今宵、秘密のサロンで。
ここは、都内某所にある秘密のサロン.
ここでしか味わえない会話がきっとある。
皆様を魅惑の世界へ誘いましょう。
「実は私、昔パッチワークとキルティングをほんの短期間、習っていたんですよ。」と早野優実が突然堰を切ったように話し出した。
それに呼応するかのように「あぁ、それだったら私は昔フランス刺繍を少しばかりやっておりました。まぁ、ほんのお遊び程度ですけどね。」という声や「私は草木染めに一時期ハマっていた時期があって、以前よりは頻度は少なくなりましたが、今でも時々自宅でしますよ。
まず、自宅で育てているビワの木の枝や葉っぱなどの染料をホウロウやアルミの鍋でグツグツと1時間ほど煮出し、媒染液を作ります。
そうして、煮出した液に白色のポケットチーフなどのクロスを入れて染め上げ、焼きミョウバンをお湯で煮溶かした液で色止めをする。
そして、それを陰干しするという様な感じですね。
慣れれば簡単ですよ。
焼きミョウバンはスーパーの漬け物のコーナーなんかに置いていることが多いです。
通常はぬか漬けの漬け床を作るのに使う物ですから。
あと、身近なもので言えばセイヨウタンポポの花だとか園芸家で染め物仲間、厳密に言えば造園業を営むオーナーの奥様から頂いたクマザサやヤブツバキ、そして山茱萸の枯れ枝や葉っぱ。
それに田舎のばあちゃん家の裏庭に生えている山葡萄の枝葉であるだとか蚕桑の葉っばなどを数枚を残しておいて根こそぎ枝ごと、剪定バサミで刈り取る様な感じですね。
葉っぱを数回に分けて洗い、おひさまの光、太陽光で乾かして使います。」
家主である母方の祖母が他界して数年経ち、今は空き家状態になってるんですよ。
「まぁ、普段は人気のない東北の田舎町なんですけど、昨今色々ありますもんでね。」と近所のお年寄りが言ってました。
恐らく、野生動物のことでしょうね。
都内での材料集めに苦心してあそこには家族総出でよく行きましたよ。
いわば、軽井沢みたいな避暑地、我が家のちょっとした別荘です。
どのアイテムもそれぞれ天然の染料で染め上げていますから皆一点もの。
それぞれ風合いが違って、趣があり、ひとつとして同じ物はありません。
染色家の志村ふくみ先生のテキスタイル、色見本を参考にしました。
いわば高校の美術で習う色相環ですね。
山吹色や茄子紺に近い染め物もあります。
あと、濃いチャコールであるだとか、カーキーに近い色だとか。
身近なところで言えば赤紫蘇や玉ねぎの皮、茶殻なんかでも染めたりしますね。
草木染めのハンカチやストール、また絞り染めもあります。ほぼいつものように展示即売会や見本市状態になりますがマスター宜しいでしょうか?」と香織さんがいつものようにマスターに問いかける。
えぇ、いつでも持っていらっしゃい。
有志を募って、皆で蚤の市、つまりバザールを開きましょう。
私たちもその作品、ぜひとも拝見したいのでね。
とサロンの主宰者である森友治さんと妻の喜美恵さんがにっこり微笑んだ。
では、即時販売も可能ですので、皆さん遠慮なくおっしゃって下さい。
開催日が近づいたら、また掲示物や鍵付きのSNSなどでアナウンスしますので皆さまお誘い合わせの上ご参加下さい。
また薔薇をあしらったシルバーアクセサリー、主にブローチを数点そしてチタンアクセサリー各種取り揃えてます。
あとはアメジストなどですね。
そして、自家製の山葡萄やマルベリーのジャム、そしてセミドライのミディアムトマトや自家栽培したセージと岩塩をミックスしたハーブソルトを焼き菓子などとともに今度持って来ますね。」などと様々な意見が飛び交った。
「ドライトマトはトマトの旨味が濃縮されていて、アンチョビやディルと一緒にオイルパスタにしたりすると良い味が出ます。
最後にブラックペッパーとドライパセリを振り掛けてと。」と喜美恵さんお手製のアップルパイをつまみながらさらに会話が弾む。
「私は初老ながら今でも妻とガーデニングを楽しんでますよ。」とサロンの主である友治さんがおもむろに話し出す。
周りの皆の耳がダンボになった。
今だったら、ダリアやペチュニアを育ててますね。
ダリアは育てるのは大変ですが、大輪の花を咲かせた時のあの喜びといったら。
ほんとに感無量の一言ですよ。
菊は品評会で何度か賞を頂いたことがあります。
まあ、そのほとんどが佳作、銀賞なんですけどね。
昔は見た目が愛らしいパンジーやビオラ、優美なキキョウ、クロッカス、良い香りを放つモッコウバラなんかもよく育てていましたね。
一時期、自宅がちょっとした植物園状態で近所でも有名でした。
申し出があればプチトマトやシシトウなどの苗木、無償で差し上げますよ。
接木やマルチングなどのやり方はまた追々お話しします。
話は前後しますが、リタイア後に花商になられたんですよね?
と古くからのゲストは言う。
所詮、街の花屋ですから店頭での売り上げなんて微々たる物、それをインターネットに切り替えてから売り上げも急激に伸び、企業としても急成長し、事業を拡大していきました。
ちょうど、2000年代半ばのことですね。
そして、今形を変えてこうやってお客様に会社経営で得たノウハウと利益を還元しているだけですよとサロンのマスターである友治さんはこともなげに言う。
早野さんまだ、お若いですよね?
いいえ、若いだなんて。
今年で齢36になります。
うん、十分お若い。
何しろ私は貴女より10歳も年上ですから。
お互い頑張りましょうと手を取り合う。
えぇ、家内の家紋は抱き茗荷です。
土佐長浜城を攻め落とし、四国平定を果たしたあの長宗我部元親と同じ家紋なんです。
私はその花の中でもツツジが好きなんですよ。
よく、学校の帰り道に花の蜜とか吸いませんでしたか?
私は昔からコビトカバが好きなんですよ。
あのユーモラスな体つきに愛らしい目つき。
もう、堪んなく好きなんです。
だから、私は仲間からカバの英訳、ヒッポという愛称で呼ばれています。
などと他のゲストの会話が耳に入る。
このジャジーな雰囲気とシナモンのほのかな風味が実に心地よい。
アカシアのハチミツ、まだいる方がいらっしゃいましたらどうぞご自由にお使いください。
と友治さんがアナウンスする。
あのっ、こちらは百花蜜ですか?と参加者の一人が申し訳なさそうにおもむろに問いかける。
いえっ、これは中国・大連産のアカシアの蜜です。
もし、宜しければお使いください。
とにっこり。
さてっ、この後はクッキング教室。
青梗菜とエビとエリンギの中華風炒めと春雨の麻辣湯を作ります。
時間に余裕のある方はご参加下さいませ。
その際、頭髪と爪の点検をします。
バンダナ、お忘れの方は多少予備がございますので、どうぞお使いください。
また、念の為に爪切りも用意してますのでご自由にお使いください。
私は短大卒業後、中小のメーカーでOLをやっていた。
ただ30を目の前にして、何か手に職をつけたいと選んだのがこの歯科衛生士という職業だった。
3年間、専門学校で学んだ後、数年間は都内の歯科医院にお世話になった。
子供に特化したデンタルクリニックで女性のデンティストの方も数名おり、指人形やチョコチップクッキーなどのおやつ、キャラクターのぬいぐるみなども多数置かれていた。
院長は年配のドンネルやドクトールといった雰囲気の男性ですごく頼もしい存在だった。
時々、都内某所にあった貸会館の小ホールで子供たちを集めて、影絵芝居や指人形を使った劇、そしてハープの演奏会なども催した。
そして親子で楽しめるようにと、外部から講師を招き、ポプリ作りやアウトドアクッキング、そしてハーブティー講座+ミニ茶話会、グリーンコーディネーターの方を招聘して緑のカーテンの講座も毎年開催した。
そして、院長がサンタクロースに扮して、子供たちにプレゼントを渡し、クラシックギターやハンドベルの演奏も交えながらクリスマス会も行った。
院長の口癖は全ての子供達の親になりなさい。
自分の子供、我が子だと思って、子供たちと向き合いなさいとのことだった。
将来、保父さんになりたいと言ったら、家族から大反対され、まあ歯医者だったら許してやると言われたとお父さんにいわれ、中学から猛勉強した。
第一志望には落ちてしまったが、第二志望の大学入試には無事合格し、歯科医の道を歩み始めた。
一度、社会教育主事という資格の証書を院長に見せてもらったことがある。
それと小学校教諭の二種免状と。
だから、小中学校レベルの普通教科と声楽、音楽だったらなんとか教えられるよと院長。
今でも神楽坂合唱団で仲間と一緒に歌ってるよと院長先生が軽く微笑んだ。
その胸元にはクルスが光っていた。
そこにいたのが同僚の真由子、後に私の最良の友となる人だった。
彼女は青森からの上京組でよくホヤが実家から送ってきたよと分けてくれた。
もちろん、最初は食べ方なんか分からない。
すると、こうすれば簡単よと真由子がこともなげにキッチンバサミで器用に処理してくれた。
ホヤは鮮度が命。
そのまま、放っておくと自己消化が進み傷んでしまう。
初めて、ホヤをあむっと食べた時、こんな旨いもんがこの世の中にはあったのかと思い、その旨さに開眼した。
ちょうど、越乃寒梅であるとか会津ほまれと出会ったときの感覚とよく似ている。
未知なる文化との衝撃的な出会いだった。
亮介と別れて3ヶ月。
新たな出会いがあった。
相手は埼玉の製菓メーカーに勤めている32歳。
私より、少し年下。
がっしりとした体型で身なりも外見も申し分ない。
矢野颯太くん。
北海道北見市出身の会社員。
現在は社会人チームでラクロスをしている。
あと、趣味は読書。
近現代の文芸書を主に読んでいるという。
大学時代、経営学部だったが、三年次に一年間大学を休学しカナダのモントリオールに飛んだという。
おかげで英語をはじめ語学が堪能。
異文化体験にはほとんど縁がなかった私。
この人なら新しいことをどんどん体験させてくれそう。
よし、この人に決めた。
夏の暑い時期に出会い、秋の終わり頃にひとつになった。
その時、久しぶりに愛されることの悦びを知った。
女としての悦びを知った。
精悍な体つきで大学在学中に中高の英語の免状をついで卒業後に通信で商業の免状も取得していた。
TOEICも中の上。
周囲の評判も上々だ。
私の通っている秘密のサロンにも入会してもらった。
ラクロスとカヌー、そして英語一辺倒だった彼にようやく春が来たと巷では噂になっているらしい。
早速、真由子にLINEをする。
私の恋、久しぶりに実りました。
あとはそおっとしておいて下さい。
先週、件の北見の彼の実家にご挨拶に行ってきました。
おじいさんは多少難色を示してましたが、最後は私たちの粘り勝ちでした。
授かり婚ですが、幸せな家庭を築けそうです。
北海道銘菓よいとまけとトラピチヌス修道院のポストカード、そしてスープカレーのセットをそちらにヤマトで送ります。ご査収下さい。
とLINEするとすぐに電話がかかって来た。
それなら、別にいいけど、彼はどんな人なの?
うん、優しくてすごく思いやりのある人。
時々、すごく紳士的なところもあるし。
真由子にもこれ以上のことは言わないけど.
じゃあ、切るね。
バイバイと言って電話を切る。
私って地味な女と感傷に浸りながら、ハニーローストピーナッツをつまみ、ウィスキーの瓶を傾ける。
すると颯太が肩をおもむろに叩き、瓶をヒョイと取り上げてこう言った。
実家からイカ飯送ってきたけど、これ優実も一緒に食うか?
だって、これ颯ちゃんのために送ってきた物じゃないの?
まずひとつ、お腹にいる朋佳のためにも出産するまで飲酒は止めてほしい。
そして栄養つけるために飯もちゃんと食うこと。
俺も一通り家事はできるから。
困った時は俺に任せろ。
豚丼でもハッシュドビーフでも作ってやるから。
ここは大船に乗ったつもりで、ドンと来いという顔をした。
その姿が実に頼もしく、また嬉しかった。
差し出されたイカ飯は、熱々ほっかほかでイカ本来の弾力があり、胴の中のもち米も煮汁とイカのエキスがしっかり沁み込んでいて、独特の旨みがありすごく美味しかった。
ダルマイカ一パイ丸ごと平らげる。
まさに至福のひとときだった。
穏やかな晴れの日に産声を上げた待望の我が子、朋佳。
良き友に恵まれるようにとつけた名前だ。
ちょうどその夜、実家で飼っていた水色のセキセイインコのオス、ジロウが落鳥した。
つまり、絶命したと言うことだ。
短い,そして儚い生命だった。
だが、巣箱には卵が数個あり、メスのハナが懸命に守り、そして温めていた。
それから、数週間もせずにピィピィとハナのけたたましい鳴き声が聞こえた。
雛が誕生したのだ。
すりこぎで刻んだ菜っぱをペースト状にして与える。
あと、煮干し粉などを加えた味のついていない小松菜のごま和えも作り、細かく刻んで、親鳥たちに与える。
手乗り文鳥のピピの時も確かそうだったな。
残念ながら一羽は孵化の途中で力尽きてしまった。
朋佳誕生の数週間後、私の両親もお祝いに駆けつけてくれ、母は早速親バカならぬ"おばバカ"になった。
ほらほらっ、おばあちゃんでちゅよと懸命にいないいないばあをして話しかける。
その姿が滑稽で仕方がなかった。
義実家からも"おめでとう。母子共に健康で何よりです。"という祝電、お祝いのメッセージが家族より届いた。
日頃、滅多に顔を合わせない弟からもお祝いの言葉と金一封を渡された。
彼は一男二女の父親で上の子は小学校2年生になる。
長男は今、少林寺拳法を習っている。
保育園の頃はお母さんのスカートに隠れていた熊柄のペインター姿のシャイな甘えん坊が、今や凛々しい顔つきの少年拳士だ。
子供たちの成長にはいつも驚かされる。
姪には護身術として、合気道を習わせているという。
こちらも筋がよく、これから益々伸びが期待できる成長株だ。
日頃、姉弟間ではあまり感謝の気持ちを述べないが、この時ばかりは素直に「ありがとう」の一言が口ついて出てきた。
甥っ子たちも一緒に連れて来ており、ついでに誕生祝いもした。
その夜、その動画を颯太が義両親宛に送る。
すると「こりゃ、大層めんこい子が出来たもんじゃ。わしはもう死んでもいい。」と結婚を唯一反対していたおじいちゃんが一番喜んでくれた。
これで家内が健在なら何も言うことはなかったとじいちゃんが少し涙ぐむ。
周囲からトントンと肩を叩かれ、藤色のハンカチを差し出される。
就寝時「俺、実はお義父さんとウィスキー酌み交わすのが夢だったんだ。優実、お前も久しぶりに一杯やらないか?」と夫がポツリと漏らす。
「いいよ。一杯だけなら私も付き合うから。」と答える。
酒のつまみはロカボナッツでお願いします。
はいはい、ご指名のもの用意してありますよ。
メープルナッツ。
量は如何ほどになさいますか?
それだけ大容量だったら、まずは三分の一くらいかな。
じゃあ、うちの父さんが好きなフライビーンズも一緒に買ってくるね。
いやっ、それは洋酒にはいささかミスマッチかな。
じゃあ、俺が日本酒にするよ。
白鶴の上撰酒、明日リカーショップで買ってくるよ。
待って、それならディスカウントストアで素焼きのアーモンドとヘーゼルナッツ買ってくるから。
じゃあ、それとシングルモルトをお願い。
分かった。
「じゃあ、お父さんと二週間後に。」と優実が義父との酒の席をセッティングしてくれた。
陽気な酒になりそうだ。
さて、お義父さんとどんな酒が飲めるだろうか?
今から楽しみだ。




