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婚約破棄なさりたいの?でしたら、殿下の方から言わせましょう

作者: 瀬戸
掲載日:2026/08/02

「婚約を破棄したいのです」


 そう口にした瞬間、エレノアは自分でも驚くほど身体が震えた。


 目の前に座る女は、何も言わなかった。


 王都の外れにある、小さな喫茶店。

 その二階の個室で、女は優雅に紅茶を口へ運んでいる。


 年齢は二十代半ばほどだろうか。

 艶やかな黒髪に、涼しげな紫の瞳。身につけているドレスは質がいいが、貴族らしい華美さはない。


 名を、フェリシテ・クローヴェルという。


 困っている女性を助けているらしい――。


 エレノアが知っているのは、それだけだった。


「……申し訳ありません。突然このような話を」


「いいえ」


 フェリシテがカップを置いた。


「続けてくださいませ」


「はい……」


 エレノアには、五年前から婚約者がいる。


 第二王子アルフォンス。


 幼い頃に王家とエレノアの父である公爵との間で決められた、政略結婚だった。


 愛情など期待していなかった。


 それでも、良い妻になろうと思っていた。


 王族の歴史を学び、外国語を覚え、宮廷儀礼を身につけた。

 王子の代わりに慈善事業へ顔を出し、彼が嫌がる地味な書類仕事まで引き受けた。


 いつか少しくらいは認めてもらえるのではないか。


 そんな期待も、今ではとうに消えている。


「殿下には……一年ほど前から、親しくされている女性がおります」


「まあ」


「男爵家のご令嬢です。ミレーヌ様と仰います」


「まあまあ」


 なぜだろう。


 フェリシテの目が少し輝いた。


「それで?」


「殿下は、彼女を王宮へ連れてくるようになりました。私との茶会にも同席させます。ドレスを贈り、宝石を贈り……先日の夜会では、私を一人残して彼女と踊られました」


「素晴らしいですわね」


「……え?」


「ああ、失礼」


 フェリシテは微笑んだ。


「続けてくださいませ」


 エレノアは戸惑いながらも話した。


 アルフォンスは最近、隠そうとすらしなくなった。


 エレノアが苦言を呈すれば、


『ミレーヌは君と違って純粋なんだ』


『嫉妬は見苦しいぞ』


『王子妃になるのだから、その程度は我慢しろ』


 そう言って笑った。


 さらに三日前。


 アルフォンスはエレノアに命じた。


 ミレーヌを、次の王宮舞踏会へ正式な招待客として迎え入れろ、と。


「私の名前で、です」


 エレノアは膝の上で拳を握った。


「私が彼女を認めた形にしたいのでしょう。そうすれば誰も殿下を責めませんから」


「なるほど」


「もう……疲れました」


 声が震えた。


「ですが、こちらから婚約を破棄すれば、公爵家が王家との盟約を反故にしたことになります。父にも迷惑がかかります。それに殿下は、それを分かっているから……」


「あなたからは破棄できない」


「はい」


「それに」


 フェリシテは指を一本立てた。


「あなたから破棄なさったら、殿下は被害者になってしまいますもの。違約はレーヴェン家が負い、社交界では『王子を捨てた女』。殿下は悲劇の王子として、ミレーヌ様と結ばれます」


「……」


「そんなの」


 フェリシテは心底残念そうに言った。


「殿下のためになりませんわ」


「……そこなの?」


「そこですわ」


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて、フェリシテが言った。


「では、殿下から破棄していただきましょう」


 エレノアは顔を上げた。


「……はい?」


「アルフォンス殿下ご自身から、あなたとの婚約を破棄していただけばよろしいのです」


「そんなこと……」


「なさるでしょう?」


 フェリシテは当然のように言った。


「あれほどミレーヌ様を愛していらっしゃるのでしょう?」


「ですが、殿下も政略結婚の意味くらいは……」


「理解しているからこそ、今まで破棄しなかった」


「はい」


「でしたら、理解できなくして差し上げればよろしい」


 フェリシテがにっこり笑った。


「恋は人を盲目にすると申しますもの」


 その笑顔を見た瞬間。


 なぜだろう。


 エレノアは少しだけ背筋が寒くなった。


「ひとつだけ、先にお願いがございます」


「……何でしょう」


「ご実家から、盟約書の写しをお借りになって」


「盟約書を?」


 フェリシテは楽しそうに目を細めた。


「報いというのは、贈り物ですのよ。きちんと包装して差し上げませんと」


「……贈り物?」


「ええ」


「殿下への?」


「もちろんですわ」


 エレノアは確信した。


 この人。


 少しどころではなく、おかしい。


     ◇


 数日後、エレノアは盟約書の写しを届けた。


 フェリシテは一枚一枚、恋文でも読むように検分した。


「……ございましたわ」


「何がです?」


「第九条。王家側の事由により盟約を解消する場合、王家は公爵家へ正式に謝罪し、あわせて違約の賠償を行う。事由が王族個人の意思による場合、その責は当該王族個人に帰す」


 フェリシテは紙面を撫でた。


「五年前にこれを書かせた方は、良いお仕事をなさっています」


「祖父です。……王家を信用していなかったので」


「素晴らしいお祖父様」


 それから一か月。


 エレノアは、フェリシテに言われた通りにした。


 まず、アルフォンスの言葉を一切否定しなくなった。


『ミレーヌは君よりずっと社交的だ』


「本当に。私もそう思いますわ」


『彼女は王宮でも人気がある』


「でしたら、もっと皆様にご紹介して差し上げてはいかがです?」


『お前もようやく分かってきたか』


 アルフォンスは上機嫌だった。


 エレノアはミレーヌを茶会へ招き、貴族令嬢たちへ紹介した。


 舞踏会にも呼んだ。


 アルフォンスがミレーヌへ高価な宝石を贈るのも、止めなかった。


 むしろ勧めた。


「殿下。あのドレスでしたら、こちらの首飾りもきっとお似合いですわ」


「そうだろう!君もたまには良いことを言うな」


「ただ、王家のお品を私の判断で動かしてはいけませんので……こちらへ、ご署名を」


「そんなことか」


 アルフォンスは、ろくに読まずに署名した。


 ――ミレーヌへ、王家の費用として首飾りを手配せよ。


 アルフォンス。


 その書類を見た夜、フェリシテはたいそう嬉しそうに頬へ手を添えた。


「まあ……ご自分でお包みになりましたわ」


「何を?」


「贈り物です」


 やはり、怖い。


 さらにフェリシテは言った。


「殿下のお仕事も、お返ししましょう」


「仕事を?」


「あなた、殿下の代わりに随分なさっているでしょう?」


 エレノアは沈黙した。


 アルフォンスは書類仕事が嫌いだった。


 予算案の確認。

 地方から届く陳情書。

 慈善事業の会計。

 外国使節との晩餐会の日程調整。


 王子妃になるのだから勉強だ。


 そう言われて、エレノアが処理してきた。


「しかし、私がやらなければ……」


「殿下のお仕事ですわよ?」


 フェリシテは不思議そうに首を傾げた。


「殿下は立派な成人男性なのでしょう?」


「それは……もちろん」


「ならば問題ありませんわね」


 翌日から、エレノアは仕事を返した。


 三日後。


 アルフォンスから怒鳴り込まれた。


『なぜ書類がこんなに溜まっている!』


「殿下がお忙しいかと思い、今まで私がお預かりしていただけです。ですが、ミレーヌ様とのお時間を邪魔してはいけないと思いまして」


『意味が分からん!』


「殿下ならば、この程度すぐに片付けられるかと」


 アルフォンスは片付けられなかった。


 会議に遅刻した。


 予算書に誤った署名をした。


 外国使節との晩餐の日を間違えた。


 それでも、エレノアは助けなかった。


 ミレーヌとの時間はむしろ増えた。


 なぜならフェリシテ曰く、


「人は困っている時ほど、自分を肯定してくれる相手へ逃げますもの」


 その通りになった。


『エレノアは冷たい女だ』


『ミレーヌだけが僕を理解してくれる』


 アルフォンスはそう言うようになった。


 そんなある日。


 エレノアの元へ、一人の男が訪ねてきた。


 宰相補佐、ルシアン・ヴェルネ。


 滞った書類の原因を調べているという。


「三年分の予算確認書を遡りました。修正の筆跡が、すべて同じでした」


 ルシアンは一枚の写しを机に置いた。


 見慣れた、自分の字だった。


「殿下のお仕事です」


「いいえ」


 ルシアンは静かに首を振った。


「処理した者の仕事です。……この三年、会議が一度も止まらなかった理由を、宰相府はずっと殿下の成長だと思っていました」


 エレノアは何も言えなかった。


 五年間で、初めてだった。


 あの仕事を、誰かに見つけてもらえたのは。


「差し出がましいことを伺いますが」


 ルシアンは少しだけ迷ってから言った。


「あなたは今、正しいことをなさっていますか」


「……ええ」


「そうですか」


 男は頭を下げて、帰っていった。


 止めもせず、暴きもせず。


 変な人だ、とエレノアは思った。


 その頃、社交界では、いつしかこう囁かれるようになっていた。


 第二王子はミレーヌ嬢を真実の愛の相手と考えている。


 エレノア嬢との婚約など、王家に押し付けられただけ。


 気の毒な王子。


 いっそ婚約など破棄してしまえばいいのに――。


「噂を流しましたわね?」


 エレノアが問い詰めると、フェリシテは砂糖壺を開けながら言った。


「まあ、人聞きの悪い」


「殿下の耳にも入っているそうよ」


「少し、背中に風を吹かせただけですわ」


 女は楽しそうに目を細めた。


「歩き出すのは、ご本人です」


 そして――。


 王宮大舞踏会の日が来た。


     ◇


「エレノア・フォン・レーヴェン!」


 大広間にアルフォンスの声が響いた。


 音楽が止まった。


 数百人の貴族が、一斉にこちらを見る。


 エレノアの隣にはフェリシテがいた。


「来ましたわ」


 嬉しそうだった。


「……何がです?」


「贈り物を、受け取っていただく時間が」


 アルフォンスが人垣を割って歩いてくる。


 その腕には、ミレーヌがしがみついていた。


「エレノア!僕は今日、この場で君との婚約を破棄する!」


 ざわめきが起きた。


 エレノアの心臓が大きく跳ねた。


 怖い。


 本当に、やるのだ。


 五年間続いた婚約が、今から終わる。


 アルフォンスは勝ち誇った顔をしている。


「君のような冷酷な女と、生涯を共にするなど耐えられない!僕は真実の愛を見つけたんだ!」


 ミレーヌが頬を染めた。


「殿下……」


「ミレーヌ。君こそ僕にふさわしい」


 周囲は静まり返っていた。


 エレノアは手の震えを止められなかった。


 その時だった。


 横からフェリシテの声がする。


「大丈夫」


 小さな声だった。


「ここからは、あなたのお仕事ですわ」


 エレノアは目を閉じた。


 そして開いた。


「承知いたしました」


「……何?」


 アルフォンスの顔から笑みが消えた。


 エレノアは侍女から一枚の書類を受け取った。


「ただいまをもちまして、アルフォンス第二王子殿下からの婚約破棄を受諾いたします。……こちらへ、ご署名を」


「な、何だそれは」


「婚約解消の確認書です。盟約書第九条に基づき、殿下ご自身の意思による解消であることを、ご確認いただくだけですわ」


「なぜそんなものを持っている!?」


「殿下ほどのお方が、公衆の面前で口になさった言葉を撤回されるとは、思っておりませんので」


 くすくす。


 どこからか、小さな笑いが漏れた。


 アルフォンスの顔が赤くなる。


「当然だ!僕は撤回などしない!」


 羽根ペンを奪い取る。


 署名。


 ――アルフォンス。


「確かに」


 エレノアは受け取った。


 そして、二枚目を差し出す。


「続きまして、精算確認書です」


「……精算?」


「第九条の定めです。王族個人の意思による解消の場合、その責は当該王族個人に帰す。持参金の返還と、婚約期間中に公爵家が王家のために負担した費用の精算ですわ」


「こ、こんな額になるはずがない!」


「三ページ目からが、ミレーヌ様に関する費用です」


「なっ……!」


 アルフォンスが紙をめくる。


 ドレス。


 宝石。


 馬車。


 茶会。


「なぜミレーヌへの贈り物まで僕が払う!」


「殿下がお命じになったからです」


「証拠があるのか!」


「もちろん」


 一枚の指示書を差し出す。


 ――ミレーヌへ、王家の費用として首飾りを手配せよ。


 その下には、見慣れた署名。


「こちらも」


「……」


「こちらも」


 署名。


 署名。


 署名。


 すべて、アルフォンス自身の手によるものだった。


「殿下」


 エレノアは静かに笑った。


「私、五年間ずっと、殿下のお言いつけ通りにしてまいりましたでしょう?」


「……」


「最後まで、そういたしましたわ」


 その瞬間だった。


「陛下がお見えです!」


 国王が大広間へ入ってきた。


 アルフォンスの顔が青ざめた。


「父上……」


「アルフォンス」


 国王は低い声で息子を呼んだ。


「今の言葉、余も確かに聞いた」


「これは、その……」


「レーヴェン公爵令嬢との婚約は、王家と公爵家の正式な盟約である。公衆の面前でお前自身が破棄した以上、盟約書の定めどおりにせよ。公爵家への謝罪。そして賠償は――第九条だ。お前個人の財産から支払え」


「ですが父上!僕はミレーヌと――」


「好きにしろ」


「え?」


「婚約破棄は認める」


 アルフォンスが目を見開く。


 ミレーヌの顔に笑みが広がった。


 だが。


「それとは別に、報告が上がっている」


 国王は懐から書きつけを出した。


「この一月。お前の署名で差し戻された予算書が三件。遅れた会議が四度。日を違えた外国使節との晩餐がひとつ」


「そ、それは……エレノアが急に仕事を!」


「エレノア嬢は、第二王子ではない」


「……!」


「お前の職務を、お前ができなかった。それだけの話だ」


 国王は静かに告げた。


「継承に関する判断は、当面保留とする。罰ではない。この一月、お前が自分の手で示したものへの、正当な評価だ。……まずは、自分の職務を自分で果たせるようになれ」


 アルフォンスは、声も出せずに立ち尽くした。


 そして、縋るようにエレノアを見た。


「エレノア!君からも父上に――」


 以前なら。


 きっと助けていた。


 困っている彼を見ると、自分がなんとかしなくてはと思っていた。


 だが、もう違う。


 エレノアはゆっくり首を振った。


「わたくしは、もう殿下の婚約者ではございませんので」


「な……」


「これまで五年間、大変お世話になりました」


 頭を下げる。


「どうぞ、ミレーヌ様とお幸せに」


 顔を上げると、アルフォンスの隣に、ミレーヌはもういなかった。


 人垣の向こうで、男爵夫妻が娘の腕を掴んで、そそくさと扉へ向かうのが見えた。


 賠償を抱え、継承も危うくなった王子に、真実の愛は用がないらしい。


 衛兵に促され、アルフォンスが広間を出ていく。


 その通り道に、フェリシテが立っていた。


 女はドレスの裾をつまみ、それは美しい礼をして――すれ違いざま、殿下にだけ届く声で言った。


「――おめでとうございます」


「……何?」


 アルフォンスが振り返る。


 フェリシテはもう、こちらに背を向けて歩き出していた。


     ◇


「ありがとうございました」


 数日後。


 エレノアは、あの喫茶店を訪れていた。


「おかげで、父とも話ができました。しばらく領地へ戻ろうと思います」


「まあ。それは何よりですわ」


「……殿下は、自分は罠にはめられたのだと仰っているそうです。賠償の支払いは、殿下の年金から向こう十年続くとか」


「そうでしょうね」


 フェリシテは平然としている。


「反省するには、時間が必要な方もいらっしゃいますから。支払日が毎月一度ございますもの。月に一度、ご自分の選んだことと顔を合わせられますわ」


「……あの夜、殿下に何て仰ったの?」


「おめでとうございます、と」


「どういう意味です?」


「そのままの意味ですわ」


 フェリシテは紅茶を飲んだ。


「誰かがあの方のお仕事を代わりにして、誰かが失敗を隠して、誰かがわがままを許してくださる。あのままでは殿下は、ご自分が何を間違えているのか、一生ご存じないままでしたもの」


「……」


「悪いことをしても何も失わない人生なんて、かわいそうではありませんか」


「……本気で、仰っているのね」


「もちろん」


 即答だった。


「悪人が嫌いなのでは?」


「まさか」


 フェリシテは目を細めた。


「わたくし、悪人というものは嫌いではありませんわ。間違えれば叱られる。人を傷つければ嫌われる。奪えば奪われる。そうして初めて、人は自分が間違っていたと知ることができます。だから、きちんと報いを受けさせて差し上げるのです」


 カップを置いて、女は胸の前で両手を合わせた。


「報いというのは、贈り物ですわ。心を込めて選ばないと、届きませんの」


 慈愛すら感じさせる微笑み。


「その方のために」


「……」


「まあ」


 フェリシテは、それから少しだけ首を傾げて付け加えた。


「悪いことをした方が、きっちり痛い目に遭うところを見るのが好き――というのも、ございますけれど」


「……やっぱり、それもあるんじゃない」


「もちろんですわ」


 女は悪びれなかった。


「嫌いなものを、どうして人様へ差し上げられましょう?」


 エレノアは、思わず吹き出した。


 本当に、変な人だ。


 それから、ふと思い出した。


「そういえば……宰相府から、文が参りましたの」


「あら」


「予算実務の経験者として、宰相府で働かないかと。……差出人は、ヴェルネ様でした」


 文の末尾には、公式の文言とは別に、一行だけ手書きが添えられていた。


『あなたの仕事は、名前のある場所に置かれるべきです』


「まあ、まあ、まあ」


 フェリシテの目が、今日いちばん輝いた。


「お受けになるのでしょう?」


「……考えております」


「受けましょう」


「即答ですね」


「だって」


 フェリシテは微笑んだ。


「あなたにも、きちんと贈り物が届いたのでしょう?」


 エレノアは手紙を見た。


 そして、少しだけ俯いて笑った。


「……そうかもしれません」


 その時。


 扉が開いた。


「あ、あの!」


 一人の若い女性が入ってくる。


 目元を真っ赤に腫らした令嬢だった。


「フェリシテ・クローヴェル様でしょうか」


「はい」


「お願いがございます。夫が……私の妹と……」


 令嬢の声が震える。


 フェリシテの紫の瞳が――輝いた。


「まあ」


 エレノアは見逃さなかった。


 絶対に。


 今。


 この人、喜んだ。


 しかしフェリシテはすぐに穏やかな表情へ戻り、令嬢へ椅子を勧める。


「それはお辛かったでしょう」


「はい……」


「どうぞ、お掛けになって」


 紅茶を注ぎ、それから優しく尋ねる。


「それで――その旦那様は、どのくらい悪いことをなさいましたの?」


「え?」


「大丈夫ですわ」


 にっこり。


 慈愛に満ちた顔で、彼女は言った。


「きちんと、その方にふさわしい贈り物を考えて差し上げましょう」


 女性が戸惑う。


 エレノアだけは、もう、その意味を知っていた。


 フェリシテは頬に手を添える。


 ほんの少しだけ、楽しそうに。


「――ご自分で、破滅していただきましょうね」


 悪人を救うために。


 今日も彼女は、誰かのざまぁをお手伝いする。

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フェリシテ・クローヴェル様が楽しそうで何よりです♪
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