私を不快にさせるようなことをしてこなかった人なのに、いきなりなんでなのだろうか、と思いはした。
脳裏によぎったのは流行の物語本で、異性の幼馴染を優先する婚約者というのが鍵となるものだった。
一抹の不安を感じたけれど、婚約者のヴィルフリート様は真剣な眼差しで私を見ながら口を開いた。
「幼馴染は確かに女性だが、あれを女性の括りに入れなくていい。どうしてもと頼み込まれたから口利きをしたけれど、スザンナ嬢が嫌なら断ってくれていい」
そうして何故私に会いたいのか、の理由を聞かされた私は、なるほど、それは確かに私に会いたいだろう、と納得したので同伴を許可した。
ヴィルフリート様は何とも言えない顔をしていたのだけれど、私は少し面白そうだな、と思っていた。
その時はただの好奇心だったの。
「お初にお目にかかります。王国の清純なる真珠と誉れ高きソルフェーヌ嬢。私はコードマン伯爵が娘、オリヴィエ・カスタールと申します」
「まあ……」
「オリヴィエ、スザンナ嬢の手を取るな。口付けるな!」
「はは。心が狭いぞ、ヴィルフリート。美しい女性に対して敬愛を示すのは当然だろう?」
手を取られ、ごく自然に手の甲に触れるか触れないかの口付けを贈られても抵抗がなかったのは、目の前のその人があまりにも麗しい方だからだ。
ヴィルフリート様は我が家に婿入り予定で、彼自身は短い髪の毛にしっかりとした体格をしていて、まじめそうな一見すれば騎士に見える文官気質の方だ。
その幼馴染のオリヴィエ様は、長い金の髪の毛を項で一つにし、青い目がとても綺麗なとても麗しい方だ。ドレスではなく男性用の衣服を身にまとっているが、足がとても長くて似合っている。
首元を飾るループタイは目の色と同じ青のおそらくサファイア。胸元は失礼ながらささやかだからか、それとも服の関係からか目立たないので中性的な美貌が性別を分かりにくくさせている。
「どうぞ、お座りになって」
気持ちの良い天気だからと応接室ではなくガゼボでお茶会をすることにしたのだけれど、何故か私はオリヴィエ様に椅子を引かれていた。ヴィルフリート様の出番がなかった。
「やめろ、オリヴィエ。スザンナ嬢は俺の婚約者だ」
「分かっているさ。だけど、私の希望を考えれば高貴なご令嬢のエスコートとてこなせなければ意味がないだろう?」
「ふふ。ヴィルフリート様、今日だけは譲って差し上げて。わたくしもオリヴィエ様の立ち居振る舞いを判断する材料に致しますわ」
「スザンナ嬢が構わないのであれば……だが、今日だけだからな、オリヴィエ」
「もちろんだとも。ご令嬢、許可をくださりありがとうございます」
ほぅ、と熱いため息を漏らしたくなる。
こう言ってはなんだけれども、系統の異なる魅力的な男性二人に取り合われる女にでもなった気分になるのだ。
改めてオリヴィエ様も椅子に座ったけれど、彼女は椅子を引かれることをやんわりと拒んだ。
「わたくしに用向きがあると伺いましたわ」
「はい。我が家は騎士家系ではなく伝手がないので、ヴィルフリートの婚約者であり王家とも近しいソルフェーヌ家のご令嬢である貴方様より、王立騎士団の女性近衛騎士隊に推薦いただきたいのです」
この国の騎士の中でも王立騎士団の近衛騎士隊は貴族であること、そして推薦が必要となる。推薦者がいれば面目を潰さないように己を律するだろうということ。その逆に王家が無茶をすれば推薦者が干渉しに来るという相互監視の意味がある。
女性近衛騎士隊はその名の通り、女性しか所属しない、女性を守るための騎士である。
狭き門で家柄、実力、そして、推薦者を揃えることが難しく、少人数しか属していない。
我が家は公爵家で王家と近いのもあり、推薦すれば間違いなく入隊は出来るだろう。ただし、公爵家の名前を使うからには実力が伴わないとこちらの不名誉になる。
「ご存知でしょうが、推薦をするからには明確な実力を示すものが必要となります。我が家から推薦した者が不適格な行いをした場合、名誉を汚されたものとして処断せねばなりません」
「はい。存じております」
「オリヴィエ様の実力を見せていただけますでしょうか」
私の言葉にオリヴィエ様は立ち上がると胸に手を当て頭を下げる。
「私には攻撃手段はありません。私の魔法属性は聖属性です。防御結界、治癒が私の力です」
「なんですって!」
顔を上げたオリヴィエ様の告げた言葉に私は思わず大声を出した。
魔法属性は基本的に公にはしない。本人が告げるならばまだしも、基本的には秘匿するものだ。というのも、過去には公にされていたのだけれど、それを悪用してまるで奴隷のように扱う王がいたのだ。
それ以降、属性判定を行う教会のみが情報を管理してきた。教会も無断で情報公開しないように神への誓いを立てている。破れば命を奪われるというものだ。
とはいえ、本人が自ら告げる分には問題がないし、一族でその属性を継承しているから有名なところもある。
聖属性は魔法属性の中では稀少性が高い。いないとは言わないし、簡単な治癒魔法を使えるものはそれなりにいる。
しかし、防御結界ともなれば話が変わる。結界魔法はどの属性でも使えるけれど、聖属性と同じく希少属性の魔属性の結界は才能と膨大な魔力が必要なことは有名な話だ。
聖属性の防御結界『聖域』はあらゆる攻撃を無効化する力がある。状態異常を引き起こす魔法すらも無効化するので、その力を持つ者は何時の時代も求められている。
「防御結界……『聖域』でお間違いないですか?」
「はい。治癒も蘇生以外でしたら扱えます」
「……何故、今まで貴方のお名前が出てこなかったのかしら」
「この数年は他国で冒険者をしていたからですね」
爽やかな笑みを浮かべるオリヴィエ様の隣で椅子に座ったままのヴィルフリート様の眉間には深い皺が刻まれている。
「十二歳の時に突如『ジョレン王国に行って冒険者になり迷宮踏破してくる』と言って旅立ったのです。ジョレン王国はご存知かは分かりませんが、無数の迷宮を有する国で、冒険者として名をあげることが出来ます。定期的に手紙を送ってきていたので生存しているのは知っていましたが……三ヶ月前に帰国したらこうです」
「修行になったさ。お陰であちらではプラチナ級まで昇格したさ。引き止められたけれど、私はこの国を愛しているからね」
お座りになって、と勧めれば椅子に再度座ったオリヴィエ様の微笑みを視界に入れた私はぐっと込み上げる感情を抑え込む。
中性的な美形の憂い顔、素敵。
本来ならば婚約者の隣に別の女性が座っているのは好ましくないことなのだろうけれど、オリヴィエ様ならば平気というか、二人の間に男女の情が欠片も見えなかったのが大きい。
「王家でなくとも、引く手あまたに思うのですが」
力のあるものは命を狙われやすい。
王家以外、それこそ私でもオリヴィエ様であれば護衛騎士になってもらいたいと思うのだけれど。
「スザンナ嬢、俺からよろしいですか?」
「ええ。是非お聞かせくださいませ、ヴィルフリート様」
「例えばスザンナ嬢がオリヴィエを護衛騎士にしたとしましょう。そうなると、間違いなく王家や他家から口出しがされるはずです。スザンナ嬢ももしそれだけの力を持つオリヴィエがどこかの家に雇われたならば欲しくなりませんか?」
ヴィルフリート様の言葉を否定出来なかった。
たった今、オリヴィエ様が欲しいと思ったのは私だからだ。
「それならば王家に仕えた方が良いと言ったのは俺です。王家がオリヴィエを従えていれば欲しがる者はいない。欲しくとも手を出せない。王家の中でどうなるかは分かりませんが、少なくとも貴族間の争いは起こらないでしょう」
「分かりましたわ。オリヴィエ様。差し支えなければ防御結界の発動を見せていただいてもよろしくて? この目で見なければお父様に頼むことが出来ないわ」
「もちろんです」
にこりと微笑んだオリヴィエ様は短い単語だけで美しい結界を発動した。それだけで彼女の実力がわかる。詠唱を短縮するためには幾度も繰り返しその魔法を使う必要がある。
特に難易度の高い魔法は詠唱が長いのだが、ここまで短くするためには毎日のように繰り返し使わなければならない。
冒険者をしていたというオリヴィエ様は迷宮の中でずっと使っていたのだろう。
光を放つ結界の表面は淡い色が混ざり合い、内側から見ていても目を奪われるほどの美しさだった。
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王家に一人、女性近衛騎士が増えた。そのことは初めこそ大した話題にもならなかった。
それが変わったのは王宮の庭園で行われる庭園交流会のことで、第一王女にして次期女王の指名を受け立太子を済ませているメルービアの後ろに控える見目麗しい見慣れぬ騎士の存在に令嬢たちが気付いたことだ。
メルービアが行動する際には必ず二人の騎士を伴い、一人は男性、一人は女性であるのだが、その交流会に関しては遠目に見ると男性騎士二人に見えた。
白の騎士服を着る見慣れぬ金髪の騎士の振る舞いは優雅である。メルービアが声を掛ければ近寄り顔を近づけ、メルービアもそこはかとなく嬉しそうに耳打ちする姿は親密さがある。
そこに近寄ったのはスザンナ・ソルフェーヌ公爵令嬢であった。
「メルービア殿下、オリヴィエ様はいかがかしら?」
「スザンナ! 素敵な方を推薦してくれてありがとう」
「本当はわたくしの騎士にしたいと思いましたのよ。ですが、ヴィルフリート様がメルービア様の護衛騎士にと仰ったのよ」
「ゲートル令息、良い助言でしたわ。わたくしは彼女を気に入りましたもの」
メルービアの声はよく通る。その為、耳を澄ませて話を聞いていた周囲の人々は、中性的な美形の騎士を王女が「彼女」と称したことに驚いた。
王女に声を掛けられた時以外は、感情を削ぎ落としたかのような無表情さで周囲を警戒していたその騎士――オリヴィエの研ぎ澄まされた美貌は性別を超越していた。
特に年若く未婚の令嬢たちは初めて見たオリヴィエに一瞬で魅了されたのに、それがまさか女性だったということに落胆する者が続出した。
その日を境にオリヴィエが伯爵令嬢であることや、王女のみならず王家に重宝されていることなどが広まった。
オリヴィエが聖属性の使い手だということは秘匿されていたが、その振る舞いが女性王族に気にいられたのだろう、というだけで十分だった。
目立つことになったオリヴィエだが、他の騎士たちとの軋轢はなかった。冒険者をしていた期間が長く、周囲に馴染むのが得意であったことや計算ではなく素で女性に紳士的であったことや、彼女の能力が護衛騎士の中で共有されていたことが大きい。
攻撃が出来ない代わりに防御と治癒に特化しているというのは、王族にとって重要であった。
万が一にも襲撃された場合に大事なのは生き残ることである。オリヴィエ一人が居るだけで王族の守りを任せることが出来るのは、他の騎士にとっても攻撃に専念出来るということである。
国内で『聖域』を発動出来る聖属性はほぼいない。オリヴィエは弛まぬ鍛錬の果てに王城程の大きさの『聖域』を発動出来たし、範囲を狭めればその分だけ強度をあげることが出来た。
一度だけ人の少ない夜に範囲を調べるために発動したことがあるが、その際に城に仕掛けられていた様々な呪具が無効化したのは偶然にしても良い結果となった。
その功績もありメルービアの護衛騎士に選ばれた。初めこそ王妃にという話も出たのだが、政治的な兼ね合いから、王妃よりもメルービアの方が重要度が高いと判断された。
王族の血は王妃ではなくメルービアに流れているので当然と言えば当然のことで、外敵に狙われたとして優先的に守られるのは国王と王太女というのが明確になった瞬間でもある。
それは仕方のないことでもあった。
後にこの判断は正しかったと証明される。何故ならば、王妃は国外より嫁いできた王族で、その国では男子にしか王位継承権が存在しなかった。長女でありながら王になれなかった王妃が産んだメルービアは女王となれるのに、という誰にも言えない燻った感情を静かに育てていた王妃は、その下に生まれた王子こそを王の座につけたかった。
城内に仕掛けられていた呪具の中には王妃がメルービアを害する為の物もあったという。
同じ女性で一番最初に生まれた王女なのに、国が違えば扱いが異なるその現実を王妃は受け入れられなかったのだろう。
何よりも王妃は王子に対して王になるべきはお前なのに、という夢想を植え付けていた。
この国では王位継承権に関しての争いが起きた過去があり、それは国力を著しく弱らせた。その為、教育や言動、その他多くの判断項目を設けられた試験を乗り越えてメルービアは認められたのだ。
王妃は国の歴史を軽んじていた。
幸いにして王子は王妃の妄執を気味の悪いものと感じていたし、その不安を教師に漏らしたことで判明した。
結果、王妃は病を発症したとして離宮への静養という名の幽閉が決まった。
既に王妃の母国も代替わりが行われており、王妃の扱いに口を出してくるようなことはなかった。
そんな王家の内情を貴族や平民が知ることはない。
「オリヴィエ様、ごきげんよう」
「スザンナ様。お久しぶりです。今日も変わらず美しいですね」
「まあ。お上手ね」
「おい、オリヴィエ。何度も言うが人の婚約者を口説くな」
「心が狭いな、ヴィルフリート。スザンナ様、こいつが嫌になれば仰ってくださいね」
「ふふ。ヴィルフリート様はわたくしにとって一番の婚約者だから嫌になることはないわ。ところで、今日はおやすみなの?」
「はい。なので久しぶりに王宮図書館に行こうかと。お二人はどうされたのですか?」
「わたくし達も図書館に用があるの。よろしければご一緒にいかが?」
スザンナを挟んで左側には婚約者のヴィルフリート、右側には友人となったオリヴィエという構図なのだが。
オリヴィエがヴィルフリート程とは言わないが高身長なことと、休日にも関わらず女性らしさのない男性に見える衣服を纏っていることなども合わさり、スザンナが見目麗しい男二人を侍らせているようにも見える。
スザンナは気付いているが、オリヴィエは女性であるしヴィルフリートの隣に並ぶよりはスザンナの隣にいる方が正しいので遠目から嫉妬の眼差しを受けたとしてもどうしようも無いのである。
「オリヴィエ様は舞踏会に参加される予定は?」
「伯爵家の娘としては無いですね。殿下の護衛として控えることはありますが。あ、いや。殿下はまだ婚約者がいないので、ダンスパートナーを務めることになっていますよ」
艶のある黒髪の美しいメルービアと、金髪碧眼のオリヴィエのダンスはさぞ似合うことだろう……それこそ、オリヴィエを知らない者は勘違いしてもおかしくないほどに。
「これまでもダンスパートナーは女性騎士が務めていましたけれど、私はこの背ですからね。他の同僚に歓迎されましたよ……今は男性パートを覚えるのに必死です」
「それは大変ね」
国王としては王配となる令息の見極めをしているのもあり、その露払いとしてオリヴィエは最適なのだろうが。
オリヴィエは周辺諸国の王族よりも王子らしい見た目をしている。スザンナは立場上何名かと交流をしたことがあるけれど、その誰より見目がよく物腰が柔らかで理想的な王子様像なのだ。
女性だからこそ安心して近寄ることが出来るからこそ罪深い。
オリヴィエが女性だと知ってなお恋焦がれる令嬢は増えるばかりだ。
「まあ、婚約者は私より小柄でドレスを好むからいいんですけど」
「えっ」
「え?」
スザンナが立ち止まれば自ずとヴィルフリートとオリヴィエも足を止めることになる。そんなことよりも、スザンナはとんでもない言葉を聞いた気がした。
「婚約者が、いらっしゃるの?」
「はい。ジョレン王国に行く前に婚約をしていました。彼は後継者ではないので私が騎士爵を得てその夫になりますね」
「そ、その話は、知られていないのではなくて?」
「そうですね。私の婚約者はいわゆる引きこもりというもので、屋敷の中にいたい気質ですから」
スザンナがヴィルフリートを見上げると、眉間に深い皺を刻みながら頷いた。彼もそのことは知っていたようだ。
「あれは特殊な男なので……」
「婚約者がいることを殿下はご存知ですが、近い内に小規模の式をあげる予定です」
「そうなのね……結婚したことは公にするのかしら?」
「必要ならばしますが、そうでなければ特には。私の婚約者は目立ちたい訳ではありませんので。それに、殿下からは親しい人以外には内密にした方が良いと言われております」
「その方が良いわ……」
きっと荒れるから。
スザンナは少しばかり遠い目になった。
今の若い世代の社交界は間違いなく荒れるだろう。どう足掻いても同性であるオリヴィエとは結婚できなくとも夢を見たい令嬢は多い。
スザンナにはヴィルフリートがいるし、彼に対して好意があるし、オリヴィエは友人だが、彼女と近くない令嬢達はそうではない。
理想の男性像を投影しているのに、誰かの妻であるなんて事実は間違いなく嘆き悲しみ、そしておそらくはその婚姻相手に変な感情が向く。
それならば秘匿して知らない方が幸せだろう。多分、きっと。
どっと疲れたスザンナはやや諦めの境地に達しながら、二人を連れて再度歩き始めた。
始まりは婚約者が異性の幼馴染をお茶会に伴いたいと告げてきたことから始まった関係は、彼らが老いて死するまで続くことになった。
「ヴィルフリート様とオリヴィエ様は男女という感じがしないもの。むしろ、わたくしとオリヴィエ様が不貞関係という話の方が幾度も出てきたわよね」
「びっくりだよね! 女同士なのにね」
という話が度々出てきたくらいには、大変に仲の良い関係であったという。
男装系麗人が好きだと気付いてしまってな……




